ローカルニッポン

“FOLK ART”手ぬぐいは世界のアート作品/中川染工場 後編

書き手:斉藤 純子
愛知県岡崎市出身。東京で音楽雑誌の編集に携わるも、不況の煽りで雑誌が廃刊。リストラを機にバックパッカーで30カ国以上旅をする。結婚を機に栃木県宇都宮市に移住。右も左もわからない栃木県のことも知るため、栃木県の魅力を発信するWEBサイト「栃ナビ!」に就職。現在に至る。プライベートでは2児の母。趣味は音楽フェスに参加すること。

前編では、地域と一緒に伝統工芸「宮染め」を広める活動、また伝統を受け継ぐことがどれほど大変なことか。栃木県宇都宮市、中川染(せん)工場の社長・中川友輝さんの想いをお伝えしていきました。後半では、なぜ伝統工芸を残す必要があるのかを染物の良さとともにお伝えしていきます。

作業工程はどれも驚くほど手作業

実際に、工場を見学し驚いたのは、とても古い道具を使い1つ1つの工程をすべて手作業で行っていたことです。
まず、目にしたのは、建物の2階にある生地をまとめて保管する場所です。木綿を1色に染め櫓で天日干しし、生地を伸ばしながら1束にまとめていくのですが、2階の床に穴が開いていて、生地を1階まで垂らし機械で伸ばしながら巻いていきます。ここで巻きつけるときにズレが生じると、これから先の染色作業でもズレが生じるため、端を揃えつつ生地を伸ばしすぎないようにします。巻きつけた生地は何本かの束にした「太鼓」という状態で保管されます。

2階の作業場。単純そうな作業に見えて、実際に巻きつけるのは相当な経験を要します

2階の作業場。単純そうな作業に見えて、実際に巻きつけるのは相当な経験を要します

その後、1階に降り、染色作業を見学します。型紙職人に依頼した型紙を木枠にしっかり打ち付けます。そして、型を生地に置き、防染糊という泥のような糊をヘラで均等に伸ばします。糊のついていないところに色が付くので、均一に伸ばします。生地を折り畳み、裏表に糊をつけるので、正確に折りたたむ技が必要です。

複数の色を染める場合は、染料が流れ出さないように完成見本を見ながら糊で土手を作ります。土手を作る様子はまるでケーキにホイップするパティシエのよう。そして染料の入ったヤカンと呼ばれる細長い注ぎ口の容器を使い、土台ごとに染料を注いでいきます。この工程が文字通り「注染」の染め方の特徴。これこそが日本独自の技術なのです。

染色された生地を洗い流す作業はほぼ手洗いで行われるため、冬場はとても冷たそうです。今はポンプを使い田川の水を工場まで運んでいますが、60年ほど前までは、直接生地を川へ運び洗い流していたそうです。

洗浄後は外に天日干しし乾燥させます。様々な柄と色が晴天の空に映え、まるで何かの芸術作品を観に来たかのような素晴らしい光景が目の前に広がっていました。

どの工程も全て職人の手作業で進められています

どの工程も全て職人の手作業で進められています

注染の特徴「にじみ」「ゆらぎ」

工場で生産するというと、機械的な動きを想像しがちですが、中川染工場で行われている作業工程はどれもまるでアート作品を制作しているかのようでした。

機械プリントした手ぬぐいや浴衣は、パソコンでデザインしたらそれをそのままプリントすることができます。しかも、1つの狂いなく同じデザインを大量に生産することができ、さらにプリントで使用する顔料は直射日光に強いため、日焼けや色褪せをしにくいです。一方で、染料で染める注染の手ぬぐいや浴衣は、色褪せもするし、職人が1から染料を組み合わせるため、パソコンで作ったデザインと同じ色味を忠実に再現することも難しいです。

それでは、注染で染めた手ぬぐいや浴衣にはどんな魅力があるのでしょうか。
それは、大量生産には出せない個性を楽しむことができ、日本の文化に触れられるからではないでしょうか。

現代美術用語に【FOLK ART(フォークアート)】という言葉があります。FOLK ARTとは、土地固有の文化から生まれたアートのことで、実用性のあるものとされています。まさに注染で染めた手ぬぐいや浴衣はこのFOLK ARTではないでしょうか。

実際に注染で染めた手ぬぐいは、水彩画で描かれたような優しい色合いで、額装しアート作品として楽しむ方もいるほど。大量生産のプリントが登場した当時は、どうしても手作業の注染では染色時に「にじみ」や「ゆらぎ」が出てしまい、それが弱点とも言われていましたが、今ではその「にじみ」も「ゆらぎ」も注染独特の個性として親しまれるようになっています。

