廃校を再活用した保護猫施設・岡山県「ティアハイム小学校」
岡山県和気郡佐伯町(現・和気町)出身、倉敷市在住のフリーライター。自動車メディアでも執筆、モノを長く大切に使うという観点で「旧車」を中心とした記事を発信している。
吹奏楽、文房具、人に愛されているクルマが好き。
岡山県中央部の高原地帯「吉備高原」に位置する吉備中央町は、地盤が安定しているため地震や水害などの自然災害に強い地域。2019年7月、この地に廃校を再利用した日本初の保護猫施設が“開校”しました。「社団法人 ティアハイム小学校」は、ボランティアや愛護団体とは異なり、完全な事業として運営される自走型保護猫施設です。
「ティアハイム」とはドイツ語で“動物の家”の意味。開校以来、さまざまな事情で居場所を失った猫82頭を引き取り、51頭を新しい家族へとつないできました。今回はティアハイム小学校の“今とこれから”、そして譲渡会の様子をご紹介します。
持続可能な保護活動のモデルケースに
設立の背景は、動物の保護活動が抱える問題にあります。平成24年に改正され、翌年より施工された動物愛護管理法では、飼い主による飼えなくなった犬・猫の保健所やセンターへの持ち込みに関して一定の条件のもとで行政の引取拒否が可能となりました。そのため行政がもつデータ上では殺処分数は減りますが、引取拒否されたことで遺棄や無責任な餌やりによる過剰繁殖など、データに上らない動物たちが多数存在することになりました。そうした動物たちを保護して里親を探すのは、愛護団体や個人のボランティアであることが多く、シェルター・人の手・時間・費用は常に不足したままという実態がありました。
ここ、岡山県の犬・猫の殺処分数は、平成30年度にはゼロとされています。これは行政とボランティアが連携した成果です。しかしボランティアの負担はあまりにも大きく、無理をしながら気持ちで維持されている現状がありました。こうした背景の中「持続可能な保護活動のモデルケースを作って全国に広げたい」という思いをもってティアハイム小学校は設立されたのです。
廃校舎の再活用で2つの社会問題に取り組む
ティアハイム小学校は、ペット用品の企画販売・卸売などを行う「株式会社DCイノベーション」の関連事業として運営されています。施設が完全に自走できるようになった時点で保護犬の受け入れと、グラウンドを活用したドッグラン、空き教室を利用した老犬介護施設が加わる予定だそうです。目指すのは “犬猫と人の幸せな共存” の実現です。
建物は、2014年に廃校となった旧大和中学校の校舎を改修。岡山県の廃校再活用は“保護猫問題”と“地域の遊休施設の利活用”に取り組む社会的意義も含んでいるといえます。校舎の1階には集中治療室(ICU)のある医療室が完備され、週に一度獣医師が往診しています。
現在、ここで暮らす猫は42頭。すべて民間から引き取られた猫たちで、二階の教室2部屋を仕切って4部屋にした飼育部屋「猫部屋」で、のびのびと暮らしています。飼育室は清潔が保たれ、キャットタワーも設置。ベランダはネットを張って開放しているので、日光浴もできます。
施設の運営に関わるスタッフは、常駐スタッフとアルバイトスタッフの2名。保護猫42頭の健康・衛生管理が行われています。現在、猫のケアや譲渡に関する手続きなどを常駐スタッフ「ティアハイム小学校 担任」の小川弘司さんが担当。小川さんは、プライベートで長年取り組んでいた動物保護活動が縁で、施設の立ち上げから携わっています。
小川さんは、給餌と掃除の他に“猫たちの心のケア”として、毎日すべての猫とスキンシップをとります。ティアハイム小学校で暮らす猫たちのなかには、過酷な生い立ちや虐待を経験した猫も少なくありません。当初は人への警戒心から攻撃的な猫もいたそうですが、地道なスキンシップによって心を開き、ほとんどが本来の穏やかな姿を取り戻しています。人と暮らしていくために、心のケアは大変重要なのです。
小川さん:
「スキンシップは猫の心をケアするだけでなく、皮膚病や腫瘍の早期発見という目的もあります。必ず42頭に接して、個体に合った対応をしています。喜ぶ触り方もそれぞれ違いますし、持病のある猫への医療的な対応も、その日によって異なります」
地域とのつながり
地域とのつながりも増えつつあります。地元愛護団体や行政による視察、大学生による卒業論文の取材依頼も入るようになったそうです。2020年7月には県内の小学生が見学に訪れ、命の大切さや慈しみの心を学びました。今後も社会科見学は積極的に受け入れていきたいと小川さんは意欲を見せます。
