ローカルニッポン

受け継ぐのは、豊かな田舎暮らしの知恵と美しさ/國方あやさん


津和野町でカフェ「たべるをcoffee」を経営するのは、2011年に東京から移住した國方あやさん。このカフェのコンセプトは「食べるを楽しみ、考え、受け継ぎ、学び、そして健康で美しい暮らしを創造する。」ということ。このコンセプトに詰まった、國方さんの食や暮らしに対する思いを伺いました。

人が集まり交流する場に、“たべるを”。

たべるをcoffeeは、津和野町の中心地から少し離れた『堀庭園』の施設内にあります。

たべるをcoffeeの店舗

たべるをcoffeeの店舗

堀庭園は、明治から昭和にかけて石見銅山で財を成した堀氏の名園で、文化庁から名勝指定を受けるなど、四季折々の景観が美しい津和野町の観光名所のひとつです。堀庭園は津和野町が管理し、庭園や家屋内を自由に見学することが出来ます。國方さんは、併設する店舗でコーヒーやランチを提供する傍ら、堀庭園の家屋を活かしたイベントの企画をしています。イベントは、國方さんの人脈を活かしたバラエティ豊かなもので、「庭園を眺めながらヨガを行い食事を楽しむ会」もあれば「即興ジャズの演奏を聞き食事を楽しむ会」も開かれています。これらのイベントには観光客から近隣地域の人など世代も生き方も多様な人々が参加し、食事を囲んでゆるやかなひとときを楽しんでいます。

ジャズを聞きながら大根料理のビュッフェを味わう会

ジャズを聞きながら大根料理のビュッフェを味わう会

始まりは、「日本にはない」の思いから。

津和野に移住される前は、東京の下町で喫茶店を経営されていたという國方さん。始めるきっかけは海外でのとある経験でした。

「母が行きたいというので一緒に台湾に行ったんです。そこで日本統治時代の日本家屋に、現地の人がサロンみたいなすごくいい空間を作ってたんですよね。台湾のウーロン茶をだして、半日くらいずーっとおしゃべりして過ごすんです。それを見て、『豊かな時間の過ごし方だな。日本にはないな』って感心したんです。それで日本に帰ってから蔵を借りて、台湾茶の喫茶店を始めました。」

お茶をだすお店としてスタートしたものの、お客さんからのリクエストで食事も提供するようになります。

「受け身で始めたんですけどね。特別勉強していたわけでもありませんし。でも、ゆずれないこだわりは強くあります。東京では『日常のごちそう』というテーマで、”毎日食べられるけど、きちっと手をかけてあげた料理”を出していました。家だったらちゃちゃっと終わるようなものでも、やっぱり野菜が10種類くらいあるとうれしいですよね。それも、きちっとあく抜きをしてあるだとか、ひげをとってあるだとか、面取りをしてあるだとか、手をかけてあるもの。手軽に冷凍食品で済ませる喫茶店ならやる意味がない。下手でもちょっと不格好でも、とにかく自分の満足がいく安心・安全なものを作るという思いでやっていました。」

食の美しさに魅せられて

7年ほど喫茶店を経営された後、結婚や出産などを経て「もっと田舎で暮らしたい」と思い、知り合いの伝手で津和野に移住された國方さん。ここでも食事を提供するのは、「食の美しさに魅せられているから」だと言います。

”たべるを”で作られた季節のお弁当

”たべるを”で作られた季節のお弁当

「食材ってとにかく綺麗じゃないですか。採れたての食材の色や鮮度は、目に見て美しいなって実感できる。私は季節で変わっていく食材の美しさに一番心が動くんです。季節を感じるってことは人間の一番満足することなんじゃないかと最近すごく思います。生きている実感や喜び、私の場合はそれを“食”を通じて感じられるんです。」

「昔の人は1週間単位とかで季節を感じて生きていて、特に大きな夢や希望だとかがなくても、毎日を満たされて生きてきたんじゃないかと思うんです。また、季節に沿って生きていくのって忙しいと思うんですよ。梅が取れたら梅の作業しなきゃとか、柿の葉をお茶にしなきゃとか、季節の作業はいっぱいあるから。でもそういう作業は、忙しくても気持ちが満たされるんですよね。」

季節の移ろいの中で食の美しさを感じる気持ちは、地元の農家さんたちからその知恵や技を教えてもらう中でも、刺激を受けるといいます。

「津和野の農家さんは、少量でも色んな種類の野菜を季節ごとに作って出荷している方が多いんです。だから毎回行く度に作っているものが違うし、実際自分達でも食べてるから食べ方も知っていて、たくさん刺激を受けます。ここの土地に根ざして生きていくからこそ、そういうことをもっと吸収したり発信したりしたいなって思います。」

よく訪ねる町内の農家さん

よく訪ねる町内の農家さん

暮らしの知恵を受け継ぎ、つなげていく

國方さんの思いは、食だけにとどまりません。

「おじいちゃんおばあちゃんの世代が持っている知恵や技術は、今のうちにきちんと受け継いでいきたいですね。それは食に限らず、暮らしにまつわること全部。ござや篭のことから、掃除のやりかたや『いつどういうときにやるのか』といった儀式的なことも含めて、教わりたいと思っています。何かを手に入れた結果ではなく、そこまでの過程を楽しむことを1番にしたいから。納豆も藁で作れたら楽しいし、薪をくべて五右衛門風呂を沸かすのも面白い。それを”大変だ、嫌だ、めんどくさい”って言ったらそれでおしまいなんだけど、その過程を全部楽しむっていう意識なんです。そうすると暮らしが全部楽しくなる。」

暮らしの知恵を受け継ぎ、その手間や時間を楽しむ。同時に、それを他の人にも伝えていきたいとも考えています。

「自分で吸収してもそこで終わっちゃたら、もったいない。やっぱり時代にあわないこともいっぱいあるだろうから、自分なりに解釈して見せ方を変えてあげるだけでも、次世代につながる形になるんじゃないかなって思います。」

食にこだわり、津和野の季節を感じて、その一瞬一瞬を豊かな時間に変えていく。そしてその“手間暇がかかる楽しみ”を、少しずつ広げていこうとする。そんな國方さんだからこそ、『たべるをcoffee』はここにしかない楽しみを提供する場となり、自然と人を集めるのだと思います。

文:渡辺 未奈