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「食べられる景観」でまちづくり コミュニティでつなぐ緑の道/千葉県松戸市

千葉・松戸

まちづくり, エディブルタウン, コミュニティガーデン, 地域協働, 都市農園

食べられる植物でつながる道

千葉県松戸市は、東京の葛飾区と江戸川区に隣接し、488,176人(平成29年9月1日現在)が暮らすベッドタウンです。中心部である松戸駅周辺は、商業施設や高層マンションが並ぶ繁華街。そこから南へ1kmほど行くと、住宅街の先に千葉大学の松戸キャンパスがあります。駅と大学をつなぐその道で、いま住民参加型のプロジェクトが行われています。その名も「エディブル・ウェイ」。英語で「食べられる」を意味する「EDIBLE」と、「道」や「方法」を意味する「WAY」をつなげた造語です。
活動内容は、野菜やハーブなど食べられる植物を地域住民みんなで育て、道を緑でつなげようというもの。このエリアを歩く人は、沿道に「EDIBLE WAY」のロゴが入ったプランターが点々と置かれていることに気づくはずです。

エディブル・ウェイは、千葉大学大学院園芸学研究科・木下勇地域計画学研究室が進める「食べられる景観(エディブルランドスケープ)」づくりの一環です。教授が長年、海外へ調査に行くなどして取り組んでいる研究に「食べられる景観が人のつながりづくりに貢献する」というテーマがあります。それを日本でどのように実現できるか考え、日本に古くからある文化であり、松戸でも盛んな地先園芸に注目。私的な営みながら、公的な意義を持つ地先園芸の延長として、家の前にプランターを置くというアイデアが生まれました。そして、株式会社タカショーからフェルトプランターを無償で提供してもらったことで、実現につながりました。

地域で食べられる植物を育てるだけではなく、一緒に食べることでよりお互いのつながりが深まります。そこで、以前から千葉大学園芸学部と付き合いのあった、松戸でエリアマネジメントを行う「株式会社まちづクリエイティブ」と「株式会社あゆみリアルティーサービス」が活用に取り組む空き家で、収穫物をみんなで食べる活動も併せて行なっています。
空き家は築53年、「旧・浮ケ谷邸(GON’ZO Kitchen)」と呼ばれています。松戸駅と千葉大学の丁度真ん中に位置し、人も車も多い通りに面しています。ここでは食にまつわるトークイベントや映画上映も定期的に開催。最終的には、地域に根ざした飲食店を営む入居者を誘致する予定です。

エディブル・ウェイの拠点のひとつ、旧・浮ケ谷邸。もとはオーナーである酒屋さんの住居だった。

エディブル・ウェイの拠点のひとつ、旧・浮ケ谷邸。もとはオーナーである酒屋さんの住居だった。

松戸にクリエイティブなコミュニティを生み出した「MAD City」

まちづクリエイティブは、松戸駅を含む半径500mの円を主な範囲とし、「MAD City」というまちづくりを展開している民間企業です。主幹事業は不動産業。一般的な不動産屋は、オーナーと入居者をつなげることで双方から仲介料をもらいますが、まちづクリエイティブは、最初にオーナーから物件を借ります。しかも、ボロボロの空き屋や集合住宅の空室、空き店舗など、市場から見て価値の低い物件ばかり。そして、それらを自由に改装してよい賃貸物件として、自社のHPやイベントなど、独自のルートで入居者を募ります。集まってくるのは、生活を自らデザインしたいと考える人々。アーティストやデザイナー、ものづくりに携わるクリエイティブ層が半数以上を占めます。
2014年にスタートして以来、2017年9月現在、約90ほどの賃貸物件に、150人ほどが入居しており、空き待ちの人がいるほど人気を博しています。入居者同士の交流も活発で、MAD Cityの物件でイベントを開催したり、人のつながりから新たな仕事が発生したりしているそう。

