ローカルニッポン

今ここで、できること。 神奈川県三浦郡葉山町

書き手:山口繭子(ヤマグチマユコ)
ディレクター。『婦人画報』『ELLE gourmet』(共にハースト婦人画報社)編集部を経て独立。食とライフスタイルの分野を中心に、ディレクションやコーディネート、執筆、コンテンツ提案などで活動中。

活動がシェアされることで、じんわりと広がるエネルギーになればという想いをこめて“ローカル”で行われている「今ここで、できること」を少しずつご紹介していきます。今回は、“アートの力” が生み出した神奈川県葉山町での活動をお届けします。

新型コロナウイルスによって一人で過ごす時間が多くなり、ふと気づくのは「あれ、私って意外と孤独だったんだな」という事実。逆に、改めて家族や地域とのつながりを再発見したという人もいることでしょう。三浦郡葉山町一色では、小学校の父母や生徒が中心になって以前から取り組んでいたアートを通じ、この春、小さくて偉大なチャレンジが行われていました。

先生も子供もびっくり、異色のPTA会長登場

「葉山」と聞けば、セレブリティーがヨットを楽しんだり別荘で過ごしたりするリッチな避暑地のイメージを思い浮かべる人が多いのでしょうか。実際、海辺には葉山マリーナや御用邸、しゃれた別荘が立ち並ぶのですが、実はそれは町のほんの一部。三浦半島の内陸部にまで及ぶ広大なエリア、それが葉山町です。正式な呼び名は「はやままち」。最寄りの鉄道駅、逗子駅近辺には商店街やカフェなどもありますが、葉山町はそこからも少々離れており、三浦という“郡”に属する町であることは、東京在住である筆者も今回初めて知りました。

静かな環境と豊かな自然、古くからの別荘地文化に惹かれて訪れる観光客も多いのですが、いわゆる「ザ・葉山イメージ」のエリアから離れると、そこにはごく一般的な人々が日常を送っています。食とデザインのアートユニット「holiday」として活躍する堀出隼・美沙夫妻が、それまで暮らした都会から葉山町に移住したのは、今から8年ほど前のこと。最寄駅の「逗子」や「逗子・葉山」駅まで行くのにも便利とは言えない場所ですが、のびのびとした環境に魅了されてのことでした。

当初はよちよち歩きだった長男と生まれたばかりの長女との4人暮らし。友人や仕事仲間は多いholidayさんでしたがその多くが都心や海外で活動している人々で、葉山暮らしは快適で楽しいながらも、当時のholidayさんにとって地域との縁はそれほど濃いものではありませんでした。状況が変わり始めたのはその数年後、長男と長女が地元の幼稚園を経て公立小学校に通い始めてからのこと。親同士のつながり、教師や学校とのつながりが生まれると、葉山に暮らす“点”であった堀出ファミリーは一気にたくさんの“縁”を得て、次第にそれまでは気づかなかった葉山の別の良さが見えてきたのだといいます。

holidayさん:
「私のような自由業に就く人が、このエリアには思っているよりもたくさんいました。そして、自分のつながりの中でだけ暮らしていると触れ合うことはなかったであろう人々とも、子供たちの学校行事を通して徐々に知り合うようになりました。行動範囲が学校関係にまで広がると、『デザインを通じて物事をよりハッピーにしたい』という信条で生きるholidayとしては、だんだん自分も、中心に入り込んで何かをしたくなったんですよね。気づけば地元の公立小学校のPTA会長になっていました。2017年のことです」

当時を振り返る堀出隼さん。holidayが営むカフェ「HOLIZONTAL」にて。

当時を振り返る堀出隼さん。holidayが営むカフェ「HOLIZONTAL」にて。

愛と尊敬を込めて言うのですが、新しいPTA会長の個性的なルックスと行動力にびっくりした父母も多かったはず。子供たちにとっては「なんだ、このTシャツで学校にやってくる面白いヒゲのおじさんは?!」と、別の意味での衝撃がありました。

