ローカルニッポン

ものづくりのまちで、風景をつくり風土をつなぐ

書き手:神田智規(益子町観光協会専務理事)
1977年富山県生まれ、24歳のときに益子町に移住。カフェ&ギャラリー&ステイ益古時計を営む傍ら、様々な地域のイベントに関わる。2016年、支配人として道の駅ましこのオープンに関り、現在は益子町観光協会・一般社団法人ましこラボの専務理事として益子町を盛り上げるべく日々奮闘中。

北関東・栃木県の南東部、「益子焼」で知られる陶芸の里、益子町。民藝運動で知られる人間国宝の陶芸家・濱田庄司が居を構えたことをきっかけに焼き物のまちとして全国的にも知られるようになりました。

民藝の中心的な思想である「用の美」は日常使いの工芸品に美を見出すことを表現していますが、昨今では日常に寄り添った”心地よい暮らし”を求めるライフスタイルそのものに興味のあるお客様が数多く訪れるまちとなっています。

“やれることは自分たちの手で”という風土

近年は陶芸に限らず、木工・金工・染織・ガラスなど、工芸品を制作するいわゆる手仕事を生業にするつくり手が数多く暮らす「手仕事のまち・ものづくりのまち」としても知られるようになっています。

また、町内にはそれらの作品を取り扱うギャラリーをはじめ、カフェやパン屋、蕎麦屋などが数多く点在し、オリジナリティー溢れる作家・お店など、スモールビジネスが盛んなまちとして、個性豊かな雰囲気が漂っているのも一つの特徴となっています。

そんな益子町ですが、もともとは関東平野の端であり、茨城・福島・栃木の3県にまたがる八溝山(やみぞさん)系のはじまりとも呼べるエリアでもあることから、いわゆる中山間地域の里山の風景が広がる農業の盛んな地域です。このように最近では、農・食・陶を活かしたまちづくりが進められてきました。

そして、「ものづくりのまち」とも言われる益子町には元来、他人に任せず、お金に頼らず、やれることはなんでも自分たちの手でやってしまおうという風土があります。

陶芸工房(大誠