ローカルニッポン

好きが循環する。岡崎カメラと新しい観光の形 後編

書き手:前田智恵美
ライター。宮城県石巻市出身。大学で京都へ、就職で東京へ、そして結婚を機に愛知県岡崎市へ移住。雑誌、WEB、行政や企業の広報物などで幅広く取材執筆中。無印良品の家に住んでいます。

愛知県のほぼ真ん中に位置する岡崎市。ここで、岡崎のまちの魅力を発信している「岡崎カメラ」というチームがあります。活動内容は、カメラを片手にまちの人と交流し、暮らしの様子を写真を通して伝えること。SNSでの発信に加えて、全国誌での連載や名古屋での写真展の開催など、活動の場が広がっています。

本記事では、そんな岡崎カメラの活動を前後編に分けてご紹介。前編ではこれまでの歩みや思いについて、メンバーのみなさんに話を聞きました。後編では、活動拠点であるホテル「Okazaki Micro Hotel ANGLE(オカザキ マイクロホテル アングル、以下アングル)」のこと、そして活動を通して見えてきた「暮らし観光」という新しい旅のスタイルを探ります。

岡崎カメラメンバーで、「アングル」スタッフの山崎翔子さん(左)、飯田倫子さん(右)

岡崎カメラメンバーで、「アングル」スタッフの山崎翔子さん(左)、飯田倫子さん(右)

岡崎カメラの拠点、元写真屋の小さなホテル

まずは岡崎市について、改めてご紹介します。名古屋までは、電車で約30分。人口は約38万人(2021年11月現在)で、県内では名古屋市、豊田市に次いで3番目に人口が多い市です。都心でも田舎でもないこのまちは、生活環境の整ったベッドタウンとして人気があります。

徳川家康が生まれた岡崎城とその城下町があり、100年以上続く企業や商店が多いのも特徴です。2015年からは市を挙げて、高齢化しつつあった中心市街地の再整備に注力。公共空間のリニューアルやリノベーションまちづくり事業が奏功し、新しいお店も増えてきました。

そんな流れを受けて、2020年6月に全6室の小さなホテル、「アングル」が誕生しました。元は市内で一番古いカメラ屋さんをリノベーションした、カメラと縁深いこの場所。1階にはセレクトショップとカフェがあり、地域とつながるパブリックスペースとして、展示会やイベントなども開催しています。

左/アングル外観 右/2020年にアングルで開催した岡崎カメラ「暮らし感光写真展」

左/アングル外観 右/2020年にアングルで開催した岡崎カメラ「暮らし感光写真展」

私が好きな岡崎のまち

アングルでは「暮らし観光」という、地域の日常的な暮らしを楽しむ観光のスタイルを掲げています。岡崎カメラのメンバーである山崎翔子さんは、このホテルの立ち上げスタッフの1人。

東京出身で、結婚を機に2015年から岡崎市に住みはじめた彼女は、友人であり同じく岡崎カメラで活動する飯田倫子さんと岡崎のまち歩きマップを自費発行するほど岡崎のまちが好きだったそうです。

山崎翔子さん:
「岡崎の観光というと、よくイメージされるのは徳川家康、岡崎城、八丁味噌。そして春の桜、夏の花火、額田地域の自然など。それはそれで岡崎のいいところなのですが、私が個人的に好きな岡崎は、たとえば老舗の中華料理屋さんや、地元の人たちが集う洋食屋さん、こだわりの強いカフェ…、そして、そこにいる人たちなんです」

そんな“山崎さんが好きな岡崎”を、他県から遊びに来た友人に案内すると「岡崎ってすごく面白いまちだね!」と感動してくれるそう。いわゆる一般的な観光資源ではないそれらの、一体何が訪れた人々を魅了するのでしょうか。

山崎翔子さん:
「まちの人に愛されているお店には、その背景に歴史や思い、物語が積み重なっています。いい意味でクセがあるというか、替えのきかない、唯一無二のもの。ドアを開けるまで何が出るかわからない、ドキドキ感もありますが…。お店の人とのコミュニケーションも含めて、その空間全体を感じて味わえる場所だと思うんです」

地元民に愛される、家族二世代で営む洋食屋「菊や」

地元民に愛される、家族二世代で営む洋食屋「菊や」

ガイドブックに載らない魅力を、丁寧に発信

これまで岡崎市への観光客は、そのほとんどが愛知県内から、そして日帰り客が90%以上を占めており、他県から宿泊で訪れる人は多くありませんでした。一見不利に思えるホテルの立ち上げですが、「私たちが大好きなお店や場所を、自分たちの視点で丁寧に紹介すれば、きっと岡崎に人が訪れてくれる」-そんな自信があったと山崎さんは言います。これが、「暮らし観光」という旅の提案につながりました。

