暮らしと場の習慣を観光に/時田隆佑さん
東京都心から電車に揺られ45分程いったところにある、埼玉県北本市。
荒川、赤堀川沿いの農村集落として始まり中山道の間の宿場町として発展したまちは、1971年の市政の始まりと同時に、東京へ通う会社員の家族向けに大型団地が建設され、駅周辺の市街地化も進み、現在は約七万人の人口を抱えるベットタウンとなっている。元からの農村住民と新しい都市住民が共生しながら暮らすまちでは、緩やかに人口分布の推移が進み、高齢化の問題が顕在化し始めている。そんな日本のどこにでもあるような典型的な郊外住宅地で、「観光を通したまちづくり」の活動をしているのが時田隆佑さんだ。北本市観光協会で活動する時田さんに話をきいた。
建築設計からまちづくりへ
― 時田さんは、なぜ北本で観光の仕事をしようと思ったのですか?
「元は建築設計の仕事をしていました。7年前(2008年)にJR北本駅西口駅前広場の改修事業を進める『北本らしい”顔”の駅前つくりプロジェクト(以下、顔プロ)』がはじまり、行政と市民、建築設計事務所や大学との関係調整のためのスタッフとして北本に来ました。来て次の月には市民参加型のワークショップ(以下、WS)を開催していたのですが、はじめは何をすればいいのか、自分が何をしているのか分からない手探りの状態でしたね。」
― 確かに一般的な建築設計のイメージと市民参加のWS企画では、やることが大きく変わっているように思えます。
「そうですね。ですが建築設計の仕事でも、クライアントの様々な意見や暮らしぶりを聞きとり解釈して形にしていくことは重要でした。顔プロの活動を通して、「市民の声を聞きたい行政」と「意見を言いたくても専門性がないのでうまく伝えられない市民」との間に立ち、意見を言いやすい場を設定することや意見の収集を丁寧にやっていくことの重要性を実感していったので、そんなに抵抗はありませんでした。設計と一緒だなって。」
― なるほど。駅前広場は2012年に完成しましたが、顔プロはそれで終わりじゃなかった?
「はい。顔プロの活動は広場の完成が近づくにつれ、「つくること」の先にある「つかうこと」の比重が大きくなっていきました。数年かけてまちの人々と接していく中で段々と人の顔も見えるようになって、「まちづくり」の側面が強くなっていきました。北本で活動していた任意団体「北本市まちづくり観光協会」がNPO法人格を取得するタイミングで事務局として迎えていただき、この観光情報発信館をつくりました。広場の竣工が2012年の10月で、観光情報発信館のオープンが12月です。タイミングっていうか運がいいんです(笑)。」
観光情報発信館
― こちらは壁がほとんど黒板でできているんですね?
「そうですね、顔プロの時から継続的に市民参加型のWSを続けているので、みんなで話し合うときにイメージの共有をしやすいようになっています。情報発信館の役割として、観光情報の紹介や案内、特産品の販売などは勿論ですが、ここでは情報をひろう、つなげる、サポートするという活動も積極的に行うよう心がけています。」
― 具体的にはどんな活動があるんでしょうか?
「北本の観光のこと考えちゃわナイト(通称:かんちゃわナイト)という市民参加型WSをやっています。参加者と一緒に北本の気になる、おもしろい、ここが好きなどを話し合い、集まった意見から何ができるのかを模索して人に紹介したくなる=観光資源となり得る企画をつくっていきます。具体的には、「荒川でモクズガニという大きなカニが獲れて、しかも食べられるらしい」という情報から実際に「幻のモクズガニを探す旅」というツアー企画を行ってみたり、「北本って意外とネギをつくっている農家さんが多い」という情報から、ネギの収穫体験と採れたてを雑木林に行って焚き火で焼いて食べる「ねぎを愛でる旅」などを行いました。」
― モクズガニ・・・気になりますね。
「そうでしょう。会議の段階でも本当にいるのか?と盛り上がりましたし、ツアーの参加者の方々も取れるのか食べられるのか半信半疑で面白がりながら参加してくれました。モクズガニの生息地を回る中で、派生的に北本の湧水池や荒川沿いの谷津の景観なども紹介し体験してもらうことが出来ました。個人的な暮らしの中での気づきなど小さな情報も共有することで、みんなで面白がることができる、派生した時間やプロセスの共有をそのまま価値として感じてもらえるように心がけています。
その他にも、かんちゃわナイトで集まった情報と地域資源を組み合わせ「春の森めぐり(毎年3月末の週末)」「夏のMORIMATSURI(毎年8月中の週末)」という少し規模の大きなイベントも行っています。」
春の森めぐり、夏のMORIMATSURI
― どちらも”もり”なんですね。どんなイベントなのでしょうか?
「はい。北本には武蔵野台地の平地林が比較的多く残っているんですね。気持ちのいい空間なんです。そういった雑木林や県の施設である自然学習センター等、市内数カ所を舞台に様々なツアーやマーケットを行う市内周遊型のイベントです。雑木林の会場では、「てづくりの森」と称して下草刈りなどの会場準備から一般の方も参加ができるようにWS化し、雑木林を管理するNPO法人北本雑木林の会の方々と協力してイベントを作り上げました。これもプロセスの共有ですね。」
― なるほど。地域の交流の場にもなっているわけですね。
「そうですね。マーケットは市内外のお店や作家さん、市民団体の方々の発表の場にもなっていますし、都市化の波によって減少していく雑木林とそこに暮らす人々との新しい関係性をさがす試みでもあります。まあ、そんなに堅苦しいことを考えなくても、単純に気持ちのいい休日を過ごして欲しいなって感じのイベントです。一度来て体験してもらえたら魅力をわかってもらえると思うので、是非遊びに来てください。」
観光というキーワードを使いながらまちづくりを進める時田さんの活動の根本には、顔プロ時代からの習慣である「情報をひろう、つなげる、サポートする」という活動がある。これはまちづくりの“素材”集めといえるだろう。郊外住宅地のような住民のレイヤーが多層化したまちでは、一つの課題を解決するにも必然的に隣接した二重三重のプロセスを経ることになる為、丁寧なリサーチで集めたまちづくりの“素材”をつなげてサポートしていくことで、有機的に二つ三つの課題を同時にクリアすることを目指しているのだ。
また観光情報発信館のようなサポートに特化した組織がまちの中にあることで、市民活動の負担が軽減され、地域で何かを始めたい人にとっては参加しやすく、それこそプロセスを共有し面白がりながらまちづくりを進める環境ができているのではないだろうか。
文:江澤 勇介
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