パチンコ屋の上の階にある、閉業したラブホテル。まちづクリエイティブを介してアパレル業者の作業場やアーティストインレジデンスの滞在場所として活用されている。

パチンコ屋の上の階にある、閉業したラブホテル。まちづクリエイティブを介してアパレル業者の作業場やアーティストインレジデンスの滞在場所として活用されている。

高層マンションに囲まれた築100年超の古民家は、MAD Cityのアーティストや職人の共同作業場に。

高層マンションに囲まれた築100年超の古民家は、MAD Cityのアーティストや職人の共同作業場に。

古いものを再生し、マイナスの価値をプラスに変える

一方、あゆみリアルティーサービスは、中古住宅の建物診断や売却活動のサポートを行う企業です。代表の田中歩さんが松戸に住居をかまえており、まちづクリエイティブの代表である寺井元一さんと意気投合。かねてから「共にプロジェクトをしよう」と話していたそうです。そして昨年、地元の酒屋さんから空き屋になっている旧・浮ケ谷邸の活用を相談されたことが、今回のプロジェクトにつながりました。

田中歩さん(左)と寺井元一さん(右)。

田中歩さん(左)と寺井元一さん(右)。

「不動産業界では新築が最も価値があるとされていますが、僕らは古いものや使われていないものを再生し、マイナスの価値をプラスに変えることに取り組んでいます。旧・浮ケ谷邸も、アンティーク家具と同じように、年月を経てきたからこその価値がある」(寺井さん)
「リノベーション工事で壁を剥がして出て来たハリがセクシーでね。この家の歴史を長年見続けてきた貫禄があります」(田中さん)

旧・浮ケ谷邸のリノベーションおよび耐震工事は、解体した段階であえて中断し、展示会やイベント会場として活用しています。残りの工事は入居者が決まってから、間取りなどを相談のうえ進める予定です。「まさか途中で止めるとは思いませんでした」と田中さんが驚いたように、こうしたプロセスは短期的な効率性を重視する通常の改修工事ではあり得ないとか。

「MAD Cityのコミュニティには建築業界の人も多く、工事にあたってくれた大工さんとも関係ができていたので、むしろ面白がってくれています。作業自体も一部ワークショップにして、参加者を募りながら進めました。最近はDIYでのリノベーションにも光が当たりつつありますが、既製品とは逆に、一つひとつオリジナルなのがDIYの理想です。入居者によって僕らの想像を超えるような、個性的なお店や場所が完成したらうれしいです」(寺井さん)

「コンセプトをわかってくれる人に入居してもらって、この空間を外に開いていくような仕組みをつくってほしい。僕らも集客の手伝いをするなど、協力していきたいと思っています」(田中さん)

この日の夜は、ゲストを招いたトークイベントが行われ、みなで旧・浮ケ谷邸の可能性を共有しました。このように、自分たちのスタンスや考えを発信することが、MAD Cityの入居者募集の方法です。

イベントの参加者のなかには、入居を検討している飲食店の経営者の姿も。

イベントの参加者のなかには、入居を検討している飲食店の経営者の姿も。

まちづクリエイティブのまちづくりでは、既に地域に根付いているものを生かすことを大切にしています。また、寺井さんには「チェーン店の多い松戸駅周辺には、地域の人々が集いコミュニティを活性化させるような、特徴のある飲食店が必要」という考えがありました。そこで白羽の矢がたったのが、千葉大学園芸学部でした。

学生たちが培ってきた地域との関係

千葉大学園芸学部は全国の国立大学のなかで唯一の園芸学部です。持続可能な都市計画、住民参加によるまちづくりの研究にも取り組んでおり、松戸では地域住民との協働で、約10年前からコミュニティガーデンを運営しています。