しかし、ローカルなお店はガイドブックやインターネットには載っておらず、外からは分かりづらい状況。どのように伝えたらいいんだろうー。

そこで、まずアングルのホームページ内で「暮らし感光案内」というコラムの連載をスタートしました。地元民に愛されているスポットを、美しい写真と独自の文章で紹介しています。これは、山崎さんが過去に作成したまち歩きマップや、岡崎カメラの活動とも通じる内容でした。

連載中のコラム。見る観光ではなく、五感で感じる「感光」がアングルのテーマ

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山崎翔子さん:
「コラムは、まちの人からの反応もとても良かったです。私たちがやろうとしていることも応援してくれて。コラムはvol.13までアップしましたが、まだまだ紹介したいスポットがたくさんあります。

ホームページを稼働させてまちの情報をまとめたり、SNSで発信することによって、外から見た人にとっても岡崎のまちが魅力的に映ることにも気づきました」

人の営みが続いているからこそ、まちがある

自分が感じている“好き”を、誰かに伝えたいと思い活動してきた山崎さん。岡崎カメラで実践している“地域で暮らす人に焦点を当て、好きだと感じる風景を発信する”というローカルフォトの手法は、まさに自分のやってきたこと、そして、やりたいことと同じ方向性だったそうです。

山崎翔子さん:
「今までいろいろなまちづくり事業を見てきて、まちづくりって何だろう、と考えてきました。行政が手がける事業で、新しいものを作ることにはもちろん価値があると思います。私が岡崎に住み始めたころから比べても、公園や橋ができたり、新しいお店がオープンしたりと、少しずつ街並みが変わってきました。それでたくさんの人が動くし、私も楽しい。

一方で、大好きな建物が老朽化で取り壊しになったり、入ってみたいと思っていた文房具屋さんがいつのまにか廃業したりしていたこともあります。

実は、『続けているもの』にリスペクトを送るようなまちづくりの事業は、あまり多くないんですよね。何十年も続いているって、すごいこと。残っている、続けている、もしかするとなくなりそうなものにも目を向ける-。そんな眼差しが岡崎カメラにはあって、この活動の一番素敵なところだと思います。

まずは人の営みがあって、それが積み重なっているのがまち。私は、そんなこのまちが好きなんです」

名鉄東岡崎駅で63年間営業し、2021年5月に閉店した「岡ビル百貨店」で

名鉄東岡崎駅で63年間営業し、2021年5月に閉店した「岡ビル百貨店」で

同時多発的に広がる「暮らし観光」

アングルの掲げる「暮らし観光」という言葉は、ローカルフォトと同じく写真家のMOTOKOさんが発案した造語です。このような地域に根付いた暮らしを観光する旅のスタイルは、岡崎市だけでなく、佐賀県の嬉野温泉や神奈川県真鶴町、滋賀県長浜市など、全国のさまざまな地域で同時多発的に始まっているのだそう。

山崎翔子さん:
「今までは、例えると“あまり有名じゃないインディーズバンドを応援する”みたいな気持ちだったんです(笑)。でも、私たちのような2~30代の人たちが、同じように地域にある昔ながらのお店などをすごく面白いと思っている現状を、MOTOKOさんを通じて知りました。これは大きな発見だし、共感してくれる人がたくさんいることで、『目指す方向性は間違っていない』という励みになります」

しかしなぜ今、若い世代の間でこのような価値観が生まれているのでしょうか。

山崎翔子さん:
「例えば写真を撮るのも、スマートフォンでもきれいに撮れるのに、逆にフィルムカメラが流行っていますよね。今はものすごいスピードでいろいろな情報が入ってきて、簡単で便利なものがもてはやされている時代です。だからこそ私たちは逆に、スローだったり、ちょっと不便だけれど手ざわりのあるようなものを楽しめるのかもしれません」

暮らしているまちの、お気に入りの場所や人、風景を見つける。それを写真に撮って発信する。はじめは、このようなささやかな行為でした。けれど、その写真を見て「なんだか楽しそう」と、誰かが訪れてくれました。そこから新しい交流が生まれ、物語が生まれ、巡り巡って、まちによい影響を与えていきます。

ローカルフォトも暮らし観光も、そこに人の営みがある限り、どんなまちでも実施可能。日本を元気にするヒントが、ここにあるように感じました。

文:前田智恵美
写真:前田智恵美、岡崎カメラ、Okazaki Micro Hotel ANGLE

参考:
・「岡崎の100年企業に学ぶ」研究誌/岡崎商工会議所
・岡崎市観光基本計画アクションプラン(平成29年3月改定版)
・令和2年度版岡崎市観光白書

リンク:
岡崎カメラInstagram
岡崎カメラnote
Okazaki Micro Hotel ANGLE