実際、世界でも注染に魅了され、工場を見学に来た方もいたそうで、オーストラリアから来日した染職人の方が見学に来たときは、注染の特徴である、染料を注ぎながら染める技術を目の当たりにし、日本独自の技法を見学できたことをとても喜んでいたそうです。注染は日本が誇れる伝統なのだと、改めて知り得ることができました。

工場に飾られている額装した手ぬぐい。グラデーションや擦れなど職人の味が感じられる

工場に飾られている額装した手ぬぐい。グラデーションや擦れなど職人の味が感じられる

長く使うこと。育てること。

注染で染めた手ぬぐいや浴衣は長く使うことを前提に染めています。手ぬぐいは、洗うほどに柔らかな肌触りになり使い込むほどに馴染んでいきます。例えるならデニム(Gパン)が履けば履くほど自分の体に馴染んでくるような感じ。自分のお気に入りの柄を購入したら、手ぬぐいを自分仕様に育てる楽しみができ、育てた手ぬぐいはもう手放せない存在になります。

手ぬぐいが切りっぱなしになっているのは、濡れても乾きが早く、汗を拭うのにも最適だからです。お気に入りの柄の手ぬぐいを、フェスやキャンプ、スポーツで汗拭き用として持っていたらおしゃれでタオルよりかさばらず、持ち運びも手軽そう。また切りっぱなしにすることで、割いて使うことができ、使い古した手ぬぐいを包帯や雑巾に再利用するなど汎用性にも優れています。

また浴衣は洋服と違い、時代が変わってもさほどデザインが変わることもありませんし、サイズも細かく設定されていないので、親から子へ〜子から孫へと受け継ぐことが出来ます。大量生産された浴衣に比べ、やや値段は高いですが伝統物を大切に使う精神を受け継ぐことができると考えれば、高い買い物ではないかもしれません。
注染で染めた浴衣は、通気性がよく吸収性にも優れているので、夏の暑い日でも涼しく過ごすことができます。

浴衣の裏地が白ければ、それは注染で染めた浴衣ではないからかもしれません。注染で染めた手ぬぐいや浴衣は糸にしっかり染料をしみ込ませるため、裏表がないのも特徴です。もしお持ちの手ぬぐいや浴衣が注染で染めたものか調べたいときは、ぜひ裏表を確認してみてください。そして、裏表がなければ、これからもそれはずっと長く使うことができる価値のあるものです。

文様が教えてくれる意味

手ぬぐいや浴衣に用いられる昔ながらの文様に意味があることを知っていますか。
実は、今シーズン「無印良品 宇都宮インターパークビレッジ」で限定販売している手ぬぐいは今回取材した中川染工場で染めた注染の手ぬぐいです。3種類の文様を展開していますが、文様にはそれぞれ意味があります。

例えば、正六角形の幾何学模様が葉っぱの形に似ている「麻の葉」の文様には、赤ちゃんの成長を願う意味があります。昔は子供の寿命が短かったため、4か月で4メートル成長する麻の葉に魔除けの意味を込め、生まれてきた赤ちゃんに、麻の葉柄の浴衣を着せる風習がありました。

他にも縦じまで表現される「縞」の文様には成長・粋という意味が、水辺に飛ぶ小鳥をイメージした「なみにちどり」の文様には平穏・家内安全・目標達成という意味が込められています。文様の意味を知りながら手ぬぐいや浴衣を使うことで楽しみ方も増えますし、文様の意味を込めて包装紙代わりに贈りものを包んだり、文様にメッセージを込めて頂きもののお返しに手ぬぐいを渡すなんて、ちょっと粋じゃありませんか。

無印良品で販売する限定手ぬぐい。左から、「麻の葉」、「縞」、「なみにちどり」の文様

無印良品で販売する限定手ぬぐい。左から、「麻の葉」、「縞」、「なみにちどり」の文様

未来に残したい。作る側が受け継ぐ、使う側も受け継ぐ。

伝統を受け継ぐことができるのは、“生産者”だけではありません。
“消費者”である私たちもその伝統を受け継ぐことができます。いくら伝統工芸を生産するもの人がいても、それを消費する者がいなければ、伝統工芸は衰退してしまいます。日本で生産する手ぬぐいや浴衣がもしなくなってしまったら、日本を代表する資産が1つ失われることになります。

中川社長が感じた「自分の代で終わらせたくない」は、私たちも同じではありませんか。 作り手のバックグラウンドを感じながら、日本独自の文化を継承することで、日本の文化を世界に、そして未来に受け継ぐことができるのではないでしょうか。

文・写真:斉藤 純子

リンク:
中川染工場HP