ローカルニッポン

一流シェフに愛される小さくて強い農業のかたち

書き手:山村光春
福岡と東京の二拠点暮らし。「心とむ衣食住のカタチ、生き方や暮らし方を考え、整え、ちゃんと伝える」を旗印に、企業の広告、雑誌や書籍、ウェブなどメディアの編集、執筆を手がけています。また編集とライティングの教室「やさしい編集室」を主宰したり、リフレクロソジーのユニット「FOOTLIGHT&GO.」を組んだりと、本業以外でも活動中。著書に「眺めのいいカフェ」(アスペクト)など多数。

九州は福岡県の中心地から車で30分ながら、ハッとするほど豊かな海と山と土に恵まれた半島、福岡県糸島市。ここで「野菜や トラキ」を営む山本誠さん、和佳さんご夫妻。就農したのは7年前にもかかわらず、今や名だたるシェフたちからの注文が続出。ついには近くにお店を構えるレストランができるほど。そこまで信頼を寄せられる理由を確かめたくて、GWのあと、野菜が出そろったタイミングで畑にうかがいました。

一流シェフからのあいつぐラブコール

ある年の冬の日。とあるレストランのシェフ率いる御一行が「野菜や トラキ」のもとを訪れました。山本さん夫婦はその実、彼らの顔も名前も知りません。ただ野菜のことを聞かれるがまま話すうち意気投合、取引が始まりました。

それからです。やがて和佳さんが彼らを知るにつれ、みるみる目が丸くなっていったといいます。「世界から選ばれた1000のレストランの中で1位をとった方らしくて……ってことは、えっ、世界一!?」

実はその店の代表が、伝説のフレンチシェフで知られるジョエル・ロブションの愛弟子、須賀洋介シェフだったのです。

それだけではありません。就農した頃から信頼関係を育んでいた「ホテルマリノアリゾート福岡」元総料理長、日下部シェフは、自身のお店「テロワール」を「トラキさんがあるから」という理由で、わざわざ街から離れた畑の近くに構えたといいます。

こんなふうに、一流シェフからの熱いまなざしを受けているのにもかかわらず、当の誠さんはいたって飄々とした口ぶりで「まー、運がいいんですよ」と、まるでアイドルの常套句のようなコメント。いったい、どうして?山本さんご夫妻との楽しい会話にぐいぐい引き寄せられるように、その謎もまた、ぐんぐん解き明かされていくのでした。

行き着いたのは整理収納ならぬ、整理“就農”!?

誠さん

話しながらも畑の整えに余念がない誠さん

「ニンジンの葉っぱがきれいに並んでるの見ていたら、気持ちいい。眺めときたい〜、収穫するのもったいない〜って思います」と言いながら、片方の口の端を上げ、ぼくとつとした笑みをたたえる誠さん。

「100人農家さんがいたら、100通りの畑がある。畑を見たら、その農家さんの性格とか気質が分かる」と言う言葉にあてはめるなら、この畑は、几帳面できれい好きな誠さんの性格が見てとれます。

和佳さん:
「そう、几帳面なんです。畑もピシーッと入ります、まっすぐね。あと通るところにシートを張ったり」

誠さん:
「畑に草生えるのはいいんですよ。ただ足もとに大きい草とかあると、引っかかったりするからですね。あと収穫して、パッと軽トラに載せられるとか」

「動線に余計なものは置かない」。まるで整理収納のプロの話を聞いているようです。それを伝えると、和佳さんは我が得たり!と笑います。

和佳さん:
「道具もそう。すごい大事に使って、きれいに洗って、ちゃんと戻すんですよ」

道具類も洗って戻した状態

道具類も洗って戻す、が当たり前

すべては自分がストレスなく、気持ちよくあるために。それは結果として、作る野菜のおいしさにも、つながっている気がします。

「自分でせな気が済まん精神」がもたらしたこと

農業を始める前、40歳まで造園会社で設計の仕事をしていた誠さん。組織で仕事をする上では、歯がゆい思いを抱えることも多かったよう。だからこそ。就農時に決めたのは「自分で1から10までやろう」ということ。他人や組織に振り回されず、単なるお金稼ぎでもなく、好きなものを、気持ちよく作って、自信を持って売る。そこは決して、諦めないでおこうと。

誠さん:
「だから僕は、サラリーマンやっても出世はできないんです。自分でせな気が済まんから(笑)」

そんな誠さんの「自分でせな気が済まん」精神が、やがて自然に、有機・無農薬の栽培へと導きました。

誠さん:
「そのほうが、目が行き届くからです。僕は1から10まで見たいタイプだから、農薬使わないとなると、やっぱり毎朝、ちゃんと見らんいといけん。でも別に面倒だと思ってないですから。それが、たまたま付加価値になってるだけで。有機だからっていいのができるわけじゃないし、線引きはしたくない。無農薬だから安心、という売り方もしたくない。そこじゃないですからね、実際」

幸いにも「野菜や トラキ」のお客さんのほとんどは「有機だから」「無農薬だから」という売り文句にたよらずしても、「トラキさんだから」と、ちゃんと分かって、信じて、買っている。そんな気持ちのいい“作り手” と “食べ手” にとっての理想とも言える関係が結ばれているのは、“売り手”である、和佳さんの力が大きいようです。

