ローカルニッポン

「年収150万円の副職あります」- 限界集落脱却を目指す、“型破り”集落の挑戦!


「ここは森林率97%の集落。住民はじいさんばあさんばっか。こんなところに住んでるんだからこそ、仕事は“山”に任せて、楽しく暮らさなきゃだろうよ!」

満面の笑みでそう語ってくれるのは、サカキ・山菜農家の田中幸一さん。

ここは津和野町商人(あきんど)集落。人口約8000人の津和野町の中で、商人は住民59人、高齢化率44%の超少子高齢化地域。しかし、この商人は他の集落とはちょっと違うんです。

「新規就農者の皆様へ。年150万円の気楽なお仕事、ございます。」
商人地区を一言で表すなら、「型破り」。とにかく集落全体を挙げて大小様々なアイデアを出し合い、決めたからには一丸となってその実現を目指します。

代表例が、集落産業。商人では集落全体で「サカキ(榊)」の栽培をしており、農家としてUターン・Iターンをしてくる若者に対して、空いた時間は副職としてサカキの作業をすることを薦めています。サカキの収穫と出荷を行えば、年間150万円ほどの売上になるそうです。

「85歳の夫婦がいるんだけど、彼らでも今年は120万くらい売り上げていると思う。年金と合わせれば生活は楽になるよね。サカキは稲作みたいにコンバインを乗り回す必要がない。ハサミと長靴とカゴがあって、ちょっと坂を登れる足腰があれば仕事ができる(笑)手先を使うからボケ防止にもなるし、まさに生涯現役の仕事だよ!」

作業中の田中さん

(作業中の田中さん)

田中さんが集落全体でサカキ栽培をやろうと提案したのは、「集落全体での産業を作る必要がある」と考えたからでした。

「昔、ヘリコプターに乗って町を見下ろしたことがあった。なんとなく自分の集落は広々としてるイメージを持ってたんだけどな。あまりにも山の中にありすぎて自分の家が見つからなかった(笑)こんなところに住んでるのかと思ったし、この地形を利用しなければ生きていけないって思ったね。」

1958年には180人いた住民も徐々に減少。80年には100人を下回り、85年には集落の小学校が廃校になる。集落では「何かしないといけない」と話し合いが持たれました。商人は森林率97%の中山間地にあり、耕地面積はたった1%しかなく、高齢者も多い。だったら「林野」と「高齢者」を活かした取り組みをしようと話し合い、

1. みんなで一緒に作物を作り、ここを一大産地にする
2. カタカナではなく、ひらがなで覚えられる作物を作る
3. 里山にあるものを作る

の3つを決めました。不安視する声はあったものの、田中さんは実現できるなら、これは必ず大きなビジネスになると考えていました。

具体的に何を育てるかと考えていた頃、サカキ泥棒が出たと話題になりました。「それを聞いて、だったら俺らもサカキを育てようってなった。」

当時、田中さんは西日本で有名なお茶農家であり、数々の賞を受賞する実力者。集落全体で栽培することを強く望んだ田中さんは、「お茶とサカキは同じツバキ科だから、俺がなんとか助けられると思うんだ」と言って全住民と粘り強く話し合います。最終的には21世帯中19世帯が栽培に参加することになりました。

「5年かければチラホラ収穫できる。10年かければ産業になるって言って、みんなを口説いたんだ。どんな質問にも理路整然と答えたから、みんな信用してくれた。1割くらいは本当のことを伝えてたと思う(笑)」

田中さんは集落を牽引するために、他の人の10倍以上のサカキを植え続けたと言います。現在、「商人サカキ」は市場から高く評価され、他にはない「集落の産業」として近隣地域からも注目されています。違う集落の若手農家が「サカキ生産組合に入りたい」と門戸を叩いてくるようにもなってきました。