正しい動物愛護の知識を次世代に継承できる、持続可能な動物保護施設。地域の子どもたちや若者たちが、実際に動物とふれあいながら学べる場は貴重です。こうして動物愛護の精神を育む点も、ティアハイム小学校の付加価値となっていきそうです。
通信販売部門の立ち上げ
ティアハイム小学校の主な収益源は、保護猫の引き取り費用と譲渡費用です。しかしコロナ禍で譲渡会を開催できない日が続き、収益が激減。危機的状況を迎える中で活動を存続させるため、2020年9月に立ち上がったのが通信販売部門「購買部」です。
現在、購買部では猫用おやつ・地元人気カフェ「キノシタショウテン」のコーヒー豆と焼き菓子のセット・イラストレーターKAORUさんデザインのエコバッグなどがセットになったグッズを販売。品質にもこだわっていきたいそうで、今後は猫がモチーフとなった備前焼の箸置きも品ぞろえに加わる予定だそう。はじまったばかりの購買部の活動について、小川さんに話を伺いました。
小川さん:
「今、最も不足しているのは運営資金です。通信販売によって全国展開することで、ティアハイム小学校全体のPRを行い、集客をしたいです。来校される方は公式ホームページやSNSで興味を持たれたという方が多いので、ネットで拡散されることが良い循環になっていけばいいと思います。商品展開においては、フードや飼育用品などのドネーション型商品の販売も順次追加していく予定です」
また、2020年12月15日まではクラウドファンディングも実施しているそう。通販の商品に一定の利益はあるものの、愛猫にはおやつを与えない、コーヒーは飲めないという声があったといいます。
そこで、消耗必需品を購入することが保護活動になるようにと、ペット用品の販売を行う親会社の強みを生かし、海外メーカーと輸入販売の契約を結びました。そして、日本では入手困難だった「穀物から生まれた猫用のトイレ砂」を寄付型商品として販売。利益は100%保護活動の資金になります。この商品を購入し続けることが、継続的な保護活動の支援につながるのです。
猫たちが暮らす部屋を訪問する「譲渡会」
ティアハイム小学校の譲渡会は、猫が暮らす部屋を訪問するスタイル。家庭環境に似ているので、猫はリラックスして自然な姿を見せてくれます。さまざまな人と関わることは、猫の心の成長を促す大切なプロセスなのです。そして、譲渡が目的でなくても猫とふれあうことができる点も魅力です。
飼育部屋に入ったとたん、猫たちに取り囲まれます。基本的にみんな人好きです。ふれあっていると、猫の性格や癖が見えてきて楽しくなってきます。例えば、必ず2頭で行動しながら同時に甘えてくる猫たちや、ずっとじゃれついて甘え続ける猫など、個性豊かで愛らしい姿に釘付けです。一緒に遊びながら、実際に迎えるシミュレーションにもなります。
この譲渡会に訪れた方からは、こんな声が聞こえました。「今は1頭の猫と暮らしていて、ゆくゆくはもう1頭迎えたいと考えていました。そんなときに偶然、病院の受付で配布していたフライヤーを見てここを知りました。猫専用の部屋が良いですね。のびのびとしている姿を見ることができました。猫が手厚く保護されているこのような施設が、県内にもっと増えたらいいと思いました」「どの子も本当にかわいかったです。部屋に入ったとたん、たくさんの猫たちが寄ってきてくれてうれしかったです。普段の姿を見ることができるので、迎えたときのイメージがしやすいと感じました」
ティアハイム小学校のこれから
岡山県に誕生したティアハイム小学校は、猫に対してアクションを起こすを基本とした“動物ファースト”の施設でした。時間、費用、人員に限界がある民間ボランティアの負担を軽減できる存在となっていくのではないでしょうか。そして、自走型動物保護施設のモデルケースとしての今後の進化に注目です。
小川さん:
「今は保護猫の譲渡と並行して受け入れも行っているので、常に引き取りの限界頭数を抱えています。しかし、引き取りの相談は1カ月に40〜50件あります。ほとんどが善意の問い合わせですので、引き取れない代わりに1件ずつアドバイスで対応している状況です。通信販売はスタートしたばかりですが、収益が安定した時点で引き取りと譲渡を一層進めていきたいです。何よりも『明るく楽しい保護猫施設』にしたいと考えています。譲渡会の日は、気軽に遊びに来てください」
文:野鶴美和 写真:野鶴美和、ティアハイム小学校