一杯のコーヒーが繋いでいく鎌倉の未来
1981年、兵庫県生まれ、2004年、文化服装学院卒業。神奈川県葉山町在住のライター。2019年、一糸社を設立。
街全体をフィールドとして捉え、日々の暮らしに佇む、デザインの目線を備えた、ヒト、モノ、コトに着目し、独自の視点を交えて編集を行い、リトルプレスの発行など様々なプロジェクト開催に向けて日々活動しています。一本の糸を辿るように旅していきたい。
店内に威勢よく鳴り響く、業務用電動ミルの音に乗って、挽いたばかりのコーヒー豆の美味しそうな香りが、店の中いっぱいに広がっていく。いよいよ待ちに待ったコーヒーサロンの始まりです。鎌倉駅の改札を抜け、御成通りを少し歩き、最初の十字路を左に曲がったすぐ側にあるお店が、本日の秘密基地の開催場所です。
焙煎士 望月光さん
木曜日の夕暮れ過ぎから不定期で開催される「鎌倉珈琲研究所」。鎌倉周辺に暮らすコーヒー好きがそれぞれに探究したい物を自由に持ち寄り、コーヒー談議に花を咲かすことのできる、憩いの空間となっています。このサロンを主催するのが、鎌倉で焙煎士として働く望月光さんです。背が高く爽やかな笑顔と自然体で穏やかな雰囲気が印象的な望月さんは、スペシャリティコーヒー専門のロースター、湘南辻堂にある「かさい珈琲」(現27COFFEE ROASTERS)、鎌倉の「ヴァーヴコーヒーロースターズ」で、ヘッドロースターとして勤務した後、「Circular Coffee Roasters」を設立、焙煎士として世界各国のコーヒー豆と日々向き合い続けています。
前述の鎌倉珈琲研究所が開催するコーヒーサロンでは、コーヒーに関する様々な知識と美味しいコーヒーの淹れ方を学ぶことができます。毎回異なるその日のテーマに沿って、参加者同士がお互いに協力しながら、豆の挽き方からお湯の注ぎ方、温度の違いによって変化するコーヒーの面白さ、時間の経過と共に変化するコーヒーの味わいの奥深さを、実際の作業を通じて実験するかのように楽しく身に着けることができるのです。
望月さんはどのような経験を経て、今に至ったのでしょうか。
コーヒー中心の生活をおくる望月さんとコーヒーとの出会いは大学生の頃。たまたま訪れたかさい珈琲で飲んだコーヒーの、明確に分かるほど違う味に驚いて、勉強してみたいと働き始めたことがきっかけでした。
勉強したての頃はコーヒーの美味しさはあまり良く分からず、公開されていたドキュメンタリー映画「おいしいコーヒーの真実」を見て、コーヒーの成り立ちや辿ってきた歴史、生産国の人々が消費国に搾取され続けてきた現状を知ることになります。元々、社会問題や国際情勢に興味があったこともあり、世界との繋がりが深いコーヒーの世界に本格的に足を踏み入れ、仕事として携わっていきたいという思いを強く抱きました。
小規模農家で生産量が少なくても、品質がきちんと評価され値が付くという仕組みの中で、美味しいコーヒー豆を生産することが出来れば、見合った取引が行われ生産国の人々に正当な報酬が支払われること。そして、生産国の人々の暮らしが改善され豊かになり、同時に高品質で美味しいコーヒーを飲めることは僕たちにとっても嬉しいこと。
Circular Coffee Roastersで扱っているスペシャリティコーヒーは、美味しいことは言うまでもなく、このようにダイレクトトレードで取引され、サスティナビリティやトレサービリティなど、生産背景に透明性がある点も魅力といえるのではないでしょうか。
「コーヒーにはストーリーがあって、思い入れもあるから、きちんと飲んでくれたら、やっぱり嬉しい」と話す望月さん。おいしいコーヒーを一杯飲んだ時の価値観は、単純にお金に換算できるものではなく。時間を気にすることなく、心ゆくまでゆっくりと時間を過ごしながら、美しい器に彩られ丁寧に入れられた一杯のコーヒーを堪能することに、大きな価値があると感じています。華やかな香りや、深い味わいをからだ全体で感じとりながら、その背後にあるコーヒーが辿ってきた長い道のりに、しっかりと目を向けてみて欲しい。コーヒーを飲んだ人の心の中に、何かが残り、次に繋がっていくことが何よりも大切なのではないでしょうか。私達が普段何気なく口にしている一杯のコーヒーが、世界を変える大きな可能性を秘めているのです。
特別な週末を予感させてくれる朝のご褒美
次に望月さんのもう一つの活動を紹介します。
クラフトビールとナチュラルワインを楽しめるお店、祖餐(そさん)の1階PILGRIM(ピルグリム)を舞台に開かれる、週末限定カフェ「コーヒーと朝食」。