商人の生き方は「思いついたら実践。失敗と成功の繰り返し」。
商人の型破りストーリーは、いくらでもあります。

「昔、銀杏の収穫をしようとなったことがあったんだ。銀杏の実を拾ってきて、苗から作った。植え終わってあとは実がなれば大儲けだと話してたら、知り合いが銀杏にはオスとメスがあるとか言い出した。大慌てで調べてみたら、全部オスだった。3年かけて育てた夢が10秒で終わった瞬間(笑)儲けどころか大損だった(笑)」

「町が集落のためになることをしろと言って、各集落に30万円ずつくれた。他の集落は花を植えたり、公民館の補修をしてたみたい。ウチはWiiを買って、公民館にカラオケを導入した(笑)なんでって?カラオケ遠いし、歌い放題だし(笑)」

「猿がとにかく悪さをするんだ。いつも畑がやられて、何十万、何百万の損失が出ることもある。どうしようかと考えていたら、ある時新聞で「サルカニ合戦の要領で、猿はカニが苦手」って書いてあった。試しに畳にとにかく大きなカニの絵を書いて、畑を囲って括りつけといたら、全然猿が来なくなったんだ!!こりゃいいと思ってテレビを呼んで、俺の功績を知らせてやろうと思ったら、収録の日にホダ場がボロボロにされてた(笑)」

数あるストーリーの中でも、極めつけは「集落全体による特許取得」。
商人には「なめくじ油」という秘薬があります。純正の菜種油になめくじを溶かしたという「秘薬」で、塗ればマムシに噛まれてもスズメバチに刺されてもたちまち治るというもの。この秘薬は古くから伝わるものらしいのですが、田中さんたちはこれを前代未聞の集落全世帯での特許取得をしました。「いくつかの大学や製薬会社から話はきてる。あとは研究機関で開発してくれれば、俺らは大儲けするんだ!それがいつになるか。楽しみだろ?(笑)」

特許を取得した時の商人集落の皆さん

(特許を取得した時の商人集落の皆さん)


商人の良さは、みんなでアイデアを出し合って、それを一生懸命実現しようとするところ。一生懸命だからこそ、一つ一つのストーリーがとても楽しい。もちろん笑えないような話もたくさんありますが、田中さんはどんどん挑戦することが「商人の性分」だといいます。

「商人の人間は挑戦しなきゃダメ。自分も先輩からそう学んだ。集落が衰退している今だからこそ、色んなことをしないといけないと思う。」

田中さん自身も、お茶農家として成功していながらも将来のことを考えた中で、お茶栽培を止めて一気に山菜栽培を主とする農家へと転身しました。その山菜はとても評判が高く、中でも「タラの芽」はキロ約2500円の中国産が競りに出される中で、田中さんの所属する「日原タラの芽生産組合」のものはキロ約5000円で競り落とされます。

「ここは小さい集落。1しかない労働力でどうしたら2も3もある成果につなげられるか。やると決めたらとことんやる。失敗を積み重ねて成功にたどりつけばいい。」


「ここに住むだけの魅力と意味」があるか
田中さんは2007年に『これからの商人振興策』という計画を作り、住民と共に集落の発展のために様々な取り組みを行ってきました。

「給与所得と農業所得でバランスを取れば、ここでもしっかりお金を稼げる。あとは外に出た若者やIターンの人たちに、“ここに住むだけの魅力と意味を見出してもらえるか”どうかだよね。」

商人集落の風景

(商人集落の風景)

田中さんはこれからもどんどん新しいことに挑戦していきたいと語ります。

「サカキが成功して、守りに入る意見も出てきた。でも、それじゃ“サカキに使われるだけの労働力”になっちゃう。だからサカキの新しいサービスも始めた。いい集落を作るにも、どんどん新しいことに挑戦しないといけない。“商人らしさ”をどんどん出していくことが、人を惹きつけたり集落の発展につながっていくと思う。常にワクワクして色んなことを試しながら、商人を次の世代に残していきたいね。」

文:株式会社FoundingBase共同代表 林 賢司