ローカルニッポン

繋がる小さな経済循環 1 ―まちづくりを考える「中高年たち」が始めたこと―

書き手:ミモデザイン
デザイン関連と写真関連、取材活動を行っている。
新井宿駅と地域まちづくり協議会会員。会のサイト運営者。

東京のすぐ隣、埼玉県川口市。最近では「本当に住みやすい街大賞」の連続1位に選ばれた、交通アクセスの良い暮らしやすい街として注目されている人口約60万人の中核市です。かつては鋳物産業がさかんな「ものづくり」の街として、現在は「埼玉都民」と呼ばれる新しい住民と外国人が増え続け、多様性豊かな東京のベッドタウンとして位置しています。そんな「ほぼ東京」の川口の環境は日々変化が続いています。

その中にある、まだ緑が多く残されている新井宿周辺地域をご存じでしょうか。
「新井宿駅と地域まちづくり協議会」のまちづくり活動の拠点となっているエリアであり、まちづくり活動をコツコツと地道に続けている人たちが暮らしている地域です。

今回は、まちづくり協議会メンバーへ伺いながら「新井宿駅と地域まちづくり協議会」の「まちづくり」の今までと今とこれからをご紹介します。

何にも無かったこの地域での再発見

鉄道とは無縁だったこの地域に埼玉高速鉄道の「新井宿駅」が登場したのが20年前。当時は、“な~んにも無い” とイメージされている場所でした。実際はどうだったのでしょうか。

「新井宿駅と地域まちづくり協議会」副会長であり、新井宿で代々続く都市農家でもある伊藤勝博さんに伺いました。

伊藤さん:
「昔この地域は山や坂ばかり。道も暗く狭いところが多くあったよね。お化けが出そうな藪が結構あって嫌だったな。野ウサギやヘビにもしょっちゅう会って。地域にはお寺や神社、そして古い風習ばかり。沢山の鳥や虫だらけ・・毎日の暮らしに辟易としていましたよね」

「新井宿駅」の誕生とともに地域には家、店、施設などあっという間に増え、新しい住民もたくさん増え、街並みはどんどん変貌しました。
しかし風景は新しくなりましたが、この地域に古くから伝わる文化や歴史はこのまま埋もれてしまってよいのだろうか、なんとなく生活するだけの別の意味での何も無い地域にしてしまってよいのだろうか。そんなモヤモヤした思いが、昔から暮らす人たちの心に引っかかっていました。

「地域の特長は探せばあるはず、もっと知ってもらった方が10年後、20年後、そしてもっと未来の地域の人たちの役に立つのではないか」という古くから暮らす人たちの共通の思いもあり、地域の特長を改めて見直し、皆で意見を出し合いました。

新井宿駅と地域まちづくり協議会主要メンバーのみなさん

新井宿駅と地域まちづくり協議会主要メンバーのみなさん

古くからこの地に暮らす人たちだからこそ未来に伝えたい、少しずつでも出来る事から行動してみようと決め「まちづくり」のチームを晴れて結成。地域住民が主体の「新井宿駅と地域まちづくり協議会」が発足しました。「新井駅と地域まちづくり協議会」会長であり、木風堂堂主である鈴木常久さんは言います。

鈴木さん:
「まちづくりをテーマとしてこの地域の特長を伝えること。そして新しい人たちと協力し合い一緒に地域の魅力をつくっていくこと。題材はこの地域に沢山あると想っていました」

そんな、何にもないと思っていた新井宿駅周辺には、実は伝えたい「緑、文化、歴史」といった特長がいくつも存在していることを改めて認識。パソコンもSNSも使わない「平均年齢60才」の中高年の人たちが、アナログ(言葉)で繋がる「まちづくり活動」をスタートさせることになったのです。

古くから伝わる地域の緑・文化・歴史の漠然を見える化に

取り組みとしては川口グリーンセンター、見沼代用水ヘルシーロード、赤山城跡、伊奈家の歴史、赤山渋、赤山花卉、安行植木、小品盆栽など「緑と文化と歴史」をテーマとした地域に根差した企画を立てること、それと並行にイベントにも挑戦していくことにしました。

左:昔は農業用水路だった見沼代用水緑のヘルシーロード/右:憩いの場川口市立グリーンセンター

左:昔は農業用水路だった見沼代用水緑のヘルシーロード/右:憩いの場川口市立グリーンセンター

定期的なイベント開催は2011年からスタート。まちづくりメンバーの声掛けで地域のお店の人たちや若い人たちと協力し、新井宿駅の周辺は老若男女、沢山の人たちで賑わう活気のあるイベントとなりました。地元特産品や地域色豊かなワークショップ、赤山城跡の歴史を展示、ブース内で大きく地域の特長を紹介しました。より身近に感じてもらうように資料や散策マップも用意しました。

このように地域の人が、地域特色について伝え続けていくこと、その発表の場を設けることが多くの人の関心を呼び、街の活性化に繋がる取り組みだと実感しました。

一方、この地区は調整区域もあり農家の人たちが多いのも特徴です。都市農家と呼ばれる、代々この地で農業を営んでいる地域の物知りの人たちです。
地元農家のメンバーは季節の野菜や野菜苗、花苗を直売しています。旬の野菜はいつも好評ですぐに売り切れになってしまいます。

