ローカルニッポン

一軒の古屋が母たちの長屋になるまで(前編)/ 「つづり」松永レミさんと仲間たち


古民家を改修して営業するカフェやセレクトショップ、ゲストハウス。地方創生の波に後押しされて、古民家活用は、「なんとなくオシャレ」「懐かしくて、新しい」と、観光客を呼ぶ拠点としての役割を担う事例が増えています。一過性のブームのようなものでしょうか。その土地のものを大切にした活動の、土地に根付いた息の長い活動の、拠点となるのでしょうか。

北関東の陶芸の里、益子からのローカルな便りでは、住む人の暮らしの足元から立ち上がる、古民家というより「古家」を舞台にした、新しい試みについて、前後編に分けてお伝えします。

人生の先を見越して、母たちのチャレンジ

2015年の秋、見上げるようなクヌギやコナラの木が色づきながらドングリを落とす土地で、「つづり」という名前の商店と食堂が開店しました。少し大きな古家には、暮らしまわりの手作り品や環境や健康に配慮した商品を売る「商店」が。同じ敷地内の少し小さな古家には、玄米菜食の「食堂」が。オーナーは、7人の女性。みな、子育て中の母たちです。

写真右から、柳真美子さん(yayami|服)松永レミさん(レミトオットー|陶器)饗庭陽子さん(玄米菜食の「つづり食堂」)清野愛さん(アイヨウヒン|布小物・セレクト品)石川恵子さん(CASANE|服・バッグ・染め)ウスバミコさん(イラストやデザイン・紙小物・てぬぐい)和田優子さん(cle cle cle|刺し子・裂き織り・帽子)高橋あけみさん(産休育休中の陽子さんに代わって食堂担当)、そして子どもたち。

オーナーは、7人の女性

実は、「つづり」のメンバーは、知人のお店やクラフト市などに出品の経験はあるものの、みんな子育てのまっただなかで、まだまだ実店舗を持つことは考えていなかったそう。そんな仲間たちに「お店をやらない?」と、声をかけた言い出しっぺは、陶芸を生業とする松永レミさんでした。

「子どもが小さいうちは、なかなか思うように動けないけれど、子育ての時期はあっというまに終わるし、だれだれちゃんのママという立場だけに埋もれていると、子どもが巣立った時に何が残るのかなあ…。一人で起業するのはとてもエネルギーがいるけれど、家庭のこともしっかりやりつつ、自分の世界もちゃんと持とうとしている仲間と何人かで力を合わせたら、やれるんじゃないかな! そんな思いがベースにあったんです」

それまでは天然酵母のパンと自家焙煎の珈琲店が営まれていた建物が、店主の引越しで空くことがわかり、そこに手を挙げたレミさんたちは、開店に向けてミーティングや都内のセレクトショップに見学に行ったり、起業のための勉強会にメンバーが参加したり、家庭や仕事と両立させながら、できる範囲での準備を始めました。

「ミーティングでは、よし、がんばろうねって盛り上がっても、少しすると、やっぱりやっていけるか不安だねと盛り下がって、その繰り返しが続いたり、せっかく集まっても決めるべきことが何も決まらなくて、あとからメールで相談したりもしていましたね」

とレミさん。7人もいると考えをまとめるのも大変ですね?と尋ねると

「みんな考えが同じ仲良しグループにならなくていいんですよ。なにか共通の軸があって、そこだけ大切にしていれば、ずっと一緒にやっていけるはずだと思うし。だから、たまにはケンカしたっていいし…と、メンバーに話すと、『レミちゃん、重い』と嫌がられます」

と、明るく笑い飛ばします。そんなレミさんの声かけで、お母さんたちのチャレンジが始まった「つづり」は、この10月で1周年を迎えます。

土間のひび割れた隙間から自由奔放に伸びてきた一本の草が迎えてくれる引き戸の玄関。小さいお友だちの草履も見えます。お店の中におじゃましてみましょう。

引き戸の玄関

作り手の顔が見える距離

玄関から室内に上がると、長い時に磨き込まれた床板には、かつてあった囲炉裡の跡も。自分たちで、押入れの仕切りを外したり、ペンキを塗ったり、それから雨漏りのする屋根に新しくトタンを貼ったりしたという建物の中には、メンバーの作品や近隣の作り手のものと、健康や環境に配慮された暮らしまわりの商品が並んでいます。並べられた商品を手にとって見ていると、レミさんが

「ほどよい大きさのお店だし、扱っている商品は、みんな直に繋がっている人のもの。お客さんにも尋ねられます。これはどういうもので、どういう人が作っているんですか?って。それを説明できる、顔が見える関係って、お店の基本ですよね」

