ローカルニッポン

“銭湯のあるくらし” を地域に。小杉湯となり

書き手:安藤菜々子
普段は広告企業に勤める傍ら、元々常連でもあった小杉湯の取り組みを知り、2017年に株式会社銭湯ぐらしのメンバーに。銭湯ぐらしでは広報とECサイトの企画を担当。

86年の歴史を持つ東京高円寺の銭湯「小杉湯」。
2020年3月、その隣に新しい施設「小杉湯となり」がオープンしました。実はここ、地域に “銭湯のあるくらしを”という思いをもった小杉湯の常連たちが企画運営を行う変わった業態。なぜ銭湯経営者ではない彼らが「小杉湯となり」の運営を始めたのか。“銭湯のあるくらし” で何を実現しようとしているのか。通常営業ができない今、どうやってその思いを実現し続けようとしているのか。小杉湯の常連であり、銭湯好きが高じて小杉湯となりの企画運営にも携わる私安藤が紹介していきます。

設計から家具の選定まで、思いを紡ぐ

小杉湯となりは、もともとアパートがあった土地に新しく建てられました。
そのアパートに住んでいた住民たちを中心とした、20歳~80歳までの年齢も普段の仕事も全く別、“小杉湯の常連”というだけが共通点の個性豊かなメンバーたちが小杉湯となりの企画運営をしています。

彼らが “銭湯のあるくらし” を通じて得たものは、“くらしの余白” だと言います。
もちろん小杉湯には名物の「ミルク風呂」や井戸水を汲み上げた水風呂など機能としての魅力もありますが、知らない人たち同士で思いやりを持ち合って心地よい入浴時間をつくったり、その後の待合室での一息、夜風にあたりながらの帰り道までが一つの “銭湯のあるくらし” 体験でした。

銭湯が街のお風呂であるように、街に開かれたもう一つの “家” のような場所をつくりたい。お風呂に入ったあとに、手づくりのご飯を食べたり、仕事をした後にくつろいだり。そんな “くらしの余白” を感じられる場所を地域のみなさんとつくりたい。そんな思いで、2018年、前述のメンバーを中心に「株式会社銭湯ぐらし」として法人化をしました。

小杉湯となりで提供する食事の試食会を行うメンバーたち

小杉湯となりで提供する食事の試食会を行うメンバーたち

このようにして運営されることになった小杉湯となり。3F建ての建物で、1Fでは湯上りの一杯や体によい食事が楽しめるキッチンのあるスペース、2F・3Fは作業や読書、昼寝ができる畳敷きのスペースになっています。“銭湯のあるくらし” のよさを広めるために、家具の選定ひとつひとつまでこだわって企画をしてきました。

建物は新しいけれど、小杉湯と同じく長く愛し愛される場であってほしい。そんな思いで、家具は新しいものを購入するのではなく、思い出がつまっているけど今は使われていないものを募集。あつまった家具はアップサイクルというそのものの魅力は残したまま手を加えて再利用する手法を取り入れました。

アップサイクルの作業も、常連さんたちと共に実施。出来上がってから遊びに来てくださった方たちが「見違えるようになったね」と目を細めながら笑う姿を見ると、手間がかかった分これからずっと大切にしていきたいと改めて実感します。

アップサイクルによってよみがえった、常連さんたちの大切な家具

アップサイクルによってよみがえった、常連さんたちの大切な家具

オープン当初から提供してきたメニューは、地域の生産者とつながり、湯上がりにぴったりな柑橘サワーや栄養たっぷりの手作り小鉢など。小杉湯のお客さんにもアンケートをとって、徹底的に “湯上がりに食べたいもの” を考え、体にやさしいメニューを揃えました。 レギュラーメニューの他に、地域の方々とコラボしたメニューも開発。台湾料理屋さんとコラボした薬膳メニューはすぐに売り切れるほど人気に。そのほか、コーヒー牛乳の代わりに始めたクラフトコーラの牛乳割「ミルコ」は、熊本の素材を使った優しい味わいのクラフトコーラが人気になり、看板メニューとなりました。

そして、建物の設計は銭湯ならではの良さを大きく取り入れています。小杉湯は築86年。宮造りの立派な建物は、高い天井や湯気抜きの窓から日光が差し込み、高円寺の南北の風も取り込みます。
小杉湯となりも同じように、天井から柔らかな日が差し込み、昼間は電気がいらないほど。職人さんによる畳や簾のよい香りが、通り抜ける風とともにひろがります。

風や日差しを取り込むように、天井は二重の構造になっている

風や日差しを取り込むように、天井は二重の構造になっている

二階にある大きな本棚には、地域の方々に一つ一つ選書してもらった本が並びます。
畳の上で仕事をする人や、本棚から本を手に取り、読んでいる人。夕方はお風呂上りに宿題をする親子も見られ、まさに “銭湯のあるくらし” が浸透する場所になりました。