伊藤さん:
「イベントで直売しているとお客さんの生の声が聞こえてきます。『新鮮』『美味しい』『どこで売っていますか』と。なす、キュウリ、イモ・・いろいろな野菜を今まで作り続けてきたけど、自分たちが一番美味しさに気づいてなかったんだよね」

と新しい人たちの声に嬉しさと自信をもらっているそうです。試行錯誤のイベントは生産者と消費者の両方が元気になれることを実現することができました。

地元農家からの採れたて野菜はあっという間に売り切れに

地元農家からの採れたて野菜はあっという間に売り切れに

もう一つの取り組みとして地元農家では野菜の収穫体験にトライしました。季節と生育の関係でスムースに開催することは難しいのですが、毎年親子づれの参加人数が増え、人気の定番のイベントになっています。

江原さん(新井宿駅と地域まちづくり協議会農家部・新井宿で代々続く都市農家):
「子どもたちは直接土にふれるのが楽しいみたいですね。更に掘ったところからジャガイモが出てくるというのが非日常的で面白いそうですよ。食農教育の一環として続けていきたいです」

収穫体験はもちろん「新井宿駅と地域まちづくり協議会」のメンバーもお手伝い。親子で体験を楽しむ姿を見て「開催してよかった」と思うそうです。

土とふれあえる畑の周辺は民家が立ち並ぶ

土とふれあえる畑の周辺は民家が立ち並ぶ

また、緑が多く残るこの地区らしく安行(あんぎょう)の植木や盆栽文化も健在です。
手のひらサイズの小品盆栽を知っていますか。初めての方でも馴染みやすい可愛らしい盆栽です。
ワークショップでは若い人たちが興味深く盆栽を扱っていたのが印象的でした。

こうやって小さな規模から始めた地域のイベントは、地域住民の協力も得て毎年規模が大きくなり、参加人数、来場者数ともに増え、成長を続けています。
協議会の会員も新しい住民が年々増え、毎年開催しているイベントの中心的な役割を担っています。

集まって、相談して、手書きで始まったアナログな繋がりですが、着々と地域に根差したまちづくり活動団体として皆様に知ってもらえる存在となりました。

もっと若い人たちと更に親しみやすく

最近では都市農家の利便性を活かし、柑橘類などの収穫を若い人たちが自ら行い、クラフトビールの材料にする新しい取り組みも始めています。収穫は一緒に、もちろん手作業で実行し、若い人たちが地域の特長にコラボレーション出来るようにオープンな繋がりを育てています。
そして新企画へのチャレンジに協力し、みんなで笑顔になれるような場を増やしていきたいと計画中です。

畑の後ろに外環自動車道がある都市農家らしい風景

畑の後ろに外環自動車道がある都市農家らしい風景

新井宿駅と地域まちづくり協議会は文化活動にも積極的にトライし続けています。10年前から取り組んできた「赤山渋」の復元は、その活動の発表という機会に恵まれ、地域の新しい顔、赤山歴史自然公園(イイナパーク川口)の歴史自然資料館で展示が行われました。赤山渋とはこの地域に昔から伝わる渋柿の渋から作った染料のことです。協議会の事務局長田舛さんの想いのこもった言葉が印象的でした。

田舛さん:
「新井宿駅と地域まちづくり協議会が10年かけてトライしてきた活動です。貴重な地域の文化ですので大勢の皆様に関心を持っていただけたらと思います。歴史的背景も踏まえながら解かりやすく説明していますので展示会は気軽にご来場ください」

長い間の経験は今、新井宿駅と地域まちづくり協議会の一つ一つのテーマとして発表できる段階になりました。その実績を難しくなく伝えること、多くの人に地域文化に親しみを持ってもらうことを目標に活動を続けていきたいと思っています。

この地域の最大の特長、歴史。新井宿駅と地域まちづくり協議会のテーマとして、江戸時代、関東郡代伊奈氏の拠点となった城跡である赤山城跡の歴史についても長い間検証を続けています。

大戸さん(新井宿駅と地域まちづくり協議会 歴史部部長):
「赤山城跡はお城こそ残っていませんが、大変奥が深い歴史の宝庫です。伊奈氏の業績もさることながら、徳川幕府とのかかわりも含めて重要な歴史の一部です。ぜひ多くの方々に知ってもらいたい、地域の人に興味を持っていただけたら嬉しいです」

身近な場所に歴史エリアがあるのはとても価値があります。伊奈氏を巡る散策をしてみてはいかがでしょうか。歴史部では歴史バスツアーの開催や若い人たちとコミュニケーションする歴史講座で歴史の面白さを伝えています。

鈴木さん:
「10年たってやっとまちづくりの基礎ができた感じです。これからはこの基礎を応用していくこと。地域のテーマに沿った様々なステージを実現できればよりいっそう『まちづくり』は成長できると信じています。
この地域に存在する緑、文化、歴史を親しみやすく次世代に繋げていくこと。地道にコツコツですが、私たちの『まちづくり』は進化し続けています」

イイナパーク川口でのイベント(2019)

イイナパーク川口でのイベント(2019)

そして、今年2021年10月、イイナパーク川口でイベントを開催します。音楽やクラフトビール、地域の特色を盛り込んだ内容を予定。この地域の魅力を多くの人に知ってもらう機会になってほしいと思っています。ぜひ、お気軽にお越しください。

次回は川口の4つの醸造所から「クラフトビール奮闘記」をお送りします。

文・写真:ミモデザイン

リンク:
新井宿駅と地域まちづくり協議会HP