ローカルニッポン

有機無農薬農業24年、「おかやまオーガニック」の今とこれから

書き手:野鶴美和
岡山県和気郡佐伯町(現・和気町)出身、倉敷市在住のフリーライター。自動車メディアでも執筆、モノを長く大切に使うという観点で「旧車」を中心とした記事を発信している。
吹奏楽、文房具、人に愛されているクルマが好き。

岡山県岡山市の中心部から北北東へ約24キロ。岡山市御津地区は、豊かな土壌と水源に恵まれ、ブランド米「五城米」の生産地でも知られるのどかな里山地域です。
この御津地区で24年間、農薬や化学肥料を使わない「有機無農薬農業」を実践する『おかやまオーガニック』の川越通弘さん・敬子さん夫妻を訪ねました。

敬子さん:
「料理のプロにおいしいと言われる野菜をつくりたいと頑張ってきました。おかげさまで飲食業に限らず、さまざまな方に召し上がっていただけるようになりました」

と胸を張るおふたり。農作物の生産から営業、販売までのすべてを手がけています。「香りや味が濃く野菜の個性を感じられる」、「子どもが喜んで食べる」とリピーターが多く、県内外のレストランシェフも野菜の買い付けに訪れるそうです。
後進の育成にもあたり、『おかやまオーガニック』で研修した3名が有機無農薬の農家として独立しています。

需要に応じつつ多くの品種を栽培

現在、総面積約60アールの圃場(ほじょう)で野菜と米を栽培しています。野菜の圃場では旬の野菜が育ちます。お邪魔した4月には約50品目がすくすくと育っていました。サラダソラマメやカリフラワー、タマネギなど夏向けの野菜がずらり。タマネギだけで5品種を栽培しているそうです。

通弘さん:
「同じ野菜でも品種ごとに需要があるので、安定した収穫量を確保できるように工夫しています。ニーズの多い品種を優先して他を減らして栽培することもあります。最近の飲食店では蒸し料理が人気のようで、根菜のニーズが増えていますね」

効率良く安定した収穫量を確保するため、別々の野菜を同じ畝(うね)で育てる“混植栽培”をしたり、栽培する野菜の組み合わせを工夫したりしています。20年以上野菜と向き合い、野菜の個性や特性を理解しているからこそできる手法です。

敬子さん:
「例えばソラマメとネギは相性が良いので、一緒に育てられます。しかもネギには害虫が嫌う成分が含まれているので、虫除けにもなって一石二鳥です。土の成分を調整するために野菜を組み合わせて栽培することもありますね。トマトを収穫した後にはキャベツを植えます。キャベツが土壌のチッ素を吸ってくれて、次にトマトを育てるとき初期成長に適した土にしてくれるんです」

ソラマメとネギを混植している

ソラマメとネギを混植している

良い土づくりに欠かせない有機米の「もみ殻」

有機無農薬農業の要は“土づくり”。『おかやまオーガニック』の土は、自家栽培の有機米の「もみ殻」を発酵させた堆肥と腐葉土を混ぜたふかふかの土です。牛糞や鶏糞などの動物性たい肥は、害虫増加やアレルギーが懸念されるため使っていません。

たい肥にする「もみ殻」は、いぶして「くん炭」にもします。通気性や保水性の向上、虫除け効果もあるといわれます。

敬子さん:
「最初は連作障害*に苦労しましたが、今は平気ですね。たい肥を加えるだけであとは植物の力にまかせています」

*連作障害・・・同じ土で同じ作物を栽培し続けると起こる、病原菌・害虫の増加や生育不良などの障害

生態系の循環のなかで

農薬や除草剤を使わないので、除草や害虫駆除はおもに手作業です。

敬子さん:
「私たちが生態系の一部となって野菜をつくっていると思っています。必要以上の除草や益虫まで駆除することはしません。土が良くなってくるとミミズが棲んでくれますが、ミミズを食べにモグラもやってきて圃場を荒らすので、トンネルを見つけると地道に埋めています。いちばん厄介なのはアブラムシです。大発生したら手がつけられないので、テントウムシの成虫や幼虫を連れてきて、アブラムシを食べてもらっています」

自然の営みを活かした持続性のある生産が可能になり、食の安全につながっていくのかもしれません。

アブラムシ対策に一役買うテントウムシと自家栽培の有機米を使った「くん炭」

アブラムシ対策に一役買うテントウムシと自家栽培の有機米を使った「くん炭」

農薬や化学肥料がなくても作物はできる

就農のきっかけは、敬子さんの父の介護でした。

東京で働いていたおふたりは、1995年に敬子さんの実家のある御津地区へ。最初は慣行農法で、米と野菜を生産していましたが、有機無農薬農法の生産者と知り合ったことで1998年に完全な有機無農薬に転換しました。

農薬や化学肥料を使う慣行農法。当時、あたりまえのように農薬や除草剤を使う現場を経験して衝撃を受けたそうです。

通弘さん:
「もともと、妻の父に体に良いものを食べさせたいという思いがありました。田舎は農薬や除草剤を使わないから安全だと思い込んでいたんです。ナイアガラホースを使って水田に農薬を噴霧する作業もしましたが、本当に安全なのか?農業とはなんなのか?という疑問が日毎に増えていくなか、有機無農薬の生産者と知り合ったことがきっかけとなり、完全な有機無農薬栽培となりました。病気や害虫のダメージは多少あったものの、農薬や化学肥料がなくても作物がきちんとできることがわかりました」

