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地元出身の若者による地域活性化音楽フェス/海辺の音楽祭あわのネ

千葉・南房総

コミュニティイベント, 地域協働, 観光振興

「地元に活気がない」「故郷の良さを多くの人に知ってもらいたい」「若者を盛り上げたい」…
2009年都内に集まった南房総出身20代若者の会話から始まった野外音楽フェスティバルが、来年7周年を迎えます。自然に恵まれた南房総では野外イベントも数多く開催されていますが、地元思いの若者の手によって生まれ、継続的に開催されている例はそう多くありません。今回はこの「海辺の音楽祭あわのネ」の軌跡と展望をご紹介します。

3つの「ネ」からスタート

  話を聞いた米原草太さん(30)は、初回から「海辺の音楽祭あわのネ」の代表を務め、2010年に始まったあわのネと共に2011年に千葉県館山市へUターンし、年に一回のイベントに年間を通じて全力を注いできました。

“あわのネの「あわ」は南房総の「安房」ですが、「ネ」には僕らが開催当初からイベントへの願いを込めた3つのコンセプトが含まれています。一つ目は、音楽のように楽しいものであること。二つ目は、地域に根差したイベントであること。そして三つ目は、子どもや若者の明るい未来につなげることです。これまでなんとか続けてこられたのも、このコンセプトが実行委員メンバーの中にあったからだと思います。”

米原草太さん

米原草太さん

  音楽イベントを開催することが決まってから中心的なメンバーで話し合いを重ねた結果、決まったコンセプトは、「音」「根」「子」の3つの「ネ」によって地域を盛り上げようということ。高校を卒業すると同時に就学や就労のため、域外へ転居する若年層が圧倒的に多い南房総地域ですが、地元に残って働く仲間と上京した米原さんらが協力して実行委員会を結成し、あわのネが誕生しました。

あわのネ

南房総の海岸線で移動開催

“1年目は、とにかくやってみようという思いで、地元館山市の海水浴場で知られる北条海岸にてイベントを開催しました。この時から、手づくりの雑貨販売やこだわりの飲食店に出店してもらいましたが、2年目開催の沖ノ島になると出店数も増えた上、アーティストによる展示も始まって島まるごとクリエイティブな空間となりました。”

イベントの風景

“陸と島が砂浜でつながっている沖ノ島という特徴的な環境もあって、2年目を終えると知名度も高まり、実行委員の会合も勢いも増しましたね。3年目も同じ沖ノ島で開催でしたが、この年は初の2Daysに踏み切りました。アーティストも100組を超え、出店者も40ブースとなり、シーカヤックやシュノーケリング体験など、とことん音楽やアート、そして自然を楽しむことのできる2日間を演出できたと思います。”

  あわのネが始まってから2年目と3年目は、館山市でも有名な観光地の沖ノ島での開催が実現。ステージ、出展者ブース全てを木や竹などの自然素材にこだわり、大人も子どもも楽しむことのできる各種体験やワークショップが至るところで開催され、小さな島におよそ3000人もの人々が集いました。その後、4年目は海岸線を南下して波左間海水浴場、5年目6年目は白浜フラワーパークと南房総の海岸線を移動開催することで今に至ります。

ステージは千葉大学建築学部学生とコラボレーション

ステージは千葉大学建築学部学生と
コラボレーション

地域活性化を目指すイベントとしてのジレンマ

“イベントを始めて特に3年目からは、アーティストや店舗も含め、できるだけ地域外から多くの人に来てもらうことに力をいれてきました。ただ、こうして舵を切ると、地域との関係が疎遠になってくるんですよね。もちろん外から人が来てくれることは、この土地の宣伝にもなり、地域の人も歓迎してくれるのですが、一方でコンセプトの「根」の部分をどうしようかここ数年悩んできました。”

5回目、6回目の開催地白浜フラワーパーク

5回目、6回目の開催地白浜フラワーパーク

  規模の大小は別として「音楽イベントを開催して南房総に地域外の人を呼ぼう」という一つの目標は、6年間を通じて達成されたかのようにみえたあわのネの活動ですが、米原さんが感じていたジレンマは、地域内の人々が協働して魅力を創り上げ、発信していくことの意義が失われつつあったこと。イベントを開催する場だけでなく、地域全体を盛り上げたいという米原さんの思いは、来年から始まる新しい事業の構想に結びつきました。

南房総を周り、学び、楽しむイベント「南房総Easy Going」

“あわのネと連動するのですが、地域内に向けた小さなイベント「南房総Easy Going」を来年から隔月開催することになりました。音楽や農家の手料理を楽しみながら、野外や飲食店、民家などで地域内外のゲストを呼んでテーマを決めて語り合い、親交を深めようという趣旨のイベントです。この地域の魅力を多くの人に知ってもらうためには、地域に暮らす人々がまず地域のことをよく知り、楽しく繋がっていくことが大事だと思うんです。堅苦しくならず、房州らしく楽にいこうぜという意味を込めて「Easy Going」と名付けました。”

イベントの風景

  来年も7月に開催を予定している「海辺の音楽祭あわのネ」と連動して、新しく隔月に「南房総Easy Going」という小規模のイベントを始めるという米原さん。これまでのイベント経験での親交を基に、都内のオーガナイザーやアーティスト、または地域内外で新しい取り組みを行っている人をゲストに招き、地域について学び、楽しむ場を創出していくそうです。

「Water Green」「やれできマラソン」をきっかけとして

  そんな米原さんが、2011年にUターンして地域活動を行うきっかけとなったのは、2008年に自主企画した環境イベント「Water Green」と、2009年に青森県から沖縄県まで71日間かけて3600kmを走った「やれできマラソン」です。

青森県上北郡六ヶ所村からスタートした「やれできマラソン」

青森県上北郡六ヶ所村からスタートした
「やれできマラソン」

“とある環境系の活動家に出会って、環境汚染や原発のことをよく知ろうというイベント「Water Green」を開催しました。最初はたった1人でしたが、活動するうちに仲間も増えて、当日は3000人もの来場者が集まったことに驚きました。高校を卒業して上京し、転々と職を変えて平凡な生活を送っていた僕でしたが、そんな人間でもやればできる、諦めずにやり遂げることの大切さを知りました。その勢いで無謀なマラソンを始めたんですよ。今振り返るとエネルギッシュだったなぁと思います(笑)。当時は自分の生活に実感の無いところで環境問題を訴えてきましたが、つまるところそれは地域の問題であったり、日々の暮らしに起因していることに、マラソンを終えて気付いたんです。そこで自分のできることは何かと思って、地元に帰ってきたんです。”

イベントの風景

  環境問題に触れたことで人生が変わり、この啓発のために行ったイベントの成功をきっかけとして「やればできること」を胸に日本列島縦断のマラソンに出た米原さんは、旅路を終えたのち地元に帰ることを決意しました。「最初はバカにされていても一生懸命頑張っていれば、きっと誰かが応援してくれる」。そんな米原さんの信念は故郷南房総でも「海辺の音楽祭あわのネ」として結実。マラソンは走り終えましたが、米原さんの挑戦はこれからも続きます。

(文:東 洋平)