ローカルニッポン

コーヒーで、地域を“cultivate”する。

書き手:諫山 力(knot)
1982年、大分県由布市出身。船員からライターを志し、編集プロダクションに入社。2017年、フリーランスに。福岡を拠点に活動し、情報誌、広告媒体などをメインに取材・執筆。コーヒー・カフェの専門誌で長年ライターをしていることもあり、大のコーヒー好きに。仕事のお供にコーヒーは欠かせない。

“cultivate”とは、直訳すると耕すという意味。文化を表す“culture”と語源を同じくし、ともにラテン語で耕すを意味する“colere”に由来していると言われています。つまり、“耕す”と“文化”は切っても切り離せない関係。そんな観点から福岡のコーヒーショップ「manucoffee」の取り組みを見ていきます。

働くスタッフの個性を活かし、取り入れて

2003年に福岡県福岡市にて開業し、県内はもちろん九州のコーヒーカルチャーに多大な影響を与え続けている「manucoffee」。開業当初からスペシャルティコーヒーに着目し、福岡においてその味わいの多様性、クオリティの高さを広めてきました。

「manucoffee」を開業したのはオーナーの西岡総伸さんですが、現在、西岡さんは焙煎など、コーヒーの味作りをメインに取り組んでおり、店舗の運営、経営を任されているのが社長の福田雅守さんです。福田さんはもともと音楽関係の仕事をしていましたが、縁が重なって、引き寄せられるように2010年にアルバイトとして「manucoffee」で働き始めました。それから2017年に副社長となり、さまざまな取り組みをオーナーの西岡さんをはじめ、店舗のスタッフたちと一緒に行ってきた経緯があります。

「manucoffee」の社長を務める、福田雅守さん

「manucoffee」の社長を務める、福田雅守さん

「manucoffee」の取り組みは、ただコーヒーが飲める、コーヒー豆が購入できるというコーヒーショップの枠に収まりません。“コーヒーを通して福岡の人と街をデザインしていく”というビジョンを掲げ、さまざまなアーティストやデザイナーとのコラボ、ポップアップ、イベントの企画など、その活動の幅は多岐にわたります。

福田さん:
「現在は社長という立場ではありますが、私一人で取り組みを行っているわけではありません。一緒に働いてくれるスタッフたちの声や個性を大切にするのが『manucoffee』の根底にあり、私もチームの一員としてさまざまな企画に携わっているところです」

福田さんはオーナーの西岡さんと昔から福岡におけるコーヒーショップのあり方を深く話し合ってきました。福田さんが特に覚えているのが、「おいしいものが多い福岡で、コーヒーショップが社会的、地域的にどんな役割を担うか」という点。

福田さん:
「答えが明確に出たわけではありませんが、私たちはおいしいコーヒーをお客様に提供することで、地元の方々、さらには福岡に来られた人たちにおいしいものに触れる体験の場を作りたいと考えました。それによって、福岡という街において、おいしさの連鎖が起こるようになれば、コーヒーショップとして一つの役割を担えるのではないか。そんなことを西岡とは話しましたね」

「コーヒーかす、ご自由にお持ち帰りください」から

そんな同店は2017年から環境負荷の低減、循環を生み出す取り組みの一つとして、肥料の開発に着手しました。それがコーヒーかすを利用した肥料『マヌア』です。

福田さん:
「もともと、2008年からカップやフタ、ストローといったプラスチックゴミはリサイクル業者に回収してもらっていましたが、エスプレッソやフレンチプレスコーヒーを抽出したあとに出るコーヒーかすだけは、生ゴミとして廃棄せざる得ない状況でした。当店の場合、3店舗から出る年間約4トンものコーヒーかすが生ゴミとなっていたわけです」

コーヒーかすと焙煎後に出る豆の薄皮(チャフ)

コーヒーかすと焙煎後に出る豆の薄皮(チャフ)

コーヒーかすの活用法は長年考えていたものの、いい案はなかなか思い浮かばず、店頭で灰皿用などに「ご自由にお持ち帰りください」と置いていたそう。そんなとき、来店していたとある客から「このコーヒーかすを肥料にできるかもしれない」と声がかかりました。

それが、福岡県に拠点を構える金澤バイオ研究所でした。金澤バイオ研究所は土壌研究の専門家である金澤晋二郎先生が、九州大学退官後に立ち上げた組織で、土壌問題や製造過程で生じる有機廃棄物の活用など、実用的な土造りの問題を先進的な技術と研究力をもって積極的に取り組んでいるバイオ研究所です。

金澤バイオ研究所にコーヒーかすやサトウキビストローを持ち込み、発酵槽で『マヌア』を製造

金澤バイオ研究所にコーヒーかすやサトウキビストローを持ち込み、発酵槽で『マヌア』を製造

福田さん:
「今までのアーティストさんやデザイナーさんとのご縁もそうですが、金澤バイオ研究所さんとの出会いも偶然によるもの。店頭で持ち帰り用のコーヒーかすを置いてなければ、そんなお声がけもいただけなかったでしょうし、なにがきっかけになるかわかりません。ただ、コーヒーかすをそのまま生ゴミとして出すのは嫌だな、と考えていなかったら、この出会いはなかったでしょうね」

肥料から生まれたモノ・コト、そして繋がり

偶然の出会いから、コーヒーかすのリサイクルが現実的なものとして見えてきました。早速肥料用に、店舗で出るコーヒーかすや焙煎後に出る豆の薄皮(チャフ)のストックを始めた「manucoffee」。1か月に1、2回のペースで金澤バイオ研究所に持ち込み、4トン近く溜まったら発酵槽に混ぜることを始めました。

