ご縁を紡いで130年、酒蔵「古橋酒造」が日本酒で生み出すつながり/古橋貴正さん
明治11年に島根県西部・津和野町で創業し、有形文化財にも指定された歴史ある酒蔵「古橋酒造」。この酒蔵の五代目・古橋貴正さんが大切にしているのが「ご縁」です。古橋さんが、酒造りを通じて紡いできた豊かな「ご縁」についてお話を伺いました。
日本酒を通じて、津和野の魅力を伝えたい
古橋さんは津和野町に生まれてから、町外で酒造りの勉強をして、20代中頃に再び戻ってきました。五代目として古橋酒造を継いだ古橋さんは、津和野の産物にこだわった日本酒づくりに取り組みます。
「代表銘柄である「初陣」は、酒造りに必要な水や米をすべて津和野のものでつくっているんですよ。津和野は観光地としてある程度の認知度はありますが、まだまだだと思っています。津和野の産物にこだわったお酒を通じて、津和野のことを知ってもらえたらと思っています」
古橋さんは、津和野の水や米を使うことで、日本酒の味や風味にも特徴が出てくると語ります。
「津和野は、清流日本一に何度も輝いた高津川が流れています。そんなおいしい水を活かすため、貯水池からタンクに直接水を汲んできています。この水はミネラルウォーターみたいな軟水で、ゆっくりゆっくり発酵していくんですよ。すると、女酒と呼ばれるような、やわらかくて甘いお酒ができるのです」
「米については、酒米をつくってくださっている地元の農家さんとの関係性を大切にしています。生産者の方と交流会をもって、そこで今年の米の様子を尋ねたり、逆に日本酒を飲んでいただいて感想を伺ったりしています。農家さんにとっては、自分がつくったお米がお酒になって戻ってきたことを感じられるので、格別なんじゃないかと思います。私にとっても、自分のお酒を飲んでいただくことで、地元に愛されていることを実感できます。地元あっての造り酒屋です」
新規移住者を蔵人として雇用
昨年からは、新たに農業従事者として津和野町にやってきた金田さんを、酒造りに従事する「蔵人」として雇用する試みもスタートさせました。
「農業に携わる方が蔵人として働くのは、伝統的に行われてきたことなんですよ。金田君に来てもらったのは、そんな酒蔵の伝統を復活させたというわけです。日本酒は冬期につくるものですが、農家さんにとって冬場は農閑期になります。そこで、酒蔵が人手不足になる晩秋から冬にかけて働きに来てもらい、農業シーズンになったら農家に戻ってもらう。半農半Xという言葉もありますが、酒蔵と農家は昔からこうしてつながりあって、助けあってきたんです」
古橋さんにとって、金田さんのように新しく津和野町にやってきた人はどのように映っているのでしょうか。
「U・Iターン者を支援したいという想いはもちろんあります。地方といってもいろいろな場所がある中で、わざわざ津和野を選んで来てくださった。そうであるからには、やはり定着してほしいという気持ちがあります。特に農業に従事している方は応援したいですね。日本酒はお米によって支えられているので、農業後継者の方は酒蔵にとっても大切な存在ですから」
酒蔵は「ご縁」を紡ぐ場所
近年では、町内のイベントのために酒蔵を開放することも行っています。DJパーティーやライブ、トークイベントなど、様々なイベントが行われ、酒蔵は人がつながる空間にもなっています。
「最初にここでイベントをやったのは、2001年くらいですかね。高校の同級生がフラメンコのコンサートをやりたいと相談に来たんですよ。古い建物ですし、初めてのことですから正直不安もありました。でも、町が盛り上がるならぜひ、ということで引き受けました。自分が率先してイベントを打つというよりは、企画の仕掛け人に対して場を提供することが酒蔵の役割だと思っています」
さらに、古橋さんのつながりは、ドイツ・台湾と国外にも広がっています。
「2000年代の後半でしたか、「芋煮と地酒の会」という町内のイベントで、ドイツでコントラバス奏者をしている音楽家・高橋徹さんに出会いました。そのとき、高橋さんにうちの日本酒をお渡ししたんです。仕事につなげようという意識があったというより、私はサッカーが大好きなものですから、高橋さんと「ご縁」があったらドイツでサッカーが見られるんじゃないかって思いまして(笑)。それがいまでは、高橋さんのご紹介を通じて、ドイツのお店にうちの日本酒を出してもらったり、輸出を始めたりと話が動いています」
「昨年は、酒蔵を視察にいらした台湾の方にも出会いました。台湾はもともと親日的な国ですが、最近では日本酒がブームなんですね。その方とのつながりを経て、台湾にも輸出をするようになりました。これも「ご縁」ですよね」
酒造りを通じで生まれた「ご縁」を大切にすること。このことに気づいたきっかけを伺いました。
「今までの私の経験からすると、あんまり欲をかいて、がっついているといいことがないんです(笑)。それで、商売を前面に出すのではなく、人と人とのつながりを大事にしたいと思うようになりました。高橋さんや台湾の方と出会ってから、ますますそう感じています」
「それから、昔からよく言うでしょう、「酒で3年、茶で10年」って(笑)。お酒を酌み交わすと、関係がぎゅっと近くなりますよね。私は、自分がつくる日本酒が、人と人とをつなぐ潤滑油になってほしいと思っています」
日本酒を通じて津和野の魅力を町内外に伝え、新たな移住者を蔵人として迎え入れる。酒蔵でのイベントで人と人とがつながる。
「ご縁」を大切にする古橋さんが、日本酒を通じて生み出すつながりに強く惹かれました。
文:瀬下 翔太
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古橋酒造