ローカルの公立小学校らしく、もともとがおおらかな校風だったこともあり、holidayさんの就任後に一新されたPTA便りや、新しく誕生したPTAのシンボルキャラクター「ITTEKIさん(笑顔の一滴を、という意味があります)」、キャラクターグッズの販売(売上金で学校備品が寄贈されました)、子供たちの夏休みの自由研究をギャラリー形式のエキシビションにして発表することなど、一つ一つを聞けばびっくりするようなプロジェクトが、時間をかけて受け入れられていったのです。

冒頭の写真は、PTA主催の職業体験イベント「イッシキッザニア」の様子。働く楽しさをリアルな形で子供たちに伝えようと、holidayさんはじめ、父母や関係者たちが工夫を凝らして有意義なワークショップが実現しました。ユニークすぎるPTA会長の話は瞬く間に知れ渡り、町を歩けば大人から子供まで「あ、holidayさーん」と声をかけられるようになるのに、さほど時間はかかりませんでした。

当時のPTA便り。イラスト満載、内容ギッシリ。しかし中身は大真面目です。

当時のPTA便り。イラスト満載、内容ギッシリ。しかし中身は大真面目です。

ネットワークは仕事にも運と縁を生んでくれた

PTA会長の任期は2年間。やり始めたらとことん、な性分のholidayさんは自身の仕事も精力的にこなしつつ、小学校を取り巻く世界にも少しずつ根を伸ばしていきました。 PTAの仕事は営利目的に行うものではありませんが、しかしこの経験を通して得られる気づきや知識、人脈といったものは、holidayさんの本業にも思わぬ好影響を与えたといいます。

holidayさん:
「小学校のキャラクター“ITTEKIさん”を使ってオリジナルのキャラクターグッズを作り、期間限定で販売した時のことです。もちろんこの活動は非営利なので、収益はすべてホワイトボードや教員室のインターフォンなどの寄付に使わせていただいたのですが、そのための打ち合わせをしている時なんかに私が提案するアイデア、結構PTA仲間のパパやママからは却下されることも多いんです(笑)。逆に、打ち合わせノートの隅っこに描いてた落書きを指して、『そっちの方がいい』と言われたり。独りよがりな思想はデザイナーにとって致命傷ですが、この経験によって本業の方でも成長できたんじゃないかなと思います」

この間、たくさん新しい地元の友ができました。学区内にはユニークな自由業者が想像以上に多くいて、そういった人々とタッグを組んで新たなビジネス展開ができるようになったのも思わぬ副産物だったといいます。自身もカフェを営むholidayさんですが、毛色の異なるカフェを運営する同業者とは、この夏から始まる他県でのキャンペーンで協働することに。近隣に住むプロセイバーの友人(こちらも父母仲間)とも、新しいユニットを組んで企画を立案中です。「地元とつながる」というのが、きれいごとやボランティアだけでなく、自らのビジネスにも新たな恩恵をもたらす可能性があるというのは、葉山だけでなくどんなエリアで暮らす人々にとってもワクワクする話です。

カフェ「dark arts coffee Japan」のマヤさんは、父母会だけでなく今や仕事仲間。

カフェ「dark arts coffee Japan」のマヤさんは、父母会だけでなく今や仕事仲間。

「holidaymuseum」のスタート

2年務めたPTA会長の経験はholidayさんにとっては想像を上回る有意義なものでした。また、その活動を見ていた他の父母にとっても「PTA会長」のイメージはずいぶんと変わったのではないでしょうか。
昨年、次の人に任務を引き継ぎましたが、その後もグッズの企画などでPTAとの関係を続けているholidayさん。そんな中、新型コロナウイルスによる未曾有の事態が起こりました。小学校も休校することが決まり、三学期の半ばだというのに子供たちは学校に行けず、友達とも会えずに家に閉じ込められることになったのです。