福田さん:
「金澤バイオ研究所さんで、もともと作っていたオーガニック肥料が『土の薬膳®』。米ぬか、カキ殻、大豆おから、茸菌床、竹繊維、ビール麦芽粕など天然素材を原料にした肥料で、それにコーヒーかすとチャフを混ぜたのが、当店の肥料『マヌア』です。高熱細菌の働きによって約90度もの高温で発酵させており、病原菌や雑草種子が死滅。素手で触っても安心・安全かつ、完熟しているため匂いも気にならないのが大きな特徴です」

匂いが気にならないということは、自宅での観葉植物などの栽培にも適しているということで、2018年から「manucoffee」の店頭で小売りを始めました。ただ、さまざまな人が訪れるお店でも、コーヒーショップに肥料を買い求めに来るお客はほとんどいません。そこで、福田さんは近隣農家に『マヌア』を試験的に使ってもらうことを始めました。さらに、それと並行して「manucoffee」自身も、農家の協力のもとマヌア土壌での六条大麦の栽培にも着手。なぜ六条大麦を栽培したのかというと、六条大麦は麦茶の原料として利用できるから。実際にマヌア土壌で育てた六条大麦を自社で焙煎し、麦茶『麦ちゃん』、デカフェをブレンドした麦茶『麦子ちゃん』という商品を作ってしまいます。

麦茶・グラノーラ等、『マヌア』をきっかけに生まれたプロダクト

麦茶・グラノーラ等、『マヌア』をきっかけに生まれたプロダクト

福田さん:
「コーヒーかすをリサイクルし、肥料を作って、そこで終わりではありません。むしろ、その肥料を使うことが大切で、さらに言えば育てた野菜、麦、果物といった農作物を消費しないと意味がないと考えたんです。そのために『マヌア』を使って近隣農家の方々が育てた野菜も、催事などでマヌベジと銘打って販売もしました。『麦ちゃん』『麦子ちゃん』も同じ考え方で生まれた商品です」

つまり、生ゴミとなるはずだったコーヒーかすやチャフを肥料へとリサイクルし、その肥料で育てた農作物、また加工品を消費者へ届ける循環を大切にしているというわけです。

コーヒーの栽培が見えてきた

2020年からは福岡市西区にある、貸し農園や体験農園がメインの「かなたけの里公園」の協力を得て、本格的に自社農園「マヌの里」での野菜栽培をスタートさせました。福田さんに農業の知識はほぼなかったことから、「かなたけの里公園」の指導、管理のもと、サツマイモや落花生などをメインに栽培してすることに。2021年に収穫できたサツマイモは、福岡県うきは市にある加工場でペーストにして、自社の菓子商品やグラノーラなどへ活用し始めています。

福田さんは、農園「マヌの里」での農作業にも率先して参加している

福田さんは、農園「マヌの里」での農作業にも率先して参加している

『マヌア』の製造は2022年4月で3回目が完了し、年々、少しずつですが販路を広げています。2018年の初回に試験的に使ってもらった農家から「実が大きく成長した」「匂いがないため害獣被害が減った」という声も聞かれており、リピートにもつながっているそう。さらに、2021年4月からは福岡を拠点とする大型園芸店で約5キロと大容量の『マヌア』の取り扱いも始まり、少しずつ一般客への認知も広めています。

福田さん:
「正直、最初は『捨てるしかなかったコーヒーかすを肥料として再利用できて、それを販売できたら、売り上げの一部になるかも』ぐらい安易な考えからスタートしました(笑)。コーヒーかすを肥料にリサイクルするのは想像以上に大変で、廃棄するよりも手間・時間・コストがかかります。ただ、『マヌア』の製造を始めて、さまざまな人と繋がりが生まれ、うれしいことに今までとは違った側面からの注目もあります。さらに、実際に自分たちでも使ってみて、私たちが目標としてきた“コーヒーノキを育て、コーヒーの実を収穫する”というビジョンが少しずつ見えてきました」

さらに現在、『マヌア』の製造を始めたことで、店で出るコーヒーかす、サトウキビストロー、バナナやオレンジの皮といった生ゴミをコンポストで肥料にする独自の取り組みにも力を入れています。「manucoffee大名店」の屋外の裏庭に木箱を設置し、その中に生ゴミを入れ、日々撹拌しながら、肥料にする。生ゴミを細かくカットしたり、コンポスト内の水分量の調整をしたりと、手間はかかるものの、できるだけゴミを減らすという考えは、働くスタッフたちの間でも共通の意識として浸透しています。

左 金澤バイオ研究所の協力のもと作られた肥料『マヌア』/右 コーヒーノキ

左 金澤バイオ研究所の協力のもと作られた肥料『マヌア』/右 コーヒーノキ

現在、ハウスミカン畑の空きスペースにコーヒーノキを植え、今後は「マヌの里」にもハウスを建て、そこにも植樹を計画中。もちろん最終目標はコーヒーの実を収穫することです。土壌改良には『マヌア』を活用するというから、まさにコーヒーという分野での理想的な循環と言えます。

気候的な問題で日本での栽培は難しいとされているコーヒーだけに、さまざまな問題にも直面するでしょう。ただ、何事も難しく捉えず、シンプルに、できることからカジュアルなスタイルで取り組んできた福田さんと「manucoffee」。しかもそれが、福岡のコーヒーカルチャーに常に新しい風を吹き込んできたのは、誰もが認めるところです。
そんな同店だけに、コーヒーの栽培も夢じゃないとなぜか思えるのです。

文:諫山 力(knot)
写真:manucoffee

リンク:
manucoffee オフィシャルサイト