好きが循環する。岡崎カメラと新しい観光の形 前編
ライター。宮城県石巻市出身。大学で京都へ、就職で東京へ、そして結婚を機に愛知県岡崎市へ移住。雑誌、WEB、行政や企業の広報物などで幅広く取材執筆中。無印良品の家に住んでいます。
愛知県のほぼ真ん中に位置する岡崎市。ここで、岡崎のまちの魅力を発信している「岡崎カメラ」というチームがあります。活動内容は、カメラを片手にまちの人と交流し、暮らしの様子を写真を通して伝えること。SNSでの発信に加えて、全国誌の連載や名古屋での写真展の開催など、活動の場が広がっています。
本記事では、そんな岡崎カメラの活動を前後編に分けてご紹介。前編では、これまでの歩みや思いについて、メンバーのみなさんにお話を伺います。後編では、そんな活動を通して見えてきた、新しい観光のスタイルを探っていきます。
まちを元気にする「ローカルフォト」の手法
岡崎カメラのはじまりは、2018年と2019年に岡崎市が地元の魅力を再発見し発信する目的で開催した「岡崎カメラがっこう」というシティープロモーション講座でした。これはいわゆるカメラの使い方や写真の撮り方を学ぶ教室ではなく、写真家のMOTOKOさんが全国各地で展開している「ローカルフォト」という手法に基づいたものです。
【ローカルフォトとは】
“写真でまちを元気にする”をコンセプトに、その地域の人々の暮らしに焦点を当てて撮影し、発信する手法。広告で使われるようなパブリックな写真ではなく、家族写真のようなプライベートな写真でもない、そのちょうど中間に位置する、“地域の人と人をつなぐ写真”と定義されています。
この取り組みに共感し、そして「岡崎が好きでたまらない」「もっと岡崎のことが知りたい」「地域や社会とつながりたい」「仲間とまちを歩くのが楽しい」…そんな思いを持ったメンバーが、講座が終了した2020年以降、自主的に活動をスタートさせました。
活動の主軸は、カメラを持ってのまちあるき
取材当日、メンバーが普段行っている”まちあるき”に同行させてもらいました。この日はまず、岡崎市を代表する朝市「二七市(ふないち)」をぶらり。そして、岡崎最古かつ個性派コンビニエンスストア「タックメイト センガ」やアパレルセレクトショップ「アバンダンティズム」などを巡りました。どの場所もすっかり顔なじみという雰囲気で、まちの人たちと和気あいあいと話す姿が印象的でした。
カメラを持って仲間とまちを歩くことで、今まで知らなかった景色やお店、人に出会えます。そして、普段なんとなく通り過ぎていた場所の、新たな魅力にも気づくことができるそうです。
山崎翔子さん:
「何度も足を運ぶことで、だんだんお店の人と顔見知りになっていって、まちの人たちが仲間や友だちのような感じがしてきます。そうすると、まちへの愛着がどんどん湧いてくるんです」
鈴木雄介さん:
「僕は岡崎市の隣の蒲郡市民で、実は岡崎のことを大型ショッピングモールしか知りませんでした。でも、この活動を通して、たくさんの素敵な人やお店に出会えました」
純粋な「好き」という気持ちが反響を呼ぶ
メンバープロデュースによる“まちあるきガイドツアー”も実施しました。このツアーの特徴は、いわゆる有名な観光スポットを巡るコースではなく、企画者の趣味嗜好を詰め込んだ極めて個人的なプランだということ。
中田麻友さん:
「私が企画したのは、お気に入りの洋菓子店や和菓子店でおやつを買って、地元の公園でピクニックをしよう、というもの。途中で私の好きな小道を通るなど、目的地までの道中も盛り上がりました。自分にとっては見慣れた風景も、他のメンバーの視点が加わることで、新しい発見がありました」
大嶽竜太さん:
「僕は『モノづくりに関わるアーティストに会いに行こう!』というテーマで、器のセレクトショップや画廊、老舗のお菓子屋さんなどを巡り、いろいろなお話を聞かせてもらいました。…実は、『奥さんへのプレゼントを買いに行く旅』という裏テーマがあります(笑)」
上記の開催時にはコロナ禍で一般の参加者を募ることは叶わなかったものの、メンバーだけでツアーを敢行し、その様子をブログに公開しました。すると、その記事を読んだ人から「岡崎に行ってみたくなった」「今度案内してよ!」など、うれしい反響があったそうです。
記事を投稿したときには「たくさんの人に見てもらおう」と意気込んでいたわけではないという中田さん。それでも、「自分が好きだという純粋な気持ちで書いたものが、こんなに共感してもらえるんだなと実感しました」と話してくれました。このように、岡崎カメラの活動は、メンバーそれぞれの“好き”や“楽しい”という気持ちが、1番の原動力になっています。
