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日本酪農発祥の地、南房総で育まれる酪農家と消費者の出会い

千葉・南房総

地産地消, 農林水産業マーケティング

南房総は、日本酪農発祥の地。戦国武将里見氏が軍馬を育てた南房総市大井の丘陵地帯「嶺岡(みねおか)」の牧場に、徳川幕府八代将軍徳川吉宗がインド産の白牛を3頭放牧したことが始まりとなり「白牛酪」という乳製品なども生まれました。後継者不足や経営不安が叫ばれて久しい酪農業ですが、千葉県は乳牛頭数6位と依然全国有数の酪農県。酪農発祥の地南房総で新たな未来をつくる6次産業と、これを担う生産者の思いをご紹介します。

南房総加工乳製品発祥の地 道の駅三芳村鄙の里

  6次産業とは、1次産業(生産)と2次産業(加工)と3次産業(販売)の掛け合わせ。生産者が独自に加工や販売を行うことを指しますが、まずは南房総市旧三芳村の生乳を加工した商品を多く手掛けている道の駅三芳村鄙の里駅長鈴木洋一さんにお話を伺いました。

“今からおよそ20年以上前に、当時の地元酪農家有志と三芳村役場が現在鄙の里に併設している「みるく工房」を建てました。ご覧の通り旧三芳村は農業以外にはこれといって産業がない地域です。牛乳の価格が大きく下がり始めた頃、三芳村の酪農を守ろうという先人の思いがあり、いち早く加工品の開発に乗り出したのです。現在は、品評会で毎年高い評価を得る三芳村の生乳をふんだんに使い、人気のソフトクリームやカステラ、菜花をまぜたドーナツなど、多数のオリジナル商品を販売しています。”

道の駅三芳村鄙の里駅長 鈴木洋一さん

道の駅三芳村鄙の里駅長 鈴木洋一さん

道の駅三芳村鄙の里外観  写真提供:南房総市

道の駅三芳村鄙の里外観  写真提供:南房総市

  酪農発祥の地南房総での、加工産業は「みるく工房」から始まりました。地元酪農家から届けられる新鮮な生乳を、できる限り栄養価や風味を失わないよう独自のミルクプラント(殺菌処理・加工施設)で低温殺菌し「三芳の牛乳」が誕生。ソフトクリームが人気を博し、南房総でのオリジナルブランドによる酪農加工販売への道を切り拓きました。

須藤牧場

  それでは、生産者自身が、生乳をもとにオリジナル商品を加工し、直接顧客へ提供する6次産業について、2つ事例をご紹介したいと思います。まずは、館山市の九重にて乳牛130頭を育て牧場内のカフェで人々を憩う須藤牧場さんにお話を伺ってみましょう。

須藤牧場アイスカフェCowboy店内

須藤牧場アイスカフェCowboy店内

―アイスカフェCowboy 須藤由紀乃さん―

“Cowboyでは、牧場で搾った低温殺菌ノンホモ牛乳を使用してソフトクリームやプリン、アイスやケーキなど様々なスイーツを作っていますが、卵などの素材にもこだわり、できる限り素材の味を伝えたいと思っています。例えばソフトクリームは牛乳の含有量が通常60%ほどですがCowboyでは80%以上使用しています。私自身が昔ソフトクリーム1つ食べきれなくて(笑)、試作を重ねた末に自然な味わいに落ち着きました。

須藤牧場 ソフトクリーム

  濃厚でかつあっさりした後味のソフトクリーム、マイナス30℃のコールドパンによる手作りアイスなど、須藤牧場が、シンプルに素材にこだわるのは、「食」を通じて伝えたい思いがあるからとのことです。

―須藤牧場 須藤陽子さん―

“1997年から「酪農教育ファーム」という酪農プログラムの策定に取り組み、須藤牧場でも年間50~60組ほどの総合学習の受け入れを行っています。動物の命と向き合うことの多い酪農家として、食への有り難みや本来の「味」について楽しく学ぶ機会を提供できたらと思ってきました。娘はカフェ、息子は芝居と、伝え方はそれぞれですが、食に対してより一層多くの人が関心を高めてもらえるように、これからも家族みんなで自然や動物との共生の場を創っていきたいですね。”

須藤陽子さん

須藤陽子さん

  体験の受け入れを初めて20年、アイスカフェCowboyができて5年と歴史を重ねる須藤牧場。6次産業は、「命」や「食」に対する酪農家としての思いを伝えたい結果始まった試みでした。これまで須藤牧場に来訪した人にのみ提供可能だったスイーツですが、2015年からは千葉県鋸南町にできた道の駅保田小学校でもソフトクリームの販売が始まっています。