しかし、休校のニュースを聞いた瞬間、holidayさんの脳裏には稲妻のように、あるプロジェクトが立ち上がりました。オンラインによるミュージアムを開こう、そこで子供たちの絵を展示しよう、と。

holidayさん:
「こんな騒ぎになる前に、家族でフランスを旅したんです。ルーブル美術館から小さなギャラリーまで、アートまみれの旅。高尚なアートもありますが、そうではなく人生を彩って励ましてくれるようなアートもパリという街には満載です。アート鑑賞はごく自然な人間の営みだということを子供たちに改めて伝えたかったし、コロナで鬱々と過ごしているこんな時こそアートは人々に力を与えてくれると僕は知っていた。……というとなんだか照れるのですが、とにかく使命のようなものを感じて、早速、力を貸してほしいと友人たちにメールを送りました」

「holidayミュージアム」展示室。作品と情報が分かれ、余計な知識を持たず鑑賞できる。

「holidayミュージアム」展示室。作品と情報が分かれ、余計な知識を持たず鑑賞できる。

こうして誕生したウェブサイトでのミュージアム、「holidaymuseum」。作品は、応募者(とその家族)による持参という形で受け付けました。子供であれば誰でも参加が可能でholidayさんが1点ずつ丁寧に撮影を行い、プロのデザイナーやプログラマーによって作られた特設ウェブサイト上の“展示室”に、次々と作品が飾られていきました。

自ら館長を務めたholidayさんですが、培った人脈を生かして、音楽や花、移動映画館や食の世界で生きるプロフェッショナルたちに審査員を務めてもらうよう依頼し、最終的に集まった77作品のうちのいくつかはさまざまな視点で眺められた結果、審査員賞を受賞しています。

子供たちによる作品のパワー、使用された素材の自由さ、作品タイトルの楽しさ、さらには審査員のコメントなどを見ていくうちに、この試みではとても大切なことが浮き彫りになっていると気づかされます。「作品を描いた子供たちだけではなく、関わったすべての人がハッピーな気持ちになっているんだろうな」ということに。

受賞者のモモ・チェリゾーラさん(左)と、holiday館長、娘のりんさん。マスクの下は笑顔です。

受賞者のモモ・チェリゾーラさん(左)と、holiday館長、娘のりんさん。マスクの下は笑顔です。

コロナが収束しても活動を終えちゃいけない

holidayさんは語ります。

holidayさん:
「絶対素敵なプロジェクトになるという確信はあったんですが、それでも実際に始まると、驚くことばかりでした。子供たちの作品は小学校でも見ることはありましたが、今回の応募作品からあふれるパワーの強さときたら!審査員やウェブサイト製作を相談した友人たちも、快く引き受けてくれたのですが、最後はみなさん『こんなに楽しい経験をさせてくれてありがとう!』とおっしゃってくださって、そこでも私はまた感動しちゃいました」

新型コロナウイルスによる自粛状況がようやく解除になろうとしています。しかし、世界にはまさにこれからが修羅場という国々があり、日本でもいつまた第二波が来るかはわからない非常事態が続きます。収束しても、逆に第二波がきても、今回葉山町に生じたムーブメントは育てていく必要があるのだと、holidayさんは言います。

というのも、今回の企画は突然の思い付きで実現したのではなく、そもそも小学校でのPTA活動を通じて地元の人々の間で強いネットワークが築けていたからこそ。「アートっていいね」という思いを共感し合える土壌があったことが、有事の際でも人を助けてくれるんだとわからせてくれました。

この灯火を消してはいけないと、「holidaymuseum」の第2回目も間もなくスタートします。葉山町の中の小さなエリアで育まれた人々のネットワークが、少しずつ大きくなって、いつかこの町の新しい宝物になるのではないかと、町の人と一緒になってワクワクしてしまいます。

holidayさんの自己紹介ミニ絵本。デザインとは幸せ促進活動だと書かれていました。

holidayさんの自己紹介ミニ絵本。デザインとは幸せ促進活動だと書かれていました。

文・写真:山口繭子

リンク:
holidaymuseum HP
葉山町役場 HP