ここでは、訪れた人それぞれの印象に合わせて、望月さん自らが豆を選び、丁寧に一杯のコーヒーを注いでくれます。果実味に溢れた香りと共に運ばれてきた、エチオピアのコーヒーはさっぱりとした口当たりで、少し酸味を感じるものの、すっきりとした味わいがなんとも心地良く、眠気覚ましに最適な一杯でした。
この日の朝食メニューは、POTEE DE LEGUMES(ポテ・ドゥ・レギューム)。里山を自由に駆け回り自然のエネルギーをたくさん取り込んだ富山県にある土遊野の鶏を前日の夜から10時間もの間丁寧に煮込み、生まれ変わった黄金色の出汁をベースに、平塚PURE FARMの手作りソーセージと新鮮な鎌倉野菜をたっぷりと入れ、塩と胡椒だけでシンプルに味付けされたもの。揃えられた食材は、どれも本当に美味しいものばかりで、生産者の方々の食材に対する愛情をたっぷりと感じられ、誠実な仕事ぶりを想うと感心させられるばかりでした。
コーヒーサロンに参加し、「コーヒーと朝食」を訪れる中で思い出したのは、「一貫性を保ちたい」という望月さんの言葉。“みんなで共有する” という考えが全ての活動に一貫していて、その中でも “地球はひとつしかない。限られた資源を守っていく為にも、みんなで上手に使っていきたい” という思いは、後述のBring me shonanの活動でもしっかりと引き継がれているように感じます。
マイタンブラーを持って街へ出よう
カナダバンクーバー島、沖縄、西表島での生活を経て、コーヒーを通じて地域と共に環境問題について考える「Bring me shonan」の代表も務める望月さん。
鎌倉、湘南エリアのカフェやコーヒースタンドに、マイタンブラーを持参することを推奨し、プラスチックゴミ削減に繋げるための活動を行っています。海に隣接する湘南エリアに暮らす人々にとって、環境問題は常に目の前にある課題でした。コーヒー文化の広がりを肌で感じつつも、横の繋がりが少なく環境問題に対して一緒になって考え、行動に移す機会が少ないと感じていた望月さん。
そこで、“Think globally act locally” の言葉を胸に、鎌倉で生活する人々が地域で抱える問題やこれからの地域の在り方について話し合える場所を企画しました。地域の人々と課題解決に向けての議論を重ねていく内に、鎌倉、湘南エリアに暮らす人々は、自然と共生するライフスタイルを送っている人が多く、環境問題に対する意識も高い。鎌倉には、循環型の未来を見据えた環境づくりを可能にさせる背景が、十分に備わっていると強く感じました。
現在、これらの活動をきっかけに、同じように環境問題に対する意識を抱えていた小規模なコーヒースタンドを始め、グローバルなコーヒーチェーン店まで約50店舗がBring me shonanに賛同し、マイタンブラーを持ち歩くことを推奨しています。人と自然とコーヒーが一体となり、様々な地域を巻き込み、一個人が起こした小さな行動が、世界に広がり大きく繋がり始めようとしています。
コロナウイルス収束後の未来に向けて
今後の活動についてお伺いすると、Bring me shonanの活動再開と共に給水所を増やすことと、リユーザブルカップを鎌倉の街に広めていきたいと話す望月さん。
コロナウイルスの影響で物事をシェアすることに世の中が敏感になっていますが、少し落ち着きを取り戻し始めたら、自宅の中に眠る使われなくなったマグカップを回収し、ゴミを出さずに新しい器として再利用出来る取り組みを進めていきたいと話します。
幼い頃から海のある環境で育ち、年齢や性別の垣根を超え、大小さまざまな幾つもの波を多くの人とシェアしてきた望月さん。海外生活や離島での生活を経て、多種多様な価値観に数多く触れてきたからこそ、相手の気持ちを理解し、他人の価値観を平等に受け入れてくれる懐の深さがあると感じました。誰もが安心して飛び込める、穏やかな海の中にいるような心地いい空間を築いていける理由が、その辺りにあるような気がしました。
望月さんの推奨する、コーヒーの世界にぜひ触れてみて欲しいと思います。人と自然とコーヒーが心地いい距離感を保ちながら、丁寧に注がれる一杯のコーヒーを穏やかな時の流れに身を任せながら、心ゆくまでじっくりと味わってみること。
コーヒーという共通の合い言葉が繋いでくれる素敵な縁、点と点が交わり線となっていく瞬間、鎌倉のコーヒー文化が広がっていく様子を肌で感じながら愉しんでみませんか。 望月さんの淹れる一杯のコーヒーが、背景の異なる様々な人々を繋ぎ、自然環境や地域社会の未来について考え、日々の暮らしをより良い方向へと少しづつ変えていく、大きなきっかけになることをこれからも期待しています。そして、あなただけの理想の一杯に巡り会って欲しいと思います。
文・写真:高田幸人