小屋とまちの景観における呼応と連携の空間づくり/石井崇さん
日本の館山と、スペインのフェレイローラ村という国内外2拠点の田舎にて、風景を描き続けている石井崇さん。「人は、主として畑や海から食を得る」という1次産業と人間との深いつながりをメッセージとした石井さんの絵は、土地の風土、歴史、そして人々の暮らしを包み込む大自然の恵みと情感が独特のタッチと色彩で描き出されています。ある時は農家、またある時は大工として、自らも実践的に暮らしを創り上げる石井さんですが、今回は主に「小屋作り」と「地域活性化」について話を伺ってみたいと思います。
周辺の環境と調和する小屋作り
館山市の大神宮地区、安房神社の裏山に広がる森の中に石井崇さんの日本における拠点イシイタカシスタジオがあります。取材で到着すると早速、この秋に完成したという新しいアトリエを案内してもらえることに。
“昔と比べて資材や金具が改良されてバリエーションが増え、家や小屋を自分で建てることがとても楽になりましたね。一から建てることはそれなりに苦労もありますが、できる限り素人の力で家や小屋を作ってきました。小屋作りといえば、外観や内装、機能性も重要な点ですが、何より私が大事にしてきたことは周辺環境との調和なんです。この視点での小屋作りにはかえって素人の方が発想や創造性が湧き出て面白いんですよ。”
石井さんはこれまで、館山とスペインに3軒ずつ、改修に携わった東京の1軒を合わせると7軒もの自宅やゲストハウス、そして小屋の建設、改修を行ってきました。画家の石井さんが建物を自分の手で作ることにこだわるのは、シンプルに「作ることが楽しい」ことも大きな理由のようですが、家や小屋に対する石井さん独自のコンセプトを具現化させることにあります。
“例えばこの小屋は、畑と小屋がおよそ1:1、そして小屋とテラスが1:1の広さをもって、小屋からの眺めが山に突き抜けるように設計してあります。畑には季節の野菜やスペイン人が大好きな(笑)フダンソウなんて葉物も育ってましてね、その周辺には梅や柑橘類そしてブドウなどの果樹を80本ほど植えているんです。いずれこの木々が育って、訪れる人を和ませてくれることでしょう。畑と建物が呼応する空間を作り出し、その中で植物の成長とともに暮らしを育みながら次の10年を想像していくこと。これが私なりの小屋作りの醍醐味なんです。”
人は、畑や海から食べ物を得て生きていること
石井さんと小屋の出会いは、遡ることスペインにて絵描きを志した1975年。東京芸術大学工芸科を卒業後、広告代理店に勤めるも画家の夢を追って渡ったスペインでの生活は、オリーブ畑の真ん中にある一軒の小屋から始まりました。
“20代の終わりにさしかかって「何が本当にしたいんだ?」と問い直し、スペインでの暮らしを始めたのですが、もちろん絵描きとして最初から食べていけるわけもありません。ギリギリの生活の中、ジプシーとテキ屋をやったり、不法滞在や不法就労は当たり前、生きるか死ぬかの連続といった時期もありました(笑)。ただ、そんな状況下で人々の温かさを感じつつ暮らしや風景を描いていると、ふと「人間は、畑や海から食べ物を得ているのだ」という素朴なメッセージが浮かび上がってきたのです。人の命を支える食、これを与える畑や海という大自然の恵みの中に、人が安らぎを感じるような、そんな絵を描きたいと思ったんですよ。”
生活のため街頭でアクセサリーを売るテキ屋業を始め、巻き込まれた数々の危険な場面を切り抜けながら、異国の地で流浪者として生きた絵描きの下積み時代。アンダルシアの灼熱の太陽と青い空の下、石井さんの絵は、広い畑や海と共に存在する人々の暮らし、特に豊かさの象徴ともなる食の恵みを映し出すようになりました。自ら野菜や果実を生産すること、そして畑と一体となった小屋作りにこだわることも、この時期に培われた石井さんの考え方に根差しています。
在日日本人として
スペインでの生活が落ち着き始めた頃、石井さんは友人らと共に館山に家を建て、およそ30年前からスペインと日本との2拠点生活が始まりました。
“最近自分のことを「在日日本人」と呼んだりしているんです(笑)。たまたま日本に生まれはしましたが、長いこと国をまたいで田舎暮らしをしていると、日本人として、というよりも食や文化そして暮らしを愛する1人の人間として、地域それぞれの良さを感じています。そこで思うことは、地域の中で地域を見ているだけでは、その良さを見出しづらいということです。そこで在日日本人という立場から、具体的なまちづくりや地域内の連携についてこれからもアドバイスできるところがあればと考えています。”
館山に拠点を構えて以来、まちづくりに対して様々な提案を行い、現在館山ふるさと大使でもある石井さん。館山駅や駅前の南ヨーロッパ風の景観、今年で21回目を迎えた「全国大学フラメンコフェスティバルin館山」も、石井さんのアイデアやスペインとの文化交流がきっかけとなりました。数多くの地域を客観的に比較してきた石井さんは、改めて南房総の活性化についてどのような考えを持っているのでしょうか。
高齢化する地域を活性化させる観光戦略
“従来は観光名所であった南房総も時代の変化や震災の影響から年々集客が落ち込み、また交通網の発達によって宿泊客が減ってきているのが現状です。観光業者の高齢化が進み若い担い手も不足しているので、マンパワーとしてもこの傾向を止めることは難しいでしょう。ただ、私はこの状況を逆転して捉えたらいいと思っているんです。例えば、ホテルや旅館であれば一か所で食事も宿泊も提供するのではなく、それぞれを地域内で分担することができれば、労力が減るどころか、地域全体の活性化に繋がります。”
石井さんが現在提案している南房総地域を活性化する一つの手法は、海外ではB&B(Bed & Breakfastの略)と呼ばれている朝食のみを提供する宿泊施設の仕組み。観光ニーズが変化している時代にあって、観光業者の高齢化や担い手不足が切迫しているのであれば、むしろそれぞれの仕事を減らして分担し、総合的に地域の魅力を高めることで新たな集客を計ろうとするものです。
地域が一体となった景観づくり
“例えば、スペインの海岸には一年中たくさんの素敵なレストランがOPENしています。これはなぜかと考えた場合に、人が来るから栄えているんだと思いがちですよね。しかし、実のところは域内で訪れた旅行客を囲い込まずに連携しているからなんです。宿泊や食事を一か所で提供しないので、海岸や町全体を客が利用するため、結果として地域全体が潤い、美しい景観が維持されています。そしてこの景観がさらに人に愛され、客を呼び込むという相乗効果を生んでいるんですね。従来の日本の観光では、この発想は受け入れられづらかったかもしれませんが、海や里山の美しい南房総では十分可能性があると思いますよ。”
国内外を問わず人々の暮らしや文化の中に入り、田舎の美しさや美味しさ、そして楽しさを、身をもって経験してきた画家石井崇さん。個々に存在する建物と畑が一体となった小屋の話とも共通するように、街並みを創ることや観光戦略においても、各々の施設や業者が連携し合うことで、一つの空間を創造することに地域を活性化させる糸口があると語ります。これからもより一層あるべき南房総、そして地域の姿について実践と提案を続けていってほしいと思います。
文:東 洋平
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