団地に必要なコミュニティとは?ーゆりの木団地と良品計画の新たな試み
神奈川県出身。編集者・ライター。Webメディア『greenz.jp』、月刊誌『ソトコト』などの編集部を経て独立。おもに、ものづくりや働き方をテーマに雑誌、Webメディア、書籍をはじめとする媒体で編集と執筆を行う。日々取材をしながら自分自身も新しい働き方、生き方を模索中。
「団地におけるこれからのコミュニティとは何か」。その答えを探すための団地住民と良品計画による新たな試みがはじまっています。拠点となるのは地下鉄赤塚駅(有楽町線・副都心線)からほど近いゆりの木エリアに2018年6月にできた『MUJI BASE光が丘』と同年12月にオープンした『MUJIcom 光が丘ゆりの木商店街』。今回は、取り組みに深く関わる光が丘ゆりの木北自治会長の田中奨さんと良品計画ソーシャルグッド事業部の佐藤一成さんにお話をうかがいました。
団地の中にできた、ちょっと変わった無印良品
小、中、高校が15校、公団、公社、都営住宅12,000戸の大団地「光が丘パークタウン」。「赤塚エリア」と呼ばれる場所に位置する「光が丘パークタウンゆりの木通り北」の一角に2018年12月、無印良品の店舗「MUJIcom 光が丘ゆりの木商店街」が新しくオープンしました。店内にはキッチンがあったり、小上がりやダイニングスペースがあったり。一般的な無印良品の店舗とは異なる様相です。
「ここは、ゆりの木通り北で暮らす住民のみなさんの意見を取り入れながら一緒につくっていったんです」と話すのは、ソーシャルグッド事業部の佐藤一成さん。
佐藤さん:
「団地住民のみなさんからの集会所がない、気軽にお茶を飲める場所がないという声をもとに、小上がりの畳スペースをつくりました。また、大きなテーブルと椅子も置いています。お店で何か買う、買わないは別にして自由に使ってもらえる場所にしています」
さらに、無印良品の店舗でも初となるキッチンも完備。もちろん、この設備も誰でも自由に使うことができます。
佐藤:
「キッチンを使ってお昼にパスタをつくって食べる人や小さいお子さんのいるママさん、おばあちゃんグループもお弁当を食べたりコーヒーを飲みに来てくれたりしています。
団地ならではのあり方ってなんだろうという視点からこのお店は生まれました。毎日ではなくても、来てくれたお客様が落ち着けて、ここがあってよかったと思ってもらえる場所を目指しています」
MUJI BASEをつくる過程で見えてきたもの
良品計画にとってもチャレンジングな、いままでにない地域密着のお店が生まれた背景には店舗がオープンする半年前の2018年6月にできた『MUJI BASE光が丘』が大きく関わっています。
佐藤:
「僕が所属しているソーシャルグッド事業部は、地域課題をどのようにして解決できるかを探り、地域にあるものを活かした事業を考える部署です。その一環で、ゆりの木団地の9年間空きスペースになっていた元・福祉施設の空間をリノベーションして、MUJI BASEをつくることになったんです。
MUJI BASEは良品計画グループの社員が利用する社員寮として開設されました。ここの管理が僕の仕事になるのですが、できる前から共用部となる広いスペースを地域のみなさんにも使ってもらえるように開放したいと思っていました。
同時にMUJI BASEをつくる過程で周辺を観察してみると、近くにあるゆりの木商店街が衰退してきている現状もわかってきました。そこでMUJI BASEと店舗を組み合わせることで、この地域にある課題に取り組んでいこうという話になり、商店街の空き店舗にお店を出店することも決まりました」
そして出たテーマが「団地におけるこれからのコミュニティとは何か」という問い。これを起点に取り組んでいこうとしますが、とはいっても団地の住民にとって「無印良品」の名前こそわかるにせよ外から来た新しい存在です。気持ちを一方的に押し付けるだけではコミュニティは生まれないし育ちません。では、どうしたのでしょうか。
どうやって地域とコミュニケーションをとる?
