ローカルニッポン

今ここで、できること。 埼玉県北葛飾郡杉戸町

書き手:藤岡 麻紀(株式会社良品計画 「ローカルニッポン」編集担当)

コロナウィルスという見えないものに対峙し、当たり前が当たり前でなくなった今、改めて働き方や暮らし方を考える方も多いのではないでしょうか。
何が必要で不必要なのか、本当に好きなもの面白いと思うモノコトは何なのか。こんな時におたがいさま、おかげさま、お疲れ様と伝えあえる相手は誰なのか、を立ち止まって考えること。

一方で、様々な地域の個人商店や顔なじみの飲み屋さん、自然と人が集まるシェアスペース等、今まで当たり前に訪れていた場所が危機に直面して困窮していることに心が痛みます。

集まろう、集まろうとしていたことができなくなった今、活動がシェアされることで、じんわりと広がるエネルギーになればという想いをこめて“ローカル”で行われている「今ここで、できること」を少しずつご紹介していきます。  

“等身大” からスタートすること

収穫前の麦

今回は、埼玉県の杉戸町を拠点に、“等身大のアイディアや知恵や経験を活かして、生業をつくり、そのことを通して多彩な仲間とつながり、学びを深めていく” 取り組みを各地に広めているchoinaca合同会社代表の矢口真紀さんにお話しを伺いました。

矢口さんはこれまでの5年間、それぞれが好きなことを原資に地域で小さな仕事をつくって地域にアクションしていく「わたしたちの月3万円ビジネス」=3ビズという仕事づくりの講座を主宰してきました。ここからたくさんの “小商い” が生まれ、等身大の仕事をつくる仲間同士が応援しあう ”コミュニティ” が育まれていったそうです。そしてその運営をしながら、今目指しているのは、昔商店街に存在していた “人が主役の商い、顔の見える経済圏” だと言います。

矢口さん:
「埼玉の郊外ベッドタウン、道路再開発のためにシャッター街化した駅前商店街にいて、コロナ前も今も、あまり変わらず街は静かです。事務所の隣で日用品を売っていた商店も、4月末で閉店してしまいました。買い物に行く場所や人と人とが出会って新たな活動を生み出せる場所もどんどん消えている、それが私たちの日常なのです」

杉戸町は、かつて日光街道の宿場町として栄えた歴史あるまち。古利根川と古い家々や商店の風景、祭りごとを大切にする地域性からどこか懐かしさを感じる場所でもあります。他のまちと同じように、今ではロードサイドの大型商業施設に車で行くことが日常になり、ちょっとした会話が生まれた顔なじみの商店やそこでのコミュニティが、暮らしの当たり前から消えつつあるようです。

矢口さん:
「私たちはこのような経済循環が失われかけた町で、地域の女性たちとともに “小さく愉しい自立のかたち” を目指して活動しています。お金や組織に依存しているうちに、失ってしまった自分で立って生きる力。たとえば自分の仕事を自分でつくる力、お金に頼らず食べ物や道具をつくる力、そして人とつながって助け合う力。私たちはこれまでそれらの力を身につけてきませんでした。だからコロナや災害のような緊急事態に陥った時、人は不安から食べ物や物資の買い占め行動に走るのだと感じています」

当たり前に消費する側にいた私たちが、“生み出す側” に立てることを矢口さんたちは教えてくれているのかもしれません。世の中にあふれている様々な技術や知恵を享受するだけではなく、どう料理するか考えて、自分でできる創意工夫をしていく。それを愉しみながら仲間と分かち合うことで、自然とコミュニティが形成され、活動が大きくなっていく。そして、地域が元気になっていく。
はじめから大きくなくていい、“等身大” からスタートすることが大切なことなのでしょう。
今、矢口さんたちの活動にどんな変化があったのでしょうか。

矢口さん:
「コロナは私たちに自由時間を与えてくれました。なので、個人の仕事づくりと同時に、今こそ手足を使って自分たちが食べるぶんくらいの食べ物をつくれる力 “自給力” もつけていこうと始めた活動があります。食や農に関わる3ビズを実践している仲間が中心となり、田んぼの真ん中で放置されていた広い野原をお借りして、小さなスペースを開墾し、タネや苗を植えはじめました。これまで食べ物を買って消費するだけだった人たちが土に触れ、太陽や風を感じながらのらりくらりと野良仕事ができる場所という意味を込めて『のらのば』と名付けました」

この「のらのば」もいつもの活動と根っこにあるものは一緒です。自分の足で生きていくことを力強く実践しているこの取り組みには、暮らしの知恵やコミュニティの在り方が詰まっていました。例えば、中心メンバーのご家族からいただいた輸送用の木製パレットでボックスガーデンをつくったり、廃園になった保育園のニワトリ小屋を資材置き場にリユースしたり、近隣の草加市でオーガニックガーデンを営むChavi Peltoさんから余った苗を格安で譲っていただくなどしたそうです。

