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舟でしか行くことのできない田んぼ「権座」から農業を次世代につなぐ/白王町集落営農組合

滋賀・湖東

地域協働, 移住定住促進, 農林水産業マーケティング, 里山里海保全

  滋賀県近江八幡市白王町(しらおうちょう)。ここには、舟でしか行くことのできない田んぼがあります。地元の人はその田んぼを「権座(ごんざ)」と呼んでいます。

  琵琶湖の東南岸に位置する「西の湖」。かつて西の湖には島状の田んぼが点在しており、農家は田舟にのって田んぼに通いました。1960年代、戦後の食料増産のために行われた干拓にともない、それらの田んぼは地続きとなりましたが、地理的に困難であった「権座」だけが湖中の田んぼとして残りました。

  この「権座」を舞台にした様々な地域活性と、それを支える集落営農組合の取り組みをご紹介します。

ラムサール条例湿地に登録されている西の湖に位置する「権座」

ラムサール条例湿地に登録されている
西の湖に位置する「権座」

「権座」が地域活性の呼び水に

  権座でお米を育てるには、大変な労力とコストがかかります。田舟を3槽つないで農業機械を運び込み、区画整理されていない不整形な田んぼで農作業をし、収穫した米袋をまた田舟に積んで本土へ運び…と生産効率を考えれば真っ先に休耕田になってしまう田んぼですが、2006年に転機が訪れます。

  地域活性に取り組む市民の提案によって「権座水郷コンサート」が開かれ、市内外から約800人もの人が訪れました。これを機に権座の存在が世に知れ渡り、2008年に「権座・水郷を守り育てる会」が発足。権座を舞台に様々な取り組みが展開されています。

  権座の農地面積は約2.5ヘクタール。そのうち1.5ヘクタールでは酒米が、残りの1ヘクタールでは大豆やさつまいもなどの野菜が栽培されています。田植えや稲刈り、野菜の植え付け、収穫の時には農業体験の受け入れを行っており、地元の小学生や親子が「権座」に訪れる機会となっています。

舟で権座に渡る地元の小学生

舟で権座に渡る地元の小学生

  権座で収穫された酒米は県内の酒蔵で純米吟醸酒になります。完成するお酒は年間で1升瓶3,000本ほど。毎年、翌年のお酒ができる前に売り切れてしまうほどの人気です。お酒のラベルは西の湖に生育するヨシが混ぜられた和紙を使っていて、これは県内の福祉施設で1枚1枚手漉きされています。

純米吟醸酒「権座」

純米吟醸酒「権座」

  毎年、新米収穫後の10月と新酒お披露目の3月には「権座まつり」が開かれ、集落の女性が腕を振るい、琵琶湖の鮎や地元野菜の天ぷら、水辺に育つヨシの葉で包んだちまき、里山で採れた猪肉の焼き肉など、地域に根ざした豊かな食が勢ぞろい。それを楽しみに市内外から200人以上の来場があります。

集落の女性がつくるヨシちまき。地域に伝わる郷土食で訪問者をもてなす。

集落の女性がつくるヨシちまき。地域に伝わる郷土食で訪問者をもてなす。

農地と風景を守る集落営農組合

  権座での農作業を受託しているのは白王町集落営農組合。その代表理事であり、「権座・水郷を守り育てる会」の会長でもある東 房男さんは、「権座を観光地にするつもりはない。農地と風景を今のまま維持したいだけ。」と話します。

  白王町は戸数50戸の小さな集落。そのうちの40戸が農家で、ほぼ全戸が集落営農組合の組合員となっています。集落営農組合とは、集落を単位として農家が共同で農機具を所有したり、農作業を行ったりする組織。その組織形態はさまざまで、任意団体のほか、農事組合法人や株式会社など法人化している組織もあります。

「活動に必要なのはロマンとソロバン」白王町集落営農組合・代表理事の東房男さん

「活動に必要なのはロマンとソロバン」
白王町集落営農組合・代表理事の東房男さん

  白王町の農家はすべて兼業農家です。「兼業農家」と聞くと、農業は赤字で、本業で稼いだお金を農業につぎ込んでいる、というイメージを持つかもしれません。
  東さんは集落の農業を「各戸の個人経営では成り立たなくても、団体でコストダウンすれば成り立つ」と考え、それを集落の農家に数字で示したうえで、営農組合の法人化に取り組みました。

  現在、営農組合が受託している作業は、白王町内の水田50ヘクタールのうち、権座を含む10ヘクタールの水田での稲作、16ヘクタールの減反田での麦・大豆・黒豆の栽培。農産物の売上は従事した組合員に配当されます。受託面積は年々増えており、食品加工業者や流通業者との契約栽培を行い、農業経営の安定化を図っています。

農業を人任せにしない 農業をみんなで面白くする「白王スタイル」
―50戸の集落に、5年で10組のUターン

  営農組合で農地を引き受けるのではなく、集落から専業農家を輩出し、少数の専業農家に農地を集約させるという選択肢もあったが、東さんはそれを何とか阻止したかったと話します。
  「ここはもともとが半農半漁の村。『三反百姓』と呼ばれる小さな農家しかいなかった。こんな小さな集落で専業農家が出てきたら、農業が人任せになってしまう。そうなれば農村集落でなくなってしまう、という危機感があった。」そうして、全員が兼業農家であるという「白王スタイル」ともいうべき集落営農組合が出来上がったのです。

  「勤めに出ている若い人には、休日にいやいや農作業をするのではなく、楽しんで作業をしてもらいたかった。家族に『百姓せいよ』と言われても気がすすまないが、同年代の友人に誘われると気がすすむこともある。権座の取り組みによって外との接点ができたことは、若い人に集落の農業を面白いと思ってもらうきっかけになった。」

  東さんと二人三脚で権座の活動に取り組んできた、組合副代表の大西 實さんも「都会に出ていった集落の後継ぎが結婚や子育てを期に、ここ5年の間で10組帰って来た。地元の面白さや住みやすさを感じてくれていると思う。」と話します。

白王町集落営農組合・副代表の大西實さん

白王町集落営農組合・副代表の大西實さん

未来に選択肢を残したい

  白王町の農業を「祭り」だと東さんは言います。「今の『みんなで農業をする』というやり方が難しくなったときには、少数の専業農家が中心でも農業が成り立つよう、ちゃんと数字が見えるようにしてきた。後の世代が何を選ぶかは自由。だけど、今はみんなで神輿を担ぎたい。私は祭りがしたい。」

  権座の周りを歩いてみると、石垣が積まれていることに気づきます。昔の人がせっせと石を運び、築いた湖上の田んぼ。東さん達はこの田んぼを次の世代に残せるよう、これからも活動を続けます。

(文:NPO法人百菜劇場 廣部里美)