ローカルニッポン

基町アパートと、若者の創造的活動を呼び込む基町プロジェクト

書き手:増田純
広島市立大学芸術学部非常勤特任教員。アートスペースや美術館等の事務職を経て、基町プロジェクト(広島市中区役所+広島市立大学、2014年〜)の運営スタッフに2017年から参加。同プロジェクトの活動から発想を得て、個人で「bookscape(ブックスケープ)」という住所不定の古本屋を2019年からスタート。

広島市の中心地に位置し、地域・歴史・建造物のどれもがユニークな特徴を持っている、基町(もとまち)住宅地区。この地で生まれた、若者による文化芸術活動を通じた地域活性化に取り組む「基町プロジェクト」は、今年で活動8年目を迎えます。

戦後の復興とともに生まれた町と、基町プロジェクトの取り組みをご紹介します。

基町とは、どんな町?

「基町プロジェクト」の活動地域である基町住宅地区は、旧太田川と広島城に挟まれた場所にあります。100%国有地であり、現在約2700世帯が住む集合住宅地です。

町名としての「基町」は、広島城の南側広島県庁周辺までの一帯を指し、県庁・県警などの庁舎に市民病院、テニスコートや体育館、商業施設に旧市民球場などが集まる賑やかなエリアです。

なぜ、こんな賑やかなエリアに集合住宅が建てられているのでしょうか。

広島市営基町高層アパート全景

広島市営基町高層アパート全景。画面右手 広島城、左手前 県立総合体育館、その奥が中央公園
(撮影:橋本健佑 協力:リーガロイヤルホテル広島 2017年)

基町は、「広島開基の地」とも言われ、広島城築城以来の歴史があります。明治期には広島城を司令部とした大規模な軍事施設が建ち並ぶエリアに変容しました。

1945年8月6日の原子爆弾投下によりほとんどの施設が倒壊した基町地区は、戦後の復興計画により公園用地と指定され、平和記念公園と対をなすように緑地や文化施設がつくられる予定でした。しかし、深刻な住宅不足を解消するために、同エリアに住宅営団・市・県によって木造の応急住宅が建てられます。

公的な応急住宅を建てても引揚者や疎開者が市内に帰って来たことにより、住宅は不足し続けました。土地を持たない人々は河川敷などに家を建て始めるようになり、基町の土手沿いは民間住宅(通称バラック)が密集する地区となりました。

1969年、住宅の密集による度重なる火災や住宅の老朽化を解消するため、広島市営基町高層アパート、及び隣接する広島県営長寿園高層アパートが10年かけて建てられました。最終的に中央公園が整備され、今の基町の姿が完成したのです。

1971年、高層アパート屋上

1971年、高層アパート屋上より。応急住宅がぎっしりと立ち並んでいる場所は、現在は緑溢れる中央公園
(提供:蒲池(高岡)和彦)

今、高層アパートの建設から50年近くが経とうとしています。
施設の老朽化とともに、少子高齢化、入居者の国籍の違いによる生活習慣等の相違が進み、町のにぎわいや活力の低下が課題となっています。

町に若者を呼び込むために発足した「基町プロジェクト」

2013年、広島市は住民とともに「基町住宅地区活性化計画」を策定します。計画のうちの1つに、アートによる町の魅力づくりも設定されました。「町のにぎわいづくりのために、シャッター街に絵を描いて欲しい」という声を受け広島市立大学教員が町を見学しました。

「シャッターに絵を描いて一時的なお祭りをしてにぎわうよりも、よりたくさんの人々が町を行き交うことのほうが、“にぎわい” を生むのでは?」と考え、「基町プロジェクト」及び、活動拠点「M98(えむきゅうじゅうはち)」が誕生しました。