と商店コンセプトの基本を伝えてくれました。

レミさんの陶器コーナー。藍の生葉で染めたカーテンが風にふくらみます。

レミさんの陶器コーナー。藍の生葉で染めたカーテンが風にふくらみます。

自分たちが使って良いと思うものをシェアする感覚で。

自分たちが使って良いと思うものをシェアする感覚で。

益子だけではなく県内のクラフト作家のものも取り扱い中。

益子だけではなく県内のクラフト作家のものも取り扱い中。

押入れを改修したスペースには、恵子さんや真美子さんがつくる服が並びます。

押入れを改修したスペースには、恵子さんや真美子さんがつくる服が並びます。

レミさんの話を聞いていた、隣の市から月に1回ほど「つづり」に来るという日下田すみれさんが、

「ここで買ったものを家で使いながら、子どもたちに、これを作ったのはね…と話すことができるのは、嬉しいですね」

と教えてくれました。「どういう人が作っているか」を説明できる商品との距離、それは作り手と使い手の距離感も縮め、使い手の暮らしに、ささやかな幸福感をもたらすように思えます。コストを抑えて大量生産することで経済を回すファストファッションと呼ばれる衣類が多く作られている時代だから、なおさらのことでしょうか。どういう人が作っているか…、たとえば、真美子さんは、お子さんの体型に合う既製品がなかなかなく、4歳くらいまではお子さんの服のほとんどを作っていた経験から、大人向けでも体型に合わせたオーダーを大切に受けているそう。恵子さんは、生まれ育った町には縫製工場があり、近所に遊びに行くと、お母さんたちはみんな服を縫っていて、服は家庭でつくるのが当たり前と思う環境だったと話してくれました。

陶器、布製品、イラストの紙もの、食品、洗剤やシャンプーなど、暮らしまわりのものが揃うことは、お客さんにとっても魅力ですが、メンバーにとってもいい刺激になっているようです。メンバーが作る商品以外のセレクトを担当している愛さんは、いずれは自分でネットショップを持ちたいと考えていたそう。

「自分だけの感覚でいけるかなと思っていたけれど、こうしてみんなでやってみると、いろんな刺激を受けることができて、また新しい抱負も膨らんできています」

と話します。イラストレーターとして、子育てと両立しながら、少しずつ仕事の幅を広げているウスバミコさんは、

「レミさんの陶器に絵付けをすること、恵子さんや真美子さんに使ってもらえるテキスタイルをデザインすること。そんなコラボも、これからやってみたいことなんです」

と語っています。

長屋のようなコミュニティ

商品が並ぶ部屋の奥、この建物でいちばん日当たりや風通しが良さそうな場所には、ソファがあり、その横には、子どもたちのためのスペースがあります。メンバーが交代で店番に入りますが、子ども連れで出勤をする時のためでもあり、小さいお子さん連れのお客さんのためのスペースでもあります。さらにその奥、L字型に増築されたスペースには、大きなテーブルといくつかの椅子。訪れたのが夏休み最後の週ということもあって、お母さんと一緒に出勤した子どもやお客さんの子どもたちが、なにやら作って楽しそう。ここは「教室」のスペース。手仕事の楽しさをわかちあうワークショップのための場所。これまでに金継ぎや藍染めの教室が開かれています。

食堂を担当する陽子さんは

「玄米菜食の食事だから年配のお客さんも来てくれるし、子ども連れにも優しいお店だから若いお母さんも来てくれる。若い人からお年寄りまで、それに食から暮らし全般のことへ、いい流れができてきていると思いますよ」

と話します。

自分の子どももメンバーの子どもも、お客さんの子どもも一緒に。

自分の子どももメンバーの子どもも、お客さんの子どもも
一緒に。

子育てが終わった友人が寄付してくれた絵本やメンバーが持ち寄った木のおもちゃ。

子育てが終わった友人が寄付してくれた絵本やメンバーが持ち
寄った木のおもちゃ。

「教室」のスペースの外には広い縁側

「教室」のスペースの外には広い縁側があって、ここでの大人や子どもの風景を見ていると、ここは一軒家なのだけれど、まるで「長屋」のような場所にも思えてきます。それぞれが独立した場所をもち、個々人としての暮らしをきちんと大切にしながら、必要としあうときに一歩外へ踏み出したら、両隣に仲間がいる…、そして共有の中庭がある。そんな場所であることが、共同で新しいコトを起こすときの秘訣のひとつかもしれません。後編では、さらに「長屋」の秘訣を訪ねます。

文:簑田理香