ローカルニッポン

豊かな自然の中で消費社会から距離をおく/今西徳之さん


2000年以降団塊の世代が退職し始めるのと同時にスローライフまたは農的生活といった動きに拍車がかかり、さらに最近では、週末を田舎で暮らす2拠点居住や企業のサテライトオフィス設立に伴う移住など様々な形で地方への移住は進んでいますが、こうした動きが始まる少し前に自給自足の生活を求めて千葉県鴨川市へ移住したのが今西徳之さん。この移住後の25年間を振り返り、今西さんは、首都圏から近い南房総には今後都会で住まう人々のために特別な役割があるのではと語ります。そんな今西さんの活動とこれからの取り組みについて聞いてきました。

心にあった原風景

東京生まれの今西さんが鴨川の山奥へ移住したのはバブル景気末期の1990年。音楽大学にてクラリネットを学んだ今西さんでしたが、卒業後は農作業の手伝いをしながら全国各地を回る、今でいうところのWWOOF(無償労働により農場で暮らす仕組み)を利用するような旅に出ました。

牛舎を改修して作られた今西さんの住む家

牛舎を改修して作られた今西さんの住む家

“僕らの世代は急速に都市化や近代化が進んでいく反面、公害やチェルノブイリでの原発事故など、経済成長に伴って起きた様々な問題や社会的な課題をどう考えていくかが問われ始めた時代でもありました。ちょうど大学の卒業に際して西洋の古典音楽を続けていくことが日本人のアイデンティティとして疑問になったこともあり、公害が起きた場所を転々と回りながら農作業をして旅をしたんです。その後、仲間と移り住んだのが鴨川の曽呂です。”

庭からの景色 ヤギやたくさんの犬と共に生活している

庭からの景色 ヤギやたくさんの犬と共に生活している

日本が急速な発展を遂げる中、時代と逆走するように里山を求めた今西さんが大学を卒業してからまず向かった場所は、水俣病などの公害が起きた町や村。農作業を手伝いながら農家に居候して転々と旅を続けるうちに、知人の縁から鴨川市の旧曽呂村と出会ったのでした。

“今思うと、自給自足の生活がしたい、というよりは自分の生活だけでも環境や社会を気遣ったものでありたいという願望が先にありましたね。電気やガスなどを使わずに昔の人々がシンプルに暮らしていた里山の風景が、僕にとっては何より安堵できる心の原風景だったんです。その後は、何でも手作業でやってしまう近所のスーパーお婆ちゃんに手とり足とり教わりながら毎日火を焚いて生活していましたよ(笑)。”

約1反部(300坪)で大豆と麦の二毛作を行い7畝(200坪)ほどの面積で多品目の野菜を自給する

約1反部(300坪)で大豆と麦の二毛作を行い
7畝(200坪)ほどの面積で多品目の野菜を自給
する

中心になって関わってきた数々のコミュニティや事業

今西さんが移住してから数年後、鴨川にはライフスタイルとして自然の中で伸び伸びと暮らしたい人々や子育て世代の新住民が増え、こうした人々が連携することで様々なコミュニティや事業が立ち上がりました。中でも今西さんが関わってきた団体や事業をいくつかご紹介します。

地域自給組合あわのわ:
“地域内の生産者や消費者が一体となる組合をつくって、できる限り地域内で食品や農産物を自給していこうというコンセプトのもと、できあがった団体です。自給といっても1人で全部やることは大変なので、これを分担することもこの活動の目的でした。3.11の大震災で中心となるメンバーが離散してしまったので、今は活動を中止していますが、今後またタイミングを見計らって復活させたいと思っています。”

安房手づくり醤油の会:
“自給組合の延長線上で続いている活動です。南房総ではこれまで麹を作っている業者がなかったので、大豆と小麦が混ぜ合わさった種麹は長野県の方から取り寄せていました。ただ、最近鴨川の細々と続けられてきた麹業者の孫が家業を再興させたので、これからは素材の自給も可能になってくるかもしれませんね。現在100名以上の会員がいて、毎年冬に醤油を搾りに南房総圏内を回っています。”

冬は醤油を搾る船と共に南房総中の会員のもとを周る

冬は醤油を搾る船と共に南房総中の会員の
もとを周る

里山生活お助け隊:
“里山里海研究会という集まりが発端となって始まった「何でも屋組合」です。里山では、買い物に行けない、草刈りができない、電球を取り換えられないといった高齢者が増えていて、こうした方々へのサポートを行っています。当初里山の資源循環が目的だったので、今後は若者のお試し移住なんかとセットにして、仕事の幅を広げていきたいですね。”

里山生活お助け隊

この他、南房総に住む人々の暮らしを守ろうとする社会的な活動にも積極的に参加し、「安房3市1町の広域ごみ問題を考える会」では共同代表も務める今西さん。静かに自給自足の里山生活を送ろうとしていた移住当初から一変、上記コミュニティや事業の中心的な役割を任されるに至った最大の理由は「何でも言える」自由な身として生きてきたからではないかと語ります。

何かの立場に属さない生き方

“自給しながら大した経済活動もしていないので、これまでの人生大きなお金を掴んだことはありません。むしろひたすら低空飛行だけど墜落はしないみたいな(笑)。それでも、なくてもよいものを作る必要はないし、消費しろと脅かされるわけでもない。もちろん会社に入ったり、組織で働けば効率的にお金も稼げるかもしれません。でも何かの立場に属さなければ、余計なしがらみは一切ないんです。ならば貧乏でもいいかって(笑)。”

会社や組織に属さないとはいえ、単なる自営業とも異なり今西さんの生活は、あえて現代の消費社会から距離を置く生き方。もちろん好きなものを買ったり、高級レストランで食事をすること、はたまた老後の保障もありません。そんな生活を長年続けてきた今西さんがこれからやりたいこととは都会の人々が羽を休める場所を作ること。

今西さん宅 窓からは里山の風景が広がる

今西さん宅 窓からは里山の風景が広がる

豊かな自然の中で消費社会から距離を置くこと

“今の世の中お金とか組織に縛られて、どんどん息苦しくなっているように思うんですよ。僕らはお金のために労働をしているのではなくて、生活や豊かな暮らしのために労働しています。すべての価値を一旦お金に変換し消費を強いる社会から、時には解放されることも大事なのではないでしょうか。豊かな自然溢れる鴨川は、都会との距離からいっても、過剰な経済システムから離れるにはぴったりの場所です。首都圏に住む人が、中長期の滞在をして自分らしさを取り戻せるような、そんな場所やコミュニティができるといいですね。”

牛舎2階を改修し、今後滞在の受け入れも要検討中

牛舎2階を改修し、今後滞在の受け入れも
要検討中

利潤を追求する資本主義社会は旺盛な消費活動なくして成立しないことから、私達の身の回りには必然的に購買欲をかき立てる仕掛けが張り巡らされています。この社会が実現してきた便利さや効率性といった恩恵を否定することはできませんが、お金や消費社会そのものが豊かな暮らしを保障するとは限りません。そんな時代にあって、今西さんが語る現代の経済システムからのシェルターとなるコミュニティは、自らを意識的に健全な状態へと導くための大切な居場所となっていくのかもしれません。

文:東 洋平