写真は相手にすばらしさを伝えるツール
岡崎カメラが取り組むローカルフォトでは、そのまちで暮らす人に焦点を当てること、そしてまちの人とのコミュニケーションをとても大切にしています。時には、撮影させてもらった写真をプリントして渡すこともあるそうです。
御園まりんさん:
「53年間営業し、今年閉店した『キッチンこも』という老舗の洋食店があったのですが、お店の方が普段接客している様子をメンバーが撮影していて、閉店前に写真をプリントして持っていきました。お渡しすると『こんな写真を撮ってもらったことはないから、すごくうれしい。腰が曲がっているけど、これはがんばってきた証だよね』と、涙を流してくださって。
53年間、ずっとお店を続けてきたのは本当にすごいこと。写真は、それを視覚化することで、相手にその価値、すばらしさを伝えるためのツールとして使えるのだと、この活動を通して学びました」
このようにカメラを通してまちを見つめる中で、惜しまれながら閉店してしまうお店や、取り壊しになるビルなど、移り変わっていく姿も目に止まるようになりました。そうしてだんだんと、シャッターを切る瞬間に「この暮らしが続いてほしい」というような、未来への願いを込めるようになったとメンバーは語ります。
ローカルフォトの生みの親で、岡崎カメラがっこうの講師である写真家のMOTOKOさんは、これを「三歩先の未来を写す」という言葉で表現しています。未来をイメージしながら写真を撮ることで、そこから反響や感動が生まれ、人を動かし、理想の未来に近づいていくー。ローカルフォトには、そんな力があるのです。
全国誌の連載や写真展など、広がる活躍の場
2020年の1年間は、MOTOKOさんからの縁で、身近な旅をテーマにした情報誌「オズマガジン」での隔月連載を担当しました。連載のタイトルは「暮らし観光郵便局」。”観光”という言葉が入っていますが、いわゆる観光ガイドブックに掲載されるような風光明美な景色でも、有名スポットの紹介でもありません。岡崎で暮らす人たちの目線で旅をしてもらえるような、読者へ向けた手紙を出すようなイメージで記事を作成しました。
飯田倫子さん:
「岡崎カメラのメンバーは職業も年代もばらばらで、写真や文章は素人。ですが、たくさんの方のサポートを受けながら取材や撮影に奔走しました。全国誌で連載することで、私たちの写真は外部の人には撮れない、『住んでいるからこそ撮れるもの』という実感が湧きました」
2021年10月には、名古屋の名鉄百貨店メンズ館6階にある無印良品のイベントスペース「Open MUJI」で写真展を開催。「暮らしを観光する」というタイトルのもと、メンバー18名による35作品を展示しました。「人も含めた日常の、私たちが愛おしいと感じた風景を旅してもらえるような展示を目指しました」と山崎さん。
写真展は大盛況で、老若男女さまざまな世代の人たちが足を止め、写真の前で語り合う様子が見られたと無印良品の担当者が教えてくれました。名古屋エリアに向けて、岡崎の隠れた魅力をPRする場になったのはもちろん、岡崎からもたくさんの人が足を運び、地元愛がより深まる写真展になりました。
全国に広がる「ローカルフォト」の取り組み
前述の通り、写真家のMOTOKOさんが推進するローカルフォトの取り組みは、岡崎市だけでなく全国のさまざまな地域で行われています。写真展の開催時は、緊急事態宣言が解除され、他県への移動も可能になっていた時期ということもあり、そんなローカルフォトの仲間たちが写真展に訪れてくれました。
飯田倫子さん:
「岡崎カメラと同じような活動をしている方々が、遠方からわざわざ足を運んでくださって、まるで自分たちの展示のようにこの写真展を楽しんでくれました。全国各地に、同じ思いを持ったローカルフォトの仲間がいる。そんな横のつながりが感じられる機会になりました」
岡崎の暮らしの楽しさを発信することで、「岡崎って面白そう」と、市外から訪れる人が増えているそうです。このような、写真展のテーマでもある「暮らしを観光する」という新しい旅のスタイルが、いま注目されています。
そこで後編では、「岡崎カメラ」の活動拠点になっているホテル、アングルを紹介するとともに、ローカルフォトから発展した新しい地域の楽しみ方を探っていきます。
文:前田智恵美
写真:前田智恵美、岡崎カメラ
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