“銭湯のあるくらし” を提供し続けるために

新型コロナウィルスの感染拡大を受け、通常営業が行えなくなった今。小杉湯となりは大きく方針を転換することになりました。コンセプトは”銭湯つきのセカンドハウス”。当面の間、店内の利用を会員限定にして運営することにしたのです。人数を制限して顔の見える関係を作った上で、距離の確保や衛生管理を徹底し、「公園のように安全で、家のように安心な場所 」を目指すことになりました。家賃のように月額費を支払っていただくことで、日当たり抜群の1階のリビングでご飯を食べたり、生産者さんから取り寄せた食材をシェアしながらカウンターキッチンで料理をしたり。2Fで窓から入る風を感じながら、作業をしたり、読書をしたり。3Fで打ち合わせや昼寝をすることも。銭湯と庭の付いた3階建ての戸建てをまるっと使うことができるようになります。

“会員さん”というよりは“住人さん”。店と顧客という関係性を超えて、一緒にこの場所をつくりあげていくパートナーの募集を始めました。公開初日から、想定をはるかに越える方から”内見”の応募をいただいています(初回募集は締め切りました)。

一方で、銭湯と同じく地域に根差す、地域を繋ぐ場所ではありつづけたい。そんな思いから、日替わりシェフや周囲のお店のお弁当の軒先での販売・デリバリーという形で飲食の提供は継続することに。
かつての銭湯には、富士山の絵の下に地域のお店の広告が掲載されることが普通でした。同じく地域にとってのメディアのような役割も担いたいと考えています。

安全対策を行いながら、お弁当等の販売を行っている

安全対策を行いながら、お弁当等の販売を行っている

改めて、小杉湯も小杉湯となりも、そこに集まる人とそのつながりに支えられて、場をつくってきたことを感じます。今は集うことはできないけれど、家でも ”銭湯のあるくらし”を楽しめたり、お風呂時間をちょっと幸せにする品々をそろえたオンラインショップも開設しました。小杉湯に所縁のあるお米農家やハーブティーメーカーなど生産者のみなさまと連携し、入浴剤やタオル、湯上りの飲み物などを詰めわせたセットを販売。実際に、遠方に住み“銭湯のあるくらし”をできていない「銭湯ぐらし」のメンバーがこだわってセレクトしたものです。

小杉湯には、各生産者のみなさんから “質はいいけど商品にはできなかった” ものを譲り受けてお風呂に入れる、通称「もったいない風呂」があり、常連さんからも人気で、 ”今日はシークワーサーが入ってるそうよ” と会話が弾む光景も。今回、オンラインショップで販売する詰め合わせも、こういった取り組みと同じように、すでにあるよいものの価値が循環することを目指しています。

銭湯は ”ケの日のハレ” 毎日が少し特別に。

高円寺に着くまでの中央線は、いつも通勤をする人たちで溢れています。急いでいるあまり体がぶつかり、顔をしかめる光景もよく見ました。しかし小杉湯の周りには、ゆったりとした時間が流れています。
携帯やパソコンから離れて、お風呂でゆっくりほどける時間をいつもより少し大切にしたり。お風呂上りに染み渡る、体にいいものを食べたり。くらしに豊かな余白を与えてくれるような、季節を感じる優しいものに出会ったり。そんなくらしに惹かれた人たちがあつまり、いつも新たなコトが始まります。

元々お客さんだったメンバーが番台になり、銭湯の図解を描くイラストレーターとして活躍を始める。常連の子育て世代が有志で、スタッフとして子供を見ている間、パパママにゆっくりお風呂に入ってもらう「パパママ銭湯」の開催を始める。岡山のデニム生産者とつながり、藍染のワークショップや、脱衣所で試着ができるイベントを実施する。こういった多岐に渡る取り組みは、各種メディアにも取り上げられ、共感を呼んでいます。

そんな小杉湯から始まった「銭湯ぐらし」「小杉湯となり」。日々目まぐるしく世の中の情勢が変わる中でも、小杉湯のとなりに場を構え、彼らの挑戦は続きます。普段のくらしを少しだけよりよく過ごす。そのことを彼らは「ケの日のハレ」と呼んでいるそう。ぜひみなさんも、「小杉湯となり」やオンラインショップ「銭湯のあるくらし便」で「ケの日のハレ」を体験してみてください。

早朝の小杉湯となりと小杉湯の前。ゆったりとした静かな空気が流れる

早朝の小杉湯となりと小杉湯の前。ゆったりとした静かな空気が流れる

文:安藤菜々子
写真:篠原豪太 他

リンク:
小杉湯となり 公式サイト
小杉湯となり ツイッター
オンラインショップ 銭湯のあるくらし便 サイト
小杉湯 公式サイト

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