ローカルニッポン

シェアアトリエがつなぐ 、 “私たち”の 暮らし

書き手:小林義崇
ライター。東京国税局に13年間勤務し独立。主にマネージャンルの記事や書籍を執筆し、「元国税専門官がこっそり教えるあなたの隣の億万長者」(ダイヤモンド社)、「すみません、金利ってなんですか?」(サンマーク出版)などの著書がある。
福岡県北九州市出身。埼玉県八潮市在住。シェアアトリエつなぐばの住人。

欲しい暮らしは自分でつくる――。そのような想いから、埼玉県草加市に生まれた場所があります。それが、シェアアトリエつなぐば。室内にはカフェやワークスペースがあり、様々なワークショップが日々行われています。物件オーナーの中村美雪さん、つなぐば家守舎の小嶋直さん、松村美乃里さんにお話をうかがいました。

普通の母親が輝ける場所を作りたい

草加市八幡町の住宅街の中にあるシェアアトリエつなぐば(以下「つなぐば」)。築30年の2階建てアパートをリノベーションし、2018年6月にオープンしました。オープンから2年目を迎えるこの場所は、八幡町の風景にすっかり馴染んでいます。

しかし、つなぐばが生まれるまでの道のりは、決してストレートな一本道ではありませんでした。様々な人々の想いと偶然が複雑に重なり、想いがカタチになるまでの経緯を、今回は3人の当事者にお話を聞きました。

シェアアトリエつなぐばの前にて。左から順に、小嶋さん、中村さん、松村さん

シェアアトリエつなぐばの前にて。左から順に、小嶋さん、中村さん、松村さん

最初に登場するのは、つなぐばの物件オーナーである中村さん。八幡町で生まれ育ち、長年にわたり町の変化を眺めてきた中村さんは、「正直、以前は地元に愛着はありませんでした」と語ります。

中村さん:
「草加はせんべいや松尾芭蕉のおくのほそ道で知られていますが、少し地味ですよね。子連れで行ける場所も少なく、子育てをしていた頃は特に不便を感じていました。私の息子はもう独り立ちしていますが、今もまだ子育て環境は十分ではないと思っています」

建物は、もともとは中村さんのお父様が所有していたもの。この物件を中村さんは相続しました。物件の処分に困り草加市役所に相談に出向いたという中村さんは、この行動が将来のつなぐばを生むきっかけになるとは、想像さえしていなかったでしょう。

その頃、既に別の場所でつなぐばのプロジェクトは進んでいました。草加市では、地域の暮らしを良くする担い手を増やす取り組みを実施しており、プロジェクトの芽は出ていたのです。

つなぐばのアイデアは、草加市女性創業スタートアップ事業「わたしたちの月3万円ビジネス」(以下「3ビズ」)の中から生まれました。フルタイム労働を前提としない、子育て等と並行可能な創業を支援する3ビズは、女性のチャレンジを応援しています。子育てをしながら3ビズに参加した松村さんは、アイデアが生まれたきっかけを振り返ります。

松村:
「子連れで働ける場所を作って活動してもらうことで、普通のお母さんでも、『自分にも何かできるかもしれない』と感じてもらえるかもしれません。そういう気持ちを広げて、楽しい輪にしていきたいと思っていました」

月に1回の入居者ミーティングの様子。運営ルールやイベント予定などを話し合う

月に1回の入居者ミーティングの様子。運営ルールやイベント予定などを話し合う

アイデアを形にすべく、松村さんは2016年に草加市が主催する「リノベーションスクール@そうか」(以下「リノスク」)」に参加します。リノスクは、草加市内に実在する空き家などの遊休不動産を題材として、物件を活用した事業プランを練り上げるという取り組みです。

リノスクでは、受講生がチームを組み3日間で事業プランを考えます。このときに松村さんが出会ったのが、一級建築士の小嶋さん。ふたりは、他の創業メンバーとともにつなぐば家守舎を立ち上げ、ここからつなぐばのアイデアは、事業として形になっていきます。

ところが……。小嶋さんらがつなぐばへリノベーションしようとしていた物件は、契約予定の前日に火事に遭います。その後、半年以上にわたり新たな物件を探しましたが、納得できる場所を見つけることはできませんでした。

「草加で育ってよかった」と思えるように

中村さんが空き物件の処分を草加市役所に相談してから、しばらく経ったある日。草加市役所の産業振興課から一本の電話がかかります。草加市役所産業振興課が、物件の処分を考える中村さんと、物件を探すつなぐば家守舎をつなげたのです。

中村:
「美乃里さんから、お子さんが『草加で育ってよかった』と思えるようなまちづくりをしたいという話を聞いて、感動しました。私にはそういう気持ちはまったくなかったので。町が廃れていくのを、どこかで受け入れていましたから。でも、他所から来た人たちがそんな風に草加のことを考えてくれていると知り、ありがたかったですね」

その後、中村さんは3ビズやリノスクの取り組みについて調べます。つなぐば家守舎のプロジェクトの説明も吟味し、物件の提供を許可しました。その時の心境について中村さんは「正直、葛藤はありました」と明かします。

中村:
「私だけならすぐにゴーを出せますが、この物件は家族の財産でもありますからね。でも、この場所が、来た人が安心できるような場所になれば、地域の役に立てると思ったんです。地元に楽しい場所ができたら自分も楽しいですし、つなぐば家守舎の皆さんの人柄も良かったので、ここを使ってもらうことにしました」