千葉大学園芸学部の学生有志と地域住民が運営するコミュニティガーデン「戸定みんなの庭」。月に1度程度の頻度で活動し、地元の人が10〜20人ほど集まる。

千葉大学園芸学部の学生有志と地域住民が運営するコミュニティガーデン「戸定みんなの庭」。月に1度程度の頻度で活動し、地元の人が10〜20人ほど集まる。

エディブル・ウェイを主宰しているのは、木下勇地域計画学研究室博士後期課程に在籍している江口亜維子さんです。東日本大震災で都内のお店からものがなくなったとき、近所づきあいのなかでものを分け合い、助けられた経験から、いざというときのセーフティーネットとして、地域コミュニティの重要性に気づいたといいます。エディブル・ウェイは強いコミュニティを形成を促し、空き屋問題や無縁社会といった課題解決にもつながる可能性のある実践研究です。

江口亜維子さん。旧・浮ケ谷邸前にて。

江口亜維子さん。旧・浮ケ谷邸前にて。

「エディブル・ウェイのプランターは、沿道のお宅やお店の前に置いて、水やりなどの世話を各自でしてもらっています。最初は一軒一軒学生が回り、食べられる景観づくりの説明や、プロジェクトへの参加をお願いしました。断られるんじゃないかと心配しましたが、大半は快く受け入れてもらえました。そこから口コミなどで広がって、いまでは住民の方から参加の希望がくることもあります。スタートしてから約1年、96個のプランターを、46箇所に置かせてもらっています。こんなにスムーズに進んだのは、園芸学部が松戸でコミュニティガーデンなどを続けてきて、学生と地域住民との間に人間関係の土壌ができていたからだと思います」(江口さん)

この日旧・浮ケ谷邸では、千葉大学園芸学部がこれまでどんな地域活動をしてきたかを、パネルで展示していました。通りすがりの人たちがスタッフの学生を見つけて、ひっきりなしに声をかけてきます。その様子からも、彼らと地域住民の親しさがうかがえます。

千葉大学園芸学部の学生たち。入り口の壁面は黒板アートになっている。地域の子供たちとアーティスト、学生で植物を観察して描いたものだ

千葉大学園芸学部の学生たち。入り口の壁面は黒板アートになっている。地域の子供たちとアーティスト、学生で植物を観察して描いたものだ

共感の連鎖で広がる植物の道

「今植えているエディブル・ウェイの植物は、住民の方からリクエストがあったものを参考にリストをつくって、そこから好きなものを選んでもらっています。学生と住民の方が大学で一緒に種や苗を植えてからプランターを運び、普段の水やりなどの管理はお任せし、収穫物も基本的に各家庭で召し上がってもらってます。土の入れ替えなどを自分でできないという方には、学生がお手伝いに行くこともあります。近所の人が『作業にうちのガレージを使っていいよ』と声をかけてくれるなど、みなさん協力してくれます」(江口さん)

聞き取り調査では、エディブル・ウェイが始まってから苗の育ち具合を報告し合うなど、ご近所同士の会話が増えたといいます。また、通りすがりの人がプランターに興味を持ち、住民に話しかけることもあるそう。地域の会話が増えると、治安の向上にもつながります。プロジェクトに関わっている学生にとっても、さまざまな世代との関わりのなかで学びがあるようです。

とある住民が「持っていっていいよ」と、その場で収穫。

とある住民が「持っていっていいよ」と、その場で収穫。

プランターは植物のラベルつき。住民には、外から見えるところに置くようにお願いしているそう。

プランターは植物のラベルつき。住民には、外から見えるところに置くようにお願いしているそう。

「最近、ほかの地域の小学校がエディブル・ウェイの見学に来てくれました。そしたら、子供たちが自分のまちでも始めたいと学校に提案してくれたそうです。そのほかにも『うちでも』と言ってくれる地域が何カ所かあります。共感で広がっていくのはうれしいですね」(江口さん)

地域全体で食べられる植物を育てる。松戸で始まった新しい試みは、今後全国へと派生していくかもしれません。

(文:吉田真緒)

※食べられる景観「エディブル・ウェイ」は、千葉大学「地(知)の拠点大学による地方創世推進事業(COC+)」及び「第一生命財団 都市とくらしの分野」の助成研究の一環です。