待ち時間には、「ゆる科学実験」を。
– 生徒を笑顔にする、町営塾スタッフの”ゆる〜い”取り組み –
津和野には高校生の「たまり場」がない。
“ツコウ”の愛称で親しまれる津和野高校は、津和野町内唯一の全校生徒190名程度の小さな高校である。この記事を書いている私は、ツコウの敷地内にある町営塾HAN-KOHに昨年4月から勤務している。
津和野高校の生徒は、高校に隣接する寮から通う生徒と自宅から通う生徒に二分される。自宅生の中には一時間に一本も走らない汽車で通う者が少なくない。
汽車で通う生徒は、部活が終わるとそのまま駅へ向い、汽車が来るまで駅で勉強したり、おしゃべりに花を咲かせたりするそうだ。しかし、津和野の冬は厳しい。文字通り身が凍えるほどの寒さで咲く花などないのではないかと、かじかんだ手で文字など書けないのではないかと、身につまされる。
なぜそのようなことになるのか。それは、高校生が気軽に立ち寄れる場所が町内にないからだ。
一昨年の春にHAN-KOHが開校してからは、HAN-KOHはそうした生徒の“たまり場”にもなっている。部活終わりの生徒も部活に入っていない生徒も、汽車の時間まではHAN−KOHで過ごすようになった。
HAN-KOHの授業は汽車の最終便より遅い時間から始まる。したがって汽車で帰る生徒は授業を受けることはできないが、その代わりに汽車までの時間は自習室としてHAN−KOHを利用している。自習者の他にも、友達同士仲良くおしゃべりをしていたり、スマホをいじったりしている者もいる。それが全面的に悪いわけではない。彼らが安心してHAN-KOHを利用してくれていることは喜ばしいことであるが、「もっとこの空き時間を他のことに利用できないだろうか」としばしば考えさせられることがあった。
『ゆるかつ』の誕生
ゆるかつとは、「放課後のゆるやかな課外活動」の略称である。文字通り部活動ほどかっちりした形をとらず、都合のつく時に自由に参加してもらう。週に一回、部活動が終了した時間から、生徒たちと「科学にまつわる活動」を行なっている。糸電話から活動は始まり、巨大折り鶴やペットボトルロケット作りなどを経て、15回を迎えた今回はキャラメル作りを行った。
初めは「ゆるかつ」という怪しい名前に乗り気でなかった生徒たちだが、回を重ねるごとにゆるかつは浸透していき、今では「次回のゆるかつはなに?」と待ち焦がれられるほどのコンテンツに成長した。
ゆるかつが成長するにつれ、生徒たちにも変化が見られたと私は感じている。友達同士の楽しいおしゃべりから生まれる笑顔とは、また違う笑顔が輝くようになった。起きて、学校に行って、帰って、寝る。繰り返す日常に少々のスパイスを加えられているのではないかと、普段とは違う生徒の姿から感じている。
ゆるかつ、町に進出!
11月7日の曇りがちの空の下、町内の公民館で小学生向けのゆるかつが行われた。「高校生がいきいきと活動するゆるかつを、地域の小学生にも体験してもらいたい」「更には高校生が小学生に指導するというなかなかない機会を作りたい」という思いから、『出張ゆるかつ』が実現した。残念ながら、高校生は当日が模試だったため参加できなかったが、10月から開講されたHAN−KOH中学コースに通う中学生たちが、高校生の代わりにお手伝いをしてくれた。
初めての試みだったため、生徒も私達スタッフも不安いっぱいだったが、そんな私達の不安をかき消すほど小学生たちは全力で楽しみ、体いっぱいで「もっとやりたい!早くやりたい!」を表現してくれた。
会場に来る前はそこまで乗り気でなかった中学生たちもだんだんと楽しくなってきたようで、最後の方は自ら進んで小学生にアドバイスをする様子が見受けられ、こうした場を設けることに意味があることを改めて実感した。
好評に終わった出張ゆるかつも、通常のゆるかつも、みんなが楽しんでくれる限り続けていきたい。そう考えているが、ゆるかつには生徒たちの放課後の活動の場の提供以外に、もう一つ目的がある。「科学的な事象への興味を喚起する」というゆるくない目的である。こちらの方はなかなか達成できていない。楽しんで活動してくれてはいるものの、自分が行った操作やそれによって生じた結果に対して「なぜ」を考える段階にはまだ至っていない。
ゆるかつの名前には、「科学」と名付けると高くなってしまう敷居を低くする狙いもある。その名前のおかげか、現段階では科学に興味のない生徒たちも多く参加してくれ、科学に関わろうとしない生徒が科学の一端に触れる機会が設けられている。現状では、なかなか裏に潜む現象を気にしてもらえないが、ゆるかつを楽しむ生徒の中から少しでも、科学に興味を持つ生徒が出てきてくれることを願いつつ、毎回新しい試みをしていく予定だ。
ゆるかつの名とは異なり、準備も後片付けも全くゆるくない。スタッフは毎回たくさんの時間と労力をかけている。しかし、その労力をはるかに上回って、生徒のとびっきりの笑顔が見られることが、ただ、嬉しいのである。
文:町営塾HAN-KOH運営スタッフ 林希恵
【ローカルニッポン過去記事】
「島根県修学旅行ない問題」に挑んでみた―津和野高校魅力化コーディネータ日記その1―
高齢化率40%越えの地域で、日本一の教育環境の実現を目指す!! ~島根県立津和野高校の挑戦~
受け継がれる「藩校」の精神
【リンク】
島根県立津和野高等学校