「場」を持つことで広がる農業の可能性

畑で収穫された野菜たちは、カゴごと軽トラに乗せられ、ほど近くにある「トラキルート」まで運ばれます。

「わっ!ご立派!」と思わず口に出してしまうほど、それはそれは大きな建物でした。お店というほど整いすぎた感じはないけれど、作業場というには、あまりにもセンスがよすぎる。あまり見たことのない存在感を醸しています。

こちらの感動をよそに、ふたりはとっとと作業へと移っていました。「このために作った」というふたつの巨大なシンクいっぱいに水をため、次々と野菜たちを入れます。あたかも赤ちゃんを沐浴させるように、ていねい〜に、ぷかぷか〜と。

採れた野菜はていねいに水に浸し、洗う

採れた野菜はていねいに水に浸し、洗う

まさに、ここに建てるにあたって誠さんがこだわったのは、作業効率をよくするためのあれこれ。センチ単位で細かく指示をしたそうです。

そうしてシャキシャキでピカピカの野菜ができあがると、いよいよ和佳さんの出番。いろいろな野菜を少しずつより分けて、ひとつの袋に入れていきます。

いろんな野菜を少しずつ入れてセットに

いろんな野菜を少しずつ入れてセットに

和佳さん:
「最初は、単品で売っていたんです。するとお客さんから『これもいい』『あれも食べたい』っていう声を聞くようになって。そこでいろんな野菜をひとつの袋に入れてミックスにしたらすごく売れて。みんな大好きミックス!」

トラキの農法は少量多品種なので、ミックスはそもそも理にかなったものでした。また葉野菜などで一部だめになったところもバラして売ることで救済もでき、まさに食品ロスならぬ“畑ロス” をなくすことにもつながります。実は、和佳さんはかつて化粧品の販売員として活躍していた経歴の持ち主。こうした一石三鳥のアイデアはその頃の手腕が生かされているのかもしれません。

和佳さん:
「農家さんって自分でやっていると、なかなか売るところまでは手が回らないですよね。JAに託すだけになる。でもうちは主人が作って、私は売る。完全に分業制です。だから私は直接、お客さんに合わせた売り方ができるんです」

それは「トラキルート」を作った理由にもつながります。

和佳さん:
「スーパーや直売所で並んでいる野菜って、名前は書いてあっても、畑の事情もわからないし、どういった思いで野菜づくりをしているかもわからないですよね。だからうちは、過程を感じて欲しいんです」

そこで自らが旗振り役となり「トラキルート」にて、月2回の野菜市を開催。和佳さんいわく「すごい頑張ってる」農家仲間さんといっしょに、対面販売しています。こうした取り組みをつづけることで願うのは、みんなの「食べものに対する意識を変えたい」という思い。

シェフや料理家を呼んでのイベントも

シェフや料理家を呼んでのイベントも

和佳さん:
「もともと私は農業の知識がなかったけど、携わることで、ここまで大変なんだと知って。だからこそ、それを伝えていく価値はあるなぁと」

感心しきりなのは、ここまでの規模のことを、小さな農家がやっているということ。

和佳さん:
「まぁ、自分たちの気持ちですよ。ここは発信の場だけど、作業場でもありますから。もとは古い納屋のすみっこでやっていたんで。今は効率も上がって、モチベーションにもなるし、励みにもなりますから」

直に届け、声を聞いて、次につなげる。

そう!大切なポイントと言えるのは、この「励みになる」。自分たちで作ったものを、自分たちで売る。直に届け、声を聞くことで、次につなげる。作業を終え、ふらっと戻ってきた誠さんにも聞いてみました。

誠さん:
「そうですね。作るもんは自分の感覚でやっていますけど、直接(反応が)来るからですね。シェフとかから『あれよかったよ〜」と聞くと、あぁ間違ってなかったんだって判断する」

そういう意味では、ちゃんとまわりに感度の高い人たちがいることも、大きなアドバンテージに。やはりそれは、食文化がたくましく育っている福岡、だからこそ?

山本誠さん(写真右)、和佳さん

山本誠さん(写真右)、和佳さん

誠さん:
「多いですね、志がある方が。とくに福岡は多いんじゃないですか。糸島がここまでブランドになっているのは、山があって海もあって、とか環境もありますけど、やっぱり人ですよ。いい人がいい人を呼んで、集まって、広がっていったんでしょうね」

ここでふと、畑で誠さんがつぶやいた言葉が脳裏に蘇ります。

誠さん:
「うちは40でね、畑をしようってなったけど。世の中の人でなかなか、やりたいこと、違うことするってなっても、諦める人が多いでしょ。ただ最初から大きくしようとせずに、小さくても強いのをね」

小さくても強い?

誠さん:
「そう、小さくてもいいから、強い。ぜんぶ見られる範囲でですね、大きくしようとしないから、ストレスがない。いいもの作れる。直にできる。やっぱり、それが一番ですよ」

糸島という、恵まれた土地であるだけでなく。持ち前の几帳面さが、野菜作りに適していたこと。ご夫婦ともに勤めていた頃の経験が生かされたこと。そして、自分たちの身の丈に合った“生き方”としての農業を選んだこと。こうしたいろんな理由があいまって、冒頭の「運のよさ」につながっているのかもしれません。

文・写真:山村光春

リンク:
「野菜や トラキ」Instagram