「里山との暮らし」を未来に残したい!-木材価格の同額補助で、自伐林家を支援
「正直、僕は山なんて全く興味がなくて、どうでもいいと思っていた。
今は子どもや孫の為に伝えていきたいし、それが義務だと思っている。」
こう語るのは、津和野町農林課で林業係を担当する村上久富さん。
津和野町では、1t当たりの木材価格(約3000円)に対して3000円相当の地域商品券を補助する仕組み「山の宝でもう一杯!プロジェクト」を展開しています。
荒廃が進む里山。問題視はされるものの、なかなか有効な解決策はありません。
その中でも町民と一緒になって現状打破を目指す、津和野町農林課の取り組みをご紹介します。
放棄された里山と、その問題点。
野生動物の住みかであり、清流の水源地であり、山菜やきのこなど食材の宝庫であり、建材や薪の供給源である場所。古来より、里山は人々の生活に欠かせないものでした。
時代が流れるにつれ、山の価値は木材の価値に移り変わっていきます。そして外国産材の流入により、価値は激減。「一山3000万」と言われたのは昔の話で、今は手をかけてもお金がかかるだけ。次第に誰も里山の管理をしなくなりました。
しかし、手が入らなければ山はどんどん荒れていきます。津和野町を含む高津川流域の人工林の年間素材生産量は約4万㎥ですが、年間の成長量は約38万㎥と言われます。つまり、9倍以上の量を出荷しなければ、山はどんどん「ジャングル化」していきます。山が荒れれば有害鳥獣が麓まで下りてきたり、土砂崩れの発生も懸念されます。
地方では今、「里山との暮らし方の見直し」が求められているのです。
山に入りたくなる、インセンティブを作る。
村上さんが林業担当になったのは、平成21年4月。それまで地籍調査を担当していた村上さんは、何度も山に入って調査をしてきたものの、山自体には何の関心もなかったと言います。
「林業係の仕事というのは、カッコよく言えば『津和野の里山の未来をデザインする』というもの。だけど、僕は全く山を知らなかったんだよね。」
村上さんがまず行ったのは、自分で木を切ってみること。見よう見まねの切り方で軽トラック3杯分の木を切り出し、3往復して合計1tの木材をチップ工場に運ぶ。数日かかって、なんとかかんとか終えた作業。手にしたお金は、2,000円でした。
「話には聞いていたけど、さすがにこれは安いと思ったね。これだけ働いてこの金額じゃ、山に入る訳がない。現実的に山に入る人を増やすには、他にインセンティブを作る必要があると思った。」
村上さんが色々と調べていく中で、高知県で活動する「NPO法人土佐の森救援隊」に出会います。このNPOでは「1tの出荷当たり3000円の地域通貨券を発行する」という仕組みを作っていました。このNPOによる研修会が岐阜県で開催されると知るとすぐに自費で岐阜県に飛び、仕組みを学んで津和野に持ち帰りました。また、山での作業が安全に行えるよう、研修制度も構築。出来上がったのが「山の宝でもう一杯!プロジェクト」でした。平成23年度から社会実験を始めて、参加者も徐々に増加。平成25年度には年間約120人が山で自伐作業をするようになり、3年間の累積で1,627tの木材が出荷されました。
(商品券を持つ村上久富さん)
足りないものは、「森林作業道」と「労働力」
軌道に乗り始めるかと思ったのも束の間。新たな課題が現れます。それは「林業作業道」と「労働力」でした。
木を切り倒した後、「何十キロもある木材をどうやってチップ場まで運ぶか」は大きな課題になります。近くまで車で行ければ、少ない労働力でも木を運ぶことができる。逆に作業道が十分に整備されていなければ、木材を出すのが困難になります。成功しているある林業家は、自分の山に1ha当たり300mもの作業道を作っているそうですが、津和野町の作業道は、1ha当たりたったの6.6mしかありません。
また、体力勝負となる林業には、一層若者の力が必要です。高齢の林業従事者では、どれだけインセンティブをつけても実際に山に入ることが難しくなります。
そこで「地域おこし協力隊」で林業従事者を募集したところ、3名の若者が町に移住してきました。また、町の高校生や若者に向けた研修も積極的に行い、山に入る人材を増やそうとしています。林業作業道の整備は、自ら作業道を作る自伐林家に対し補助金を設けた他、これまで林業組合のみが行っていた作業道整備事業を民間企業2社にも委託。自伐作業がしやすい環境を積極的に作っています。
(村上さんと林業担当の地域おこし協力隊員たち)
木材の出口をどう確保するか
最終的な課題は「木材をいかに利用するか」になります。島根県は木材加工業者が多い県なので、木材出荷量をこれまで以上に増やしていくことの他、薪ストーブの普及を進めていくこと、さらに現在、津和野町で「木質バイオマスガス化発電」の導入を検討しており、発電燃料としての木材消費も見込んでいます。また、最近では企業が林業ビジネスに参入する事例も出てきていることから、そうした企業との連携事業も検討したいと考えています。
「里山との暮らし」を未来に残すには、解決困難な課題が多くあります。しかし、改善に向けた地道な活動を続けていかなくてはなりません。林業は100年、200年の単位で管理を考えなくてはいけないが、今の里山は一度放棄されてしまった。ここからもう一度仕組み自体を作り直したいと、村上さんは言います。
「何よりも、山は落ち着く。美しさを感じる。昔は別の仕事で山に入ってたけど、木なんて全く見てなかった。木を意識するようになったら、ここに居心地の良さを感じるようになった。健全な山というのは、『もう一度来たいと思わせる山』なんだと思う。そうした環境作りを目指していきたいし、そのための仕組みを作っていきたい。ここを次の世代に伝えていきたいという気持ちが、僕の仕事の原点だね。」
文:株式会社FoundingBase共同代表 林 賢司