生産した野菜や米の販路が拡大するにつれて飲食店とのつながりも濃くなり、視野も広がったという敬子さん。世界の“食”を学びに海外へ出かける機会も増えたといいます。

敬子さん:
「野菜を仕入れてくださるシェフの方々と一緒に海外へ行く機会がありました。イタリアを訪れた際に驚いたことは、農薬がほとんど使われていないということでした。高温多湿な日本とは気候風土が異なり、害虫や病気が少ないため、農薬を使わなくてもいいそうです。日本の場合はそうもいきません。農薬を使わず作物を育てる難しさをあらためて感じました」

2001年『おかやま有機無農薬農産物』の認証農家に

『おかやまオーガニック』は、2001年に岡山県『おかやま有機無農薬農産物』の認証農家となっています。
おかやま有機無農薬農産物の農産物は、100%県産であり、農薬(天敵を除く)や化学肥料を使っていません。国の「有機JAS規格」に加えて、さらに県が設定した厳しい基準を満たした栽培方法で生産されたもので、栽培した農作物は「究極のプレミアムブランド」として県内を中心に、スーパーや直売所、レストランで販売・提供されます。

この認証を受けるためには、農薬(天敵を除く)や化学肥料を使わず2年以上に及ぶ土づくりの期間が必要になります。認証の取得後も『岡山県農業開発研究所』による審査を受けることが義務付けられています。

平成29年度に実施した調査では、おかやま有機無農薬農産物の水田は、除草剤を使用した慣行水田に比べてカエルやクモなど指標動物の生息数が多い傾向にありました。

通弘さん:
「おかやま有機無農薬の認証を得ていることで残留農薬をチェックする必要がなく、信頼の証として役立っています。認証マークがパッケージに記載されるので、安全にこだわっていることがひと目でわかるのも良いですね」

岡山県では昭和63年から有機無農薬農業の推進に取り組んでいる

岡山県では昭和63年から有機無農薬農業の推進に取り組んでいる

『おかやまオーガニック』の野菜を使ったベジタブルブロス

現在は野菜の生産販売と並行し、「ベジタブルブロス」の製造販売も好調です。

「ベジタブルブロス」とは、野菜の皮や根、種などを煮た「だし汁」のことです。野菜の皮や根などには、植物が身を守るためにつくり出す「ファイトケミカル(フィトケミカル)」と呼ばれる成分が含まれ、免疫力向上や抗酸化作用があるといわれます。『おかやまオーガニック』の「ベジタブルブロス」は、旬の野菜を丸ごと煮込んでつくられます。

敬子さん:
「もともと介護食としてつくりはじめました。リピーターの皆さんは『腸内環境が良くなった』とおっしゃいます。直腸がんと戦っている方にご愛飲いただいており、飲み続けていると調子が良いようです。ほかにも南極などの過酷な環境で活動する方が、コンディショニングのために利用してくださっています。そのまま飲んでいただくのはもちろんですが、いろいろなお料理にも活用できますよ」

体が欲しくなるものこそ、本当においしいものかもしれない

体が欲しくなるものこそ、本当においしいものかもしれない

「ベジタブルブロス」を実際にいただいてみました。

多様な野菜が渾然一体となった豊かな風味とうまみに、ほのかな甘みが加わります。そして、やわらかな喉越し。口にした瞬間よりも体に行き渡ったときの心地よさが「おいしい」につながっているような…不思議な感覚を味わいました。そして時間が経つとまた飲みたくなるのです。

体が欲する「ベジタブルブロス」は“命のスープ”かもしれません。

『おかやまオーガニック』のこれから

24年間農薬や化学肥料を使わない農業を実践してきた『おかやまオーガニック』は、新たな局面に差し掛かっているようです。今後の展開を尋ねてみました。

通弘さん:
「有機無農薬栽培の仲間で宅配サービスをしたいという話があるので、ぜひ実現したい。それから、地元の学校給食で使いたいという話もいただいています。最近は国や市町村で有機無農薬の農家を探していると耳にしますし、オーガニックが良い流れになっていくといいですね」

敬子さん:
「近い将来、農業体験のワークショップを開きたいと考えています。ステージはすでに整っているので、あとはタイミングです。子どもたちには、青空の下で活動する楽しさと食の大切さを伝えたいですね。以前ドイツを訪れたとき、街のいたる所でクラインガルテン(市民農園)を目にしました。農業が生活に溶け込んでいます。このクラインガルテンによってドイツの食糧自給率も大きくまかなわれているといわれます。こんなふうに農業がもっと身近に、親しまれる存在になってもらいたいという思いがあります」

お話を聞きながら「消費者としてのあり方が大切」だと強く感じました。

「安全な食」や「おいしさ」は、やはり体験しないと気づきません。実際に味わった感動や生産者の思いにふれて私たちが「消費者としてのあり方」に気づくことが、食の未来を守ることにつながっていくのではないでしょうか。

『おかやまオーガニック』のある岡山市御津地区には、川越さん夫妻のもとで学んだ生産者も圃場を構えます。次回は後編として、川越さん夫妻のもとで学び、独立して1年の『ゆす農園』と『おかやま有機無農薬農産物』取組みを詳しく紹介していきます。

「圃場に立つことは、私たちの元気の源でもあるんです」とおふたり

「圃場に立つことは、私たちの元気の源でもあるんです」とおふたり

文:野鶴美和
写真:無印良品 イオンモール岡山、野鶴美和
取材協力:一般社団法人岡山県農業開発研究所

リンク:
おかやまオーガニックHP