ローカルニッポン

地方百貨店が地域の魅力を再発見

書き手:杉田映理子
1994年東京生まれ。編集者・ライター。大学時代を過ごした長野で地方の魅力に気がつき、2017年春に就職を機に岐阜市に移住。岐阜のローカルメディア「さかだちブックス」で、365日岐阜の魅力的な人・もの・ことを中心に情報発信している。

近鉄四日市駅に隣接する近鉄百貨店四日市店。かつて地元では「四日市に行く」といえば近鉄百貨店へ行くことをさしていたほど、地域の方々にとって身近な存在だったといいます。全国的に地方百貨店の閉店が相次ぐなか、「地域共創型百貨店」を掲げ、地域とともに歩んできた同店で今、新たな取り組みが始まっています。

四日市の魅力を再発見し発信する「いいよん!よっかいち」

いいよん!よっかいちロゴ こどもから大人までたくさんの人でにぎわう「いいよん!よっかいちフェスティバル」

こどもから大人までたくさんの人でにぎわう「いいよん!よっかいちフェスティバル」

2019年3月24日(日)、近鉄百貨店四日市店の「ふれあいモール」からにぎやかな声が聞こえてきました。この日は近鉄百貨店四日市店が主催する「いいよん!よっかいちフェスティバル」の開催日。四日市市をはじめ三重県内の農家やクラフト作家、飲食店など37ブースが集まりました。地域の縁日のような活気があふれる会場では、あちらこちらで出店者とお客さんの会話が飛び交います。

このイベントは近鉄百貨店四日市店リモデルプロジェクトのアイディアから生まれた「いいよん!よっかいち」活動の一環で、昨年9月に引き続き今回が2回目の開催。「いいよん!よっかいち」とは「地元のいいものを再発見し発信する」がコンセプトの地域共創活動の名称です。

「いいよん!よっかいち」の最年少キーマン森下彩絵さん。

「いいよん!よっかいち」の最年少キーマン森下彩絵さん。

「四日市にはすごくこだわりを持ってつくられていたり、おいしいのに、まだ地元の方にもあまり知られていないものがたくさんあるんです。私もこのプロジェクトで初めて知ることがたくさんありましたよ。」

出店者さんに親しげに声をかけながら、イベントを案内してくださったのは、プロジェクトの中心人物である近鉄百貨店四日市店 営業推進部 販売推進課の森下彩絵さんです。これからの店を担う若手から中堅の従業員によるプロジェクトメンバーの中でも、森下さんは最年少で県外のご出身。百貨店と地域をつなげ、「いいよん!よっかいち」を引っ張る、頼もしい存在です。

プロジェクトが始動したのは一昨年の秋頃。これからどんな店にしていきたいかを話し合うことからスタートしました。地方百貨店を取り巻く状況が年々厳しくなるなか、意見交換をしてたどり着いたのは“ナショナルブランドや名古屋にあるものだけを置いていても地方の百貨店は生き残ることができない”ということ。“大都市にはない、ここだけの魅力が四日市にはたくさんある。もっと地元ならではのものを大切にしていこう”ということで「いいよん!よっかいち」の取り組みが始まりました。地元のまち歩きや他の地方都市での先行事例の視察を重ね、少しずつ自分たちのまちのいいところを見つけていったそうです。従業員は9割以上が三重県内の出身者。しかし、地元の特産品や伝統文化、歴史など、歩いてみて初めて知ったということが多かったといいます。プロジェクトチーム内の足並みが揃ったところで、次のステップとして、従業員全体にリモデルプロジェクトのコンセプトやチームの想いを発表する場を設けました。従業員全体に想いを伝える中で、みんなが同じ方向を向いて進んでいくには「ここで働いていてよかった」そう感じてもらうことが何よりも大切だと考えた森下さんをはじめとするプロジェクトチームは、社内向けの取り組みも始めます。