以降、プロジェクトは、広島市立大学と広島市中区役所の協働で取り組んでいます。

市営”98”号店舗

「M98」は「Motomachi」の“M”に、活用する空き店舗が 市営”98”号店舗であることに由来しています

こうして始まった「基町プロジェクト」の取り組みは、広島市が設定した被爆70周年記念 まちづくり先導事業としても位置付けられています。

広島城築城以来の歴史や、デルタで形成された地理的な特徴が色濃く重なる都市広島の象徴的なエリアの一つである基町。このエリアを今後どのように更新し活性化していくかを示す事は、地域の活性化という枠を超えて、広島の復興と創造のメッセージを発信することにもつながると考えています。

地域をまなぶ。地域の魅力をつくる。地域の内外をつなぐ。

「基町プロジェクト」は、旗艦拠点M98を中心に、周辺の空き店舗をリノベーションした拠点を運用しています。3名のスタッフが日替わりで勤務しているM98は、水曜〜日曜の週5日オープンし、年間を通じて地域の歴史等の調査やデザインやアートの企画、地域交流などを行なっています。

取組内容は「まなぶ」「つくる」「つなぐ」の3つのテーマを軸としています。
住民を招いたトークイベント、食のイベント、建物見学会、写真展、学生展示やポップアップショップ、基町を紹介する資料室の開設など、取組内容は多岐にわたります。「まずはやってみよう」の精神を大切にし、スタッフも学生も、実験的に、様々な活動に挑戦してきました。

拠点の1つ <make>

拠点の1つ <make>。通行する誰もが、学生たちの制作過程を見ることができます。(2018年)

例えば、「まなぶ」においては、基町地区の建築的魅力を伝える見学会を、年に一度開催しています。見学会では、「広島復興の総仕上げ」とも言われる基町の歴史と地区内の建築的特徴を解説し、実際に住宅地区内を歩いて見学します。設計者である、大高正人(おおたか・まさと、1923-2010)*が当時目指した「現代社会における、住環境への問題解決の手本となるような町」をつくることを目の当たりにします。

戦後復興とともに建てられた基町アパートですが、復興を終え、発展した先の時代にも住み継げるよう考えられたからこそ、改修工事によって現在の暮らしに対応していけるのだと思います。

*大高正人・・・1959年に黒川紀章や菊竹清訓ら建築家・都市計画家及び、粟津潔や栄久庵憲司らデザイナー達が開始したメタボリズム運動の中心人物の一人

つぎに「つくる」の視点では、2019年に、広島市立大学院生が設計から施工までを担当し、スタッフや学生みんなで整備を行ない、新しいギャラリースペース「Unité(ユニテ)」が完成しました。展覧会開催や作品販売への挑戦、またそれらを含めたブランディング実験など、若者の創造的な活動と地域定着を後押しする拠点として運営しています。

学生によるジュエリー作品の展示販売

Unitéで開催した学生によるジュエリー作品の展示販売(2019年)/商店街の広場が会場の「基町写真展」。(2016年)

そして「つなぐ」。
2015年から継続している基町写真展は、基町の昔の様子が垣間見られる家族写真や学校行事などの記念写真、地域のお祭、何気ない日常風景の写真などで構成されています。来場者が昔の写真を見ながら、基町の昔を知り、未来を考える機会となることを期待しています。

これまで写真展を6年間開催し、写真や貴重な資料がたくさん集まってきました。「写真や資料を常時見たい」などのコメントをいただくようになったことから、2020年に、基町の地域と歴史、建築を紹介する小さな「基町資料室」をオープンしました。

新しい入居者が持ち込む新しい風

地域では、原爆死没者慰霊式典・盆踊り大会、基町地区敬老会、基町町民体育祭の三つの行事を「基町三大行事」と呼んでいます。高層アパート建設後、様々な背景を持つ人々が移り住むことで全く新しくなったコミュニティを1つにするために、それまで複数あった町内会をまとめ、みんなで行事を開催するようになったそうです。

一方で、地域行事を継続するには若い人手が必要です。
基町住宅地区の高齢化率は約47%と、市内でもかなりの高水準。市では、基町地区における少子高齢化に伴う地域コミュニティの活力低下などの諸課題に対応するため、市営基町アパートに住みながらコミュニティ活動に参加し、地区の活性化を支援する若年世帯・Uターン世帯・地域貢献世帯および学生の入居受け入れを進めています。