近藤牧場

  道の駅富楽里とみやまにて長年評判の高い乳製品を出品しているのは、南房総市川上に牧場を構える近藤牧場。牧場主の近藤周平さんに、6次産業についてお話を伺いました。

高速道路のPA「ハイウェイオアシス富楽里」と一体となった道の駅富楽里とみやまの近藤牧場ソフトクリームショップ

高速道路のPA「ハイウェイオアシス富楽里」と一体となった道の駅富楽里とみやまの近藤牧場ソフトクリームショップ

“もとはといえば、高校時代だいぶヤンチャだったもので、更生も兼ねて(笑)北海道の牧場に親に研修に行かされたことが始まりなんですよ。そこで乳牛の種付け、育て方、改良という営みに芸術的な感動を得まして、研修後すぐに酪農家を継ぎ、これに没頭しました。その頃はまだ、安房といえば乳牛の基礎牛産地(種牛を育てるときに必要となる母牛)で全国から酪農家が集い、高価に買い付けが行われていたんですよ。しかしその後乳価が大体1キロ120円から70円ぐらいに下がりましてねぇ。”

  近藤周平さんは20歳で牧場を継ぎ、25歳でホルスタイン共進会にて農林水産大臣賞を受賞するほどの乳牛の育種家。これ以降数々の受賞を重ねますが、同時に牛一頭の価格や牛乳の価格が低下する中で新しい経営を模索し始めていました。

近藤牧場の風景

近藤牧場の風景

“実は当時からお菓子作りが趣味で(笑)。するとちょうど良いタイミングで加工場の店舗入居募集の知らせが入り、1999年アイスクリームやソフトクリームを作ろうとこの場を借り受けたわけです。始めた当初は赤字でしたが、4年後に道の駅富楽里ができて、ここに移るとようやく軌道に乗り始めました。今では選りすぐりの牛十数頭を24時間放し飼いにして伸び伸びと育て、この牛の乳をほぼ全て牛乳や加工品にして直営販売し、レストランの料理に使っています。”

「食のちばの逸品2016」コンテストにて、金賞を受賞したクレマ カタラーナ

「食のちばの逸品2016」コンテストにて、
金賞を受賞したクレマ カタラーナ

  近藤さんはイタリアやスペインのお菓子にヒントを得て、シュークリームやリコッタプリン、エビのしっぽ(アラゴスタ)というユニークなスイーツまで、次々とオリジナル商品を生み出しています。北海道で酪農やチーズ作りの修業していた息子拓也さんが戻ること2008年には直営イタリアンレストランをオープン。持ち前の育種技術を活かして良質な低温殺菌ノンホモ牛乳を生産し、酪農経営の先進的な取り組みを続けています。

地域性と物語がこめられた6次産業と農商工連携

  それでは最後に南房総地域の6次産業について、食のまちづくりや地産地消を推進する館山市農水産課食のまちづくり担当課長荒井毅さんに今後の展望をお聞きしました。

“例えば、とあるホテルに泊まって朝のバイキングに行くと、そこには牛乳が置いてあり、ほんの100m先の牧場で今朝搾られた牛乳だといいます。普通の牛乳と並んでいたらどちらを飲みますか?この2つの大きな違いは、そこにしかない地域性だと思うのです。また、一生懸命に信頼ある産品作りに努めている農家には、それぞれの物語があります。今や消費者は、この物語と共に商品を選ぶ人が増えてきました。6次産業とは生産者の思いと、消費者のニーズをつなぐ架け橋として今後一層求められてくるのではないでしょうか。”

館山市農水産課食のまちづくり担当課長 荒井毅さん

館山市農水産課食のまちづくり担当課長
荒井毅さん

“しかし、一方で加工から販売まで一手に行うことは農家にとって負担も大きなことなんですね。そこで館山市としては、地域内の農家や事業者が共に手を取り合い、魅力ある商品開発に向かう仕組みづくりとして「食のまちづくり」を推進しています。地方農業の課題を解決するには、域外への販売こそ重要と考えられがちですが、域内で地元の生産者や事業者がまとまって初めて展望が開けると思います。6次産業化を成し遂げる生産者からアイディアや手法を学びつつ、地域内での歩み寄りを実現していきたいですね。”

館山市は生産者による直接販売の場「館山まるしぇ」を定期的に開催している

館山市は生産者による直接販売の場「館山まるしぇ」を定期的に開催している

  旧三芳村で酪農を守る切り札として始まった加工品製造、「命」や「食」の大切さを直接消費者に伝える須藤牧場、そして時代に先行してアイディアを形にする近藤牧場。酪農発祥地の南房総で起きている新しい酪農について紹介してきました。6次産業とは経営形態でもありますが、農家と消費者をつなぐ「媒体」を作り出すことでもあります。多くの人が1次産業について自然や動物と共生する現場の物語を聞き、地域独特の食をより一層楽しむことのできるように、6次産業そして農商工連携が進んでいくことが望まれます。

(文:東 洋平)