こうして2017年秋、物件が決まり、オープンに向けた準備が始まります。このときに掲げられていた言葉が、「Do It Ourselves(「DIO」)です。欲しい暮らしを自分たちで作るべく、他とは一風変わった形でオープンまでの準備が進められました。

たとえば、リノベーションのための壁の解体や壁面のモルタル塗装、断熱材の設置などは、すべてワークショップ形式で行われています。つなぐばの入居予定者や家族、市役所の職員などが参加し、手作りで工事が進められました。

小嶋:
「工事の半分以上はDIOで進めたのですが、正直、オープン日に間に合うのか心配していました。当初予定していた物件よりも広くなっていますし、DIO参加者のほとんどが工事に慣れていないので、スケジュールや予算に関してはヒヤヒヤしていましたね」

つなぐばの建物には、「古いものを活かしたい」という小嶋さんや松村さんの想いも反映されています。元々の物件で活かせるところは残し、資材などの多くも再利用。つなぐばの近所で解体工事が行われたときには、その資材やテーブルなどの調度品を引き受けました。

ワークショップなどが行われる和室。古い建物のデザインを活かしている

ワークショップなどが行われる和室。古い建物のデザインを活かしている

世代をつなぎ、みんなで良い暮らしを

2018年6月、紆余曲折を経て、つなぐばはオープンしました。小嶋さんは「これで本当に大丈夫なのか」と心配していたとのこと。松村さんも、同じく不安を抱えながらのスタートだったと話します。

松村:
「つなぐばをオープンして、たくさんの人たちの期待を感じていました。でも、そういう気持ちにすぐに応えられないこともあって……。『本当に使いやすいつなぐばは、どういう場所なのか』を考えながら少しずつ仕組みを作ってきたのですが、最初は迷うことが多く苦しい気持ちもありました」

そんな小嶋さんや松村さんの挑戦を、中村さんは心配しながらもそっと見守っていたといいます。中村さんは、チラシを知人に配るなど、つなぐばが地域に根付くためのサポートを積極的に行っていました。

中村:
「自分ができることがあれば進んで応援したいと思っていたんです。宣伝隊長みたいな感じですね(笑)。でも、正直葛藤もありましたよ。『おせっかいなのかな』と思いながらも、動いていました」

松村:
「八幡町にとって私たちは新参者なので、昔から住んでいる人からすると『何だ、あの人たち』という気持ちだったと思うんです。だから本当は私たちが動かないといけなかったのに、それができていなかった。美雪さんが動いてくれたことは、本当にありがたかったです」

つなぐばの1周年パーティーの様子。3ビズやリノスク関係者など多くの人が集まった

つなぐばの1周年パーティーの様子。3ビズやリノスク関係者など多くの人が集まった

中村さんは現在、3ビズの10期生として、自ら草加で小商いを始めようとしています。これまでつなぐばをはじめ、3ビズやリノスクの活動を外から見守っていた中村さんが、自ら足を踏み入れようと思ったのはなぜだったのでしょうか。

中村:
「皆さんの活動を見るうちに、『草加のママさんたち、すごいぞ!』とワクワクした気持ちになってきたんです。私は57歳なのですが、60歳まであと3年といういい区切りなので、『今年だ!』と思って3ビズに参加することにしました」

こうして2018年7月から3ビズの10期生になった中村さんは、11月の卒業を間近に控える今、「本当に得るものがたくさんあった」と話します。

中村:
「自分だけでは一歩引いてしまうものが、仲間が背中を押してくれるので、想いが形になっていきます。年の差も環境の違いも関係なく、3ビズの人たちは仲間として私に接してくれているので、とてもありがたいです」

中村さんが3ビズを通じて生み出したアイデアは、シニアの人でも気軽に集まって第2の自宅のようにくつろげる場所を作るというもの。その名前は、「コミュニティリビングみのりば」。つなぐばの隣にあるアパートの一室を使って活動をスタートさせようとしています。

賑わうランチタイム。日替りで「ごはん係」と「おかし係」が料理やデザートを提供

賑わうランチタイム。日替りで「ごはん係」と「おかし係」が料理やデザートを提供

中村:
「3ビズの人たちとシニアやシルバー層をつなげることが大きな夢なんです。私は若い人たちともつながって毎日ワクワクして楽しく過ごしていますが、高齢の方にはまだ情報が浸透していません。だから私が、交流を生めるような場を作ろうと思いました」

2年目を迎えたつなぐばは、新たな入居者も増え、2階のリノベーション工事も進み、美容室や託児用のスペースも加わりました。日々賑わいを増すつなぐばのこれからについて、最後に小嶋さんに聞きました。

小嶋:
「今はもうひとり勝ちの時代ではなく、みんなで一緒に暮らしを良くしていく時代です。つなぐばの面白さは、色々な人が関わって思いがけないことが起きることにあり、それが豊かな暮らしにつながっていく。これからも、ここで色々な人たちの関わりを生み、さらに自分がより主体的になって何ができるのかを考えていきたいですね」

文:小林義崇
撮影:池田英樹
ビデオ&フォトグラファー。iMac27インチをノートパソコンのように持ち運んで仕事をする。埼玉県川口市出身。越谷在住。シェアアトリエつなぐばの住人。

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