収穫前の麦

矢口さん:
「仲間や地域のつながりを頼って、土地も資材もできる限り地域のリソースを使わせていただいています。お金をかけずに時間をかければ、やりたいことはゆっくりと実現していくし、何より新たなつながりを増やすことができる。空き地に無尽蔵に生えている雑草を草マルチにして、いちごやブロッコリー、じゃがいも、生姜、落花生にピーマン、自分たちが食べたいものを少量ずつ育てています。前から興味のあったコンポストも設置しました。生ゴミを土にかえして堆肥化し、その土で野菜をつくり、その野菜で料理をし、食べたあとに出たゴミをまた土に返す。自然の循環を感じられるとても素敵な道具です。何より出すゴミが1/2に減り、とても清々しいですよ」

実はこのコンポスト、廃材を組み合わせてDIYし、メンバーがアクリル絵の具で絵を描いて、菜園のインテリアとしても楽しめるものにしたそうです。試しにSNSで製作の様子を動画レポートとして配信してみたら、地域の女性たちから「わたしもつくりたい」とメッセージが来て、新たな3ビズが生まれそうな予感、と矢口さん。

循環する地域をつくる

矢口さんたちがはじめたもう一つの取り組みがあります。
食や農や手仕事、それぞれの表現の場として、いつもはイベントやシェアスペースでの出店を行うメンバーたち。今、それらが全てストップしてしまっている状況がありました。

矢口さん:
「私自身もイベントや講座は軒並み延期になり、つながる場がなくなり、小さなお金の循環もストップしました。この状況で何ができるだろう、と考えた結果、コミュニティ通貨『わたしごと通貨』の仕組みをつくりました。『わたしごと通貨』は、自分たちの欲しい経済=お金のしくみをデザインする実験です。法定通貨の流れが止まっている今、コミュニティの中だけで流通するもう一つの通貨を持ち、自分たちのニーズに合わせて使い方のルールもつくってみようと思ったのです」

4月に神奈川県藤野町の「地域通貨よろづ屋」の事務局の方をお招きしてオンラインで勉強会を開いて準備をしてきた矢口さんたち。

矢口さん:
「仕組みはとてもシンプルです。それぞれが共通の通帳を持ち、単位は『WK(ワクワク)』と名付けました。SNSのグループページで自分が “できること” や “してほしいこと” を自由に投稿します。投稿に対して関われる人がいれば表明し、取り引きします。何かをやったときはプラスを、やってもらった時にはマイナスを書きこみ、お互いにサインし合う。ただそれだけなのですが、これがとても面白くて、大きな可能性を感じています」

収穫前の麦

先述のグループページは、目的や前提を共有し理解を深めていくために、まずは3ビズ卒業生のみの非公開の形でスタートしました。矢口さんは、ここでの実験を通してゆくゆくはこの取り組みを地域に広げていきたいという想いを持っています。いま、このトライアルの場でどんなことが起こっているのでしょうか。

ー たとえばこんなことが起こっています ー
・草刈りを手伝ってほしい!というメンバーの投稿
→ 手を挙げたメンバーが1000WKで野良仕事のお手伝いを実行
・赤いペンキがないかな?の投稿
→ 余っているペンキを持っていたメンバーがいて1000WKと交換
・矢口さんは飲みながら相談を聞く、オンラインスナックを開催
→ 入場料一人1000WKで15人=15000WKの取引が成立。
・野菜を育てたいけど自信がないメンバーからのヘルプ投稿
→ 得意なメンバーがWKを使ってオンラインでレクチャーをし、野菜の切れ端の水耕栽培をスタート。同じように困っていたメンバーが次々に集まり初心者農業グループが立ち上がった。
・運動習慣が続かないから励ましてほしい!という投稿
→ 4人のメンバーが手を挙げ、励ましあいをWKで交換。今はその5人が埼玉県内の別の地域でそれぞれ毎日歩き続けて成果を報告しあって習慣化に成功。

矢口さん:
「まだはじめて間もないですが、会えない中でもモノやコトのやりとりからつながりが生まれています。互いに知らなかった ”得意” が発掘され、それぞれどんな関わりを求めているのかも見えてきました。メンバーが『通貨のおかげでお願いをするハードルが下がり、つながりが強くなった』と投稿していたのですが、この通貨ではマイナスが気にならないんです。誰かのできること、やりたいことを引き出したという点でマイナスもまた価値になる。これは大きな発見でした。貯めておく必要がないから、使って循環させていくことにみんなの意識が向くんです。

大きな経済システムに限界がきている今、人が自然とともに生き続けるために、私たちが今できること。食べ物をつくって自分が自然の一部であると感じること。小さな商いを通して、一人ひとりのエネルギーとともにお金を循環させていくこと。そんなやさしい経済をみんなでつくっていきたいです」

今まで、講演やイベントを中心に “集まる” ことがスタンダードだった矢口さんたちの活動。それができない今、目の前のできることで ”実験“ を重ね続けています。どう、地域を巻き込み、巻き込まれ、共感者を増やしていくか。どう、互いの考えや強みを知り、化学反応できるのか。頭の中にある構想を100%でなくてもいいから少しずつ形にしていく事、それを怖がらず、そのプロセスを愉しむことがとてつもない強みなのではないでしょうか。新たなスタンダードを創り続ける活動にこれからも注目です。

リンク:
「わたしたちの月3万円ビジネス」
「わたしたちの月3万円ビジネス」facebookページ
「わたしごとJAPAN」