働く環境は自分たちの手でつくる。店のことを自分ごとに。

従業員自らペンキを塗り直した店員通路に取り組みの様子を掲示。

従業員自らペンキを塗り直した店員通路に取り組みの様子を掲示。

数ある社内向けの取り組みの中でも代表的なのが「クリーンアップ大作戦」。古くなり塗装がはがれてしまった店員通路の壁を、従業員自らペンキで塗り直すという取り組みを2018年の秋に7回にわたり行いました。参加者はテナントの販売員から、調理スタッフまで様々。“D.I.Y. 〜自分たちが働く場所を、自分たちの手で、できることから変えていく〜”をスローガンに、参加者を募り、薄暗かった通路が明るく開放的な雰囲気に生まれ変わりました。これまでは傷や汚れを気にしていなかった従業員や業者さんも、クリーンアップ大作戦後はこまめに掃除をしたり、荷物の置き方に気を遣うといった変化がありました。その他にも、私たちが大切にする「10の合言葉」や従業員同士の「あいさつ運動」など、地道な取り組みにより、徐々に従業員全体にも「自分たちの手で店をもっとよくしていこう」という意識が浸透していきました。これまで、社員や取引先販売員などの従業員が百貨店について意見を述べる機会というのは少なかったそうですが、意見交換会など発言の機会を設けることで、店のことを自分ごととして捉え、時には自発的にアイディアを発表する従業員の姿も見られるようになったといいます。

「百貨店は若者からすると、あまり馴染みがなくて入りにくいイメージだと思います。百貨店としてものを売ることはもちろん大切ですが、お客様に身近に感じていただけるようにまずは社内の雰囲気を作っていきたいと思っています。」と森下さん。

森下さんやプロジェクトメンバーと同世代のお客さんにも足を運んでもらうためには、まずは自分たちが心地よい環境をつくろうという考えは、着実に従業員全体の意識に浸透し始めています。

プロジェクトから実店舗へ

三重県内の特産品を集めた常設のショップ「伊勢路テラス」は地元の方にも好評。

三重県内の特産品を集めた常設のショップ「伊勢路テラス」は地元の方にも好評。

また、これまではイベントを中心に取り組んできましたが、2019年3月には食品売り場に「伊勢路テラス」という実店舗を新しくオープンしました。三重県内の“おいしい”を集めたこの場所は「いいよん!よっかいち」の象徴的な場として、地元の方に地元のいいものを発信するいわばアンテナショップのような役割を果たしています。お客さんからは「三重にこんなものがあったんだ!」「県内でも遠くでしか買えなかったものが近くで買えるようになって嬉しい。」といった声が届いています。まさにプロジェクトのコンセプトである「地元の良いものを再発見」がこの場所で実際に行われているのです。三重は野菜や魚介など生鮮品がおいしい地域なので、今後はお菓子や加工品だけでなく、新鮮なものを新鮮なうちに手に入れられるような場所にしていきたいと森下さんは考えています。

変わり始める地方百貨店の役割

「いいよん!よっかいちフェスティバル」の出店者さんは明るく元気な方ばかり。

「いいよん!よっかいちフェスティバル」の出店者さんは明るく元気な方ばかり。

第1回のいいよん!よっかいちフェスティバルを皮切りに、「いいよん!よっかいち」として本格的に動き出してから半年。現在の手応えを伺うと、「なかなかまだ道半ばというところが正直なところですかね。」と笑顔を見せながらも冷静に評価する森下さん。今後はイベントだけでなく地域の学校との取り組みなどにも力を入れていこうと思っていますと展望を語ってくださいました。

近鉄百貨店四日市店リモデルプロジェクトを通して、「百貨店=ものを売る/買う場所」という役割が地方では変わり始めていることが見えてきました。

地方百貨店に今求められていることは、ものを販売するだけではなく
・ものの背景にあるストーリーを伝えること
・ものを介した作り手とお客さんとのコミュニケーションの場を提供すること
・店内にとどまらずまちへ出て地域とつながること
そういった役割のように感じられます。

地方百貨店の新たな取り組みとして着実に浸透し始めている「いいよん!よっかいち」がこれから地域とどう共創していくのか、今後の展開にも目が離せません。

文・杉田映理子/さかだちブックス(http://sakadachibooks.com/)

リンク:
近鉄百貨店四日市店