新しい入居者は行事参加等の地域貢献に加えて、それぞれの専門性や好きなことを活かして地域ににぎわいを生んでいる姿が印象的です。
ここからは、新たな活動の風をご紹介します。

挑戦を受け入れる風土

美術作家夫妻である水野さんは、2016年から現在まで、最も長く住んでいる入居者です。ギャラリー「オルタナティブスペースコア」を地区の商店街の中にオープンし、若い作家と地域住民との交流を生み出しています。

展覧会を開催していない時は、水野さんがギャラリー内で作品制作を行っていることもあり、通りを行き交う住民の方に声をかけられることがしばしばあるそうです。ある時、DJへスペースを貸し出して「ブロックパーティー」というイベントを定期開催すると、若い人だけでなく、地域の高齢者の方も参加し始めました。オープンな雰囲気を積極的につくっていくことで、これまでシャッターで閉じられていた空間を明るく活気あるものにしています。

バティック柄の布でマスク作り

オルタナティブスペースコア(2019年)/バティック柄の布でマスク作り(2020年)

もう一人の入居者、塚野さんはインドネシアの伝統的なろうけつ染めの布「バティック」の研究者です。夫婦とお子さんの3人家族で基町に住み、子育てをしながら地区内外でバティックの魅力を広める活動をしています。

元々は大学で多文化共生について学んでいたという塚野さんは、プロジェクトスタッフから基町のことを聞き、ご自身の研究が役に立つことがあるかもしれないと興味を持ったそうです。今後、生活の中で実践するアイデアを、プロジェクトとも一緒に出していけたら良いなと思います。

他にも、住民とのコミュニケーションや基町の生活を作品に発展させるアーティストや、多言語を話せる留学生といったユニークな背景を持つ方々が入居しています。

筆者自身も、基町プロジェクトのスタッフとして町に関わりながら「自分ならこの町で何をするだろう?」と考え、「まずはやってみよう」の精神で、2019年に実践してみました。

前述の活動拠点Unité(ユニテ)で、期間限定の古本屋「bookscape(ブックスケープ)」のポップアップショップを開いてみたのです。コミュニティスペースより利用者が限定されず、目的がなくても訪問できて誰でも好きなように過ごせる場所が、筆者にとって「本屋」でした。

ポップアップが終了した後も、不定期ながら地区内外で活動を継続しています。
「やってみようかな」「ここでなら、できるかもしれない」という気持ちが、基町にいると不思議と湧いてきたように思います。

それはアパート前史の応急住宅、民間住宅に暮らした人々の「自分でつくろう」「もっと住みやすくしよう」と生活を工夫した昔話を聞いた影響かもしれないし、基町プロジェクトの前向きな精神性が個人的な活動にも影響を与えたのかもしれません。

Unitéでの「bookscape」ポップアップ風景

Unitéでの「bookscape」ポップアップ風景(2020年)

「新しい町」ができて50年、復興と創造の町。

広島の復興を推進するための方便として、基町の土手沿いは当時の議員によって「原爆スラム」と呼ばれました。

けれど、地元住民の方々のお話を聞き、昔の写真を見せていただくと、そこにはスラムという言葉のイメージではなく、新しいコミュニティを創り暮らす人々のたくましさを感じます。

近年全国的に災害が増加している中、どのように失われた町を復興するかは大変重要なテーマです。あらゆる団地が抱える少子高齢化などの問題に加え、「復興」という文脈においても、基町が町のあり方を示す一つのヒントになるような気がします。

今年、高層アパート建設とともに設立した広島市立基町小学校も50周年を迎えます。基町プロジェクトでは、卒業生や家族の皆さんから思い出の写真を募集し、基町小50周年記念式典と基町写真展で展示します。(詳しくは基町プロジェクトHPをご覧ください。)

小学校の50歳のお祝いとともに、この町のストーリーとポテンシャルを、より多くの方に知っていただく機会になってほしいと思います。

文:増田純 写真:基町プロジェクト

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