「コミュニティをつくるとか佐藤さんの熱い思いは聞いていたけど、ほんとうにそんなことができるのかなとMUJI BASEができたばかりの頃は俺もちょっとあやしんでいたよね(笑)」とゆりの木北自治会4代目会長を務める田中奨さんは、茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべながら当時を振り返ります。
この団地に住んで約35年、団地内の変化をそばでずっと見てきた田中さん。最初は様子をうかがっていたものの、佐藤さんたちの行動によって心が動いていったといいます。その大きな要素の一つが、自治会と商店街が一年のうちにもっとも力を入れている「夏祭り」の手伝いです。
田中:
「毎年、夏祭りでは業者を入れずに住んでいる人みんなでステージや店をつくっています。これまでは自治会と商店会と合同で開いていましたが、商店街がどんどん衰退してしまい、人もお金も少なくなっていきました。そこに良品計画の若い人たちがきた。昨年の夏はまだ店舗がオープンする前でしたが、夏祭りに参加してほしいとお願いしたら佐藤さんや店長さんたちが快く来て手伝ってくれて、盛り上げるために知恵も絞ってくれました。そこからつながりができてきたように思います」
すでにあるコミュニティに新しく関わっていくときに一番必要なのは、地域に前向きに関わっていこうとするその姿なのです。こうして少しずつ自治会との関係、地域の人たちとの関係が築かれていきました。
地域住民とつくった店舗
MUJI BASEができて最初に行った団地住民を招いたお披露目会には、100人もの人が訪れました。実はこの会、はじめましての挨拶やスペースの紹介のほかにも重要な役割がありました。
佐藤:
「集まった住民のみなさんに『この団地の商店街にどんなものがあったらいいか』『どんなふうに過ごしたいか』といったことや団地が抱える悩みをヒアリングしたんです。そこで集まった声をもとにMUJI BASEでイベントを行い人が集まる機会をつくっていきました。イベントは店舗オープンまでの半年の間に月1,2回開催し、新たに出てきた意見も含めて店舗づくりにいかしていきました」
さらに通常は業者に委託して行う壁塗りも、今回はつながりを深めるためのイベントとして地域住民と一緒に行ったのだそう。このような体験は、きっと参加者の胸に特別な思い出として刻まれたはずです。こうしてほんとうに地域住民がほしいと思う無印良品の店舗はつくられていきました。
次なる仕掛けはフードシェア
2018年12月に無事にオープンした『MUJIcom 光が丘ゆりの木商店街』。どのような店舗になったのかは前述のとおり。もちろん店舗ができて終わりではありません。これからお店とMUJI BASEを使ってどんな地域に開かれた場所をつくり、コミュニティをつくっていくのか、ここからが本番です。
まず佐藤さんが仕掛けたのは、MUJI BASEを使ってのフードシェアイベントでした。 団地内では隣の人ともかかわりがなく、いざという時に助け合える関係がなくなってきています。そこでフードシェアをきっかけに「おたがいさま、おかげさま」の関係を今の時代に合った形で取り戻したい。そんな思いがきっかけでした。
田中さん:
「僕ら自治会がイベントを開催しても参加者はみんな年寄りが多かったんです。でも無印良品には若い人が集まっていますよね」
佐藤:
「だからお互いに共存できたらいいよねという話になって、2019年4月に第1回フードシェアのイベントをMUJI BASEで行いました。田中さんもそのとき参加してくれて。そこからだいたい2ヶ月に1回のペースで開催しています」
第1回はサルベージ・パーティです。家で持て余している食材を持ち寄り無印良品の賞味期限が近づいた食品などをシェフがその場でレシピに起こし、参加者で調理、できた料理をみんなで食べるイベントを開催。期待していたとおり20〜30代の若手の自治会のメンバーが参加しました。次に開催された第2回では、なんと田中さんが自治会メンバーと一緒に餃子づくりの先生になって参加!さらに第1回が好評だったことで口コミが広がり、第2回は店舗にチラシを置いてすぐに定員いっぱいになってしまったそう。
佐藤:
「第2回からは、次の企画を一緒に考える時間をつくってやりたい企画を参加者に考えてもらいました。20個ほど候補が挙がったなかで、次回の開催は“流しそうめん”に決まって。しかも竹から作ろうとなり竹を刈りに行ったりして、みんなでつくりました。これもすごく人気ですぐに定員の20名を越えてしまったので、最終的に40人になりました(笑)」
田中:
「この流しそうめんは、参加者全員で流したいものを持ち寄ったんです。家に余っていたそうめんだけでなく、ほかにプチトマト、グミ、ソーセージ、タピオカ、ゼリーいろんなものが集まって、なんでも流して食べたね」
楽しそうにそのときの様子を話す二人。佐藤さんは、イベントに人が集まるようになった理由をこう話します。
佐藤:
「自分たちが企画したものができる、という部分が参加のモチベーションになっているように思います。僕は次にやる企画が決まったら、『みなさんにも手伝ってもらうこともありますよ、一緒にこの企画をつくっていきましょう』と伝えているのですが、参加者側と企画者側でわけないことも大切だと思います」
日常的にふらっといつでも行ける安心感のある店舗とイベントを開催する少し特別感のあるMUJI BASE。ふたつの場所は団地住民と一緒にこれからも進化し続けます。
目指すコミュニティの形は同じ
四代目の自治会長として団地住民を見守る田中さんに改めてどんなコミュニティを目指しているのか聞きました。
田中:「住民一人ひとりにとって安全で気持ちよく過ごせるような人間関係をつくっていきたいです。自治会でイベントを企画するのは、団地内の知り合いを増やしてもらいたいから。顔見知りだったらお互いになにかあったときも助け合いがしやすいでしょ。防災や防犯の面から考えてもとても大切なんです。
でも、堅苦しく『防災訓練をします』と告知をしても人は集まらない。夏祭りなど楽しいことをやって、顔見知りになったところで防災のときも来てくれる、そんな流れができるといいですね。
多くの人が住んでいる団地では、住民同士の意見がぶつかったり、自治会員になるならないは個人の意志で決めるのものなのでなかなか増やすのが難しかったりと課題もあります。ですが、自治会でも楽しいことをきっかけにコミュニティをつくっていきたいと思っています」
佐藤:
「その考えはわれわれも同じです。フードシェアのイベントによっておすそわけのコミュニティができたらいいなと思っています。イベントで顔見知りになって、イベントがなくても、食材が余分にあるときに、あの人におすそわけしようという関係。そういった人間関係の再構築をこの場所ではやっていきたいんです。そして、われわれもお客様とお店またはイベントの参加者とイベントを開催する側ではなく、『おはよう』や『こんにちは』が自然と言えるような人対人の関係性をここでつくっていきたいと思っています」
田中:
「それはまさに自治会が目指しているものと一緒です。知り合いになって、安全や気持ちがいいと思えることにつなげていこうということですね」
「団地におけるこれからのコミュニティとは何か」。その答えを探す試みはまだ始まったばかり。ですが、二人の言葉にはたくさんのヒントが詰まっているように感じます。これからこの場所がどんなふうに変わっていくのか楽しみです。