誰かの好きなことが風景になる町
埼玉県宮代町出身。旅行会社のツアーコンダクターとして国内・海外50か国をめぐる。その時の経験を活かし、世界各地で愛される軽食をお届けする「世界のSnackごはん」を開始。シェアキッチンやマルシェでの出店、異文化交流のイベントなどを主催。地元のデザイン会社 アンカルクに勤務し、町内の情報を発信している。
都内から電車で約40分のところにある埼玉県宮代町は、“農のある町”としてのどかな農村の雰囲気を残しながら、「首都圏でいちばん人が輝く町」というコンセプトを2021年から掲げています。
この町には、“誰かが何かおもしろそうなことを始めると少しずつ仲間が増えていき、やり続けることで気が付いたら町の風景になっている”、“年齢関係なく挑戦する人を応援し、何かをみんなで作り上げていく”、そんな気質があります。現在、第5次宮代町総合計画に基づいて実施されている取り組みの一つ「東武動物公園駅西口わくわくロード事業」にもまたそういった地域性を垣間見ることができます。
そんな宮代町がこれまでどのような変遷を遂げ、今どんなことが起きているのかを新旧の町民のみなさんに伺っていきます。一人は約68年と長く宮代町に住む手島亙さん。そして、宮代町役場にお勤めの栗原聡さん・高橋勝己さんと昨年新たに移住された菊地純平さん。境遇の異なる様々な目線で、宮代町についてお話しくださいました。
初代町長のスピリットが今も根付く
宮代町が独自のまちづくりを推し進め、近隣地域から一目置かれる存在になってきたことに、初代町長齋藤甲馬さん(以下 甲馬さん)の存在は欠かせません。甲馬さんの、「時代に流されず未来を見据えた生き方」を残しておきたいという想いを胸に、甲馬さんの姪っ子にあたる建築家 富田玲子さんの声かけをもとに集まった、齋藤甲馬の本制作委員会により書籍『齋藤甲馬と宮代 世界のどこにもないまちを創る』が出版されています。
富田さんは建築家集団「象設計集団」の立ち上げメンバーの一人です。地域の暮らしを様々な角度から捉え、土地や暮らしに溶け込むような建築物を作り上げてきました。宮代町のシンボルでもある「コミュニティセンター進修館」や「笠原小学校」も象設計集団により細部までこだわり抜いて作られた唯一無二の作品です。
町民の多くが宮代町の自慢として挙げる“広い空”。元気な時はより元気に、落ち込んでいる時は背中を押してくれるようなパワーみなぎる青空、ついつい足を止めて眺めたくなる朝焼けや夕焼け空など、住まう人にとってかけがえのない存在であることは言うまでもありません。
宮代町に68年と長く住み、仲間と一緒に竹のアートなどのイベントを通して宮代町の風景を考えてきた手島さんは齋藤甲馬の本制作委員会の一人です。宮代町で守られてきた“広い空”の背景を伺っていきましょう。
手島さん:
「当時、甲馬さんが『高い建物を作ると水道の圧力を上げなければならず、お金もかかる』ということを言っていたんです。真意はそこにはなかったと思いますが」
当時は、人口を増やすために住宅地として高い建物を建て、戸数を多く作ることが主流でした。そのことを選択しなかった甲馬さんのおかげで、この町の “広い空” が保たれています。都市計画法が改正されてからも初代町長の意思を自然と受け継ぎ、高い建物を建てない、ということが継承されてきたそうです。誰かが禁止しているわけではなく、みんなでこの環境を守っていきたい、ということの表れですね。
この町の規模感だからこそできること
町民が作り出したコミュニティに役場の方が参加する姿も目立ちますが、町民とのこのような関係性は以前からあったのでしょうか。
栗原さん:
「私が入庁した38年前は、今のように住民が社会的課題に取り組むというよりも、役場主導で立ち上げられた〜協会、〜協議会のような組織で活動が行われる方が多かったような気がします」
手島さん:
「一番最初に参加したコミュニティは、約50年前の体育協会です。活動の内容など予め決まっているので参加しやすかったです。当時はスポーツの勝負に勝つことで結束力が強まり、負ければ薄まってしまう。勝ち負けに対する価値観が強く、今のコミュニティとは在り方が全然違うものでした。一緒に活動をすることで人間性に触れ、役場職員に抱いていたイメージがいい意味で変わりました」
栗原さん:
「2016年にはSCMという、住民により自発的に作られたスポーツを推進しているコミュニティも生まれています」
SCMとは「総合型スポーツクラブみやしろ」のことで、スポーツを通じて人々が出会い、人との出会いによって生活が豊かになり、知性が磨かれるようなクラブを実現するべく活動しています。手島さんもメンバーの一人です。2023年5月14日にSCMが宮代町モルック普及協会と共催した「宮代ゆるゆるモルックフェスティバル」ではなんと80名もの方が参加し、大盛況となりました。
このイベントの立ち上げに大きく関わったのは、宮代町役場の職員であり、宮代町モルック普及協会のメンバーの一人である高橋さんです。「たまたま見ていたテレビでモルックを知って、年齢関係なくみんなで楽しんでいる姿が宮代町の日常の風景になったらいいな」と思い立ったのが始まりです。
興味がありそうな友人に声をかけ、仲間が増え、新しいことを楽しむ姿を見てまた周囲から徐々に仲間が増えていく。人が集まる場所も限られているうえ、人口3万4千という小さな町ゆえに顔が見える関係性が多いことも、この町でコミュニティを形成しやすい理由の一つです。
この町の日常になった様々な活動
宮代町には個人の想いを実現したり、居心地の良い町を目指して始めた活動を続けたりすることが、時間をかけて日常の風景に溶け込んできた事例がいくつかあります。 一つ目に紹介するのは、前述のモルックから展開した動きです。
「モルック」はフィンランドが発祥です。モルックと呼ばれる長さ20cmほどの棒を投げてスキットル(ピン)を倒し、合計50点になるようにするゲームで、多世代で気軽にアウトドアで楽しめるスポーツです。宮代町では楽しそうにやり続けることで少しずつ認知され、ここ1年で町内に広まりました。老若男女関係なく誰でもでき、楽しそうにモルックをしていると近くで見ている人もついつい参加したくなります。今後、モルックを通じた交流がどんどん広まっていきそうです。
二つ目は、毎週月曜日の11時~13時に開催されている「マンデーマルシェ」です。宮代町では月曜日がお休みの飲食店が多く、ランチに困ることも…。そんな中、野菜を中心に彩り豊かなお弁当を作っている「あじまんま」の安島さんと町内で有機農業を営んでいる蛭田さんのお二人が主催して始めた活動です。
毎月最終週の月曜日には宮代町役場前のスキップ広場で、焼き菓子やハンドクラフトなど想いを持った事業者たちが集まり、「月イチまんまる」と名前を変えマルシェを開催しています。町役場のブースもあり、缶バッチづくりやモルック遊びなどが行われています。最近では近くにある日本工業大学の学生が音楽を演奏するなど、地域ぐるみで盛り上がるイベントになりました。
好きなことを通してできるつながり 「わくわくロード事業」
今後も住み続けたい宮代町であるために、このように様々な形で地域活動に関わる町民や町に関わる人たちが主体となってスタートした町の事業があります。
その一つが、第5次宮代町総合計画に基づいて実施されてきた取り組み「東武動物公園駅西口わくわくロード事業」です。東武スカイツリーライン東武動物公園駅から約1.1km先にある宮代町民の憩いの場であり、芝生の公園やハーブ庭園・地元のお野菜の直売所を備えた「新しい村」までの間を楽しく、わくわくするような道に整備し、西口エリアの価値を高めることを目指しています。
“ウォーカブル”つまり“歩きたくなるまちなかをつくる”をテーマに2022年6月に検討会が結成されました。チームに分かれて自由な発想で話し合いを重ね、検討会メンバーそれぞれができることを形にしたのが2023年3月に実施された社会実験イベント「わわわ!トウブコ」です。イベント名には、わくわくわいわい、トウブコの“輪(わ)”をめぐり、たくさんの“わ!(発見)”に出会おうという想いが込められています。
社会実験を実施するにあたり、2つのチームに分かれました。ソフトコンテンツを考案するチームは、社会実験イベントのコンセプトや具体的な実施内容を検討していきました。コンセプトは、回遊性を高め、まちなかを楽しんで回ってもらうこと。そこで実施に至ったのがデジタルスタンプラリー・電動キックボードの実証実験・歩道へのイラストの3つです。安全に楽しく歩き回りながら、スタンプラリーに参加してもらうために実際にコースを歩き、想像を膨らませていきました。
メンバーは、地元の事業者だけではなく、町のシンボルである東武動物公園の職員、日本工業大学の教授、宮代に惹かれた移住者など。様々な立場の方がいるからこそ、それぞれできることも違い、誰かと誰かを組み合わせるとまた新しい何かが生まれる、という相乗効果も。デジタルスタンプラリーはアプリを活用し、歩道のイラストは東武動物公園の飼育員さんの描いた絵をベースにデザインしていきました。
一方、もう一つのハード整備を想定したチームには建築家、デザイナー、地元の日本工業大学の木工サークルなどが勢揃い。始動してすぐ、あっという間に車道の一部を歩道の休憩スペースとするパークレットの模型が完成し、竹の切り出しから組み立て、パークレット制作へと進んでいきました。10代から60代の経験も違うメンバーが好きなこと、得意なことを軸に自らの意思で動いていくからこそ、お互いを尊重しながら、順調に進んでいきました。
検討会メンバーの一人菊地さんは、子育てしやすくおおらかな町の雰囲気に惚れ込み、宮代町に最近引っ越したそうです。「スタンプラリーの下見を通していい風景を見つけたので、四季によって異なる光景・楽しみ方を知ってもらい、新しい村までの道も楽しみながら歩けるような仕組みを作りたい」と話してくれました。
菊地さん:
「子供たちは遊具で楽しそうに遊び、ご近所に住むお年を召した方はお茶をしながらおしゃべりしたり、家族連れでごはんを食べたり…それぞれ違うことをしていても、同じ空間に色々なひとがいる風景がとても心地よかったです」
高橋さん:
「今回のようなまちづくりに社会人だけでなく学生が関わってくれることで、町の風景がより活気づくと思います。まちなかに点在する単なる公共空間を、住民が町内で過ごしたいと思うような宮代らしさを感じられる居場所へと変えていきたいです」
自分がやりたいことを始めること、誰かの挑戦を応援することが根付いている宮代町では、住民自ら居心地の良いコミュニティを生み出していました。町の職員との関係性に垣根がないことも、現在の町の雰囲気に大きな影響がありそうです。
ベッドタウンというと外ばかりに目を向けてしまいがちですが、宮代町には近くにある魅力を見つけることが得意な人が多いのかもしれません。
町中で偶然知り合いに会って挨拶する、あそこに行けば誰かと会える、そんな小さな幸せを感じる顔の見える距離感が心地いい町です。
文:木村裕子
写真:木村裕子・菊地純平・㈱良品計画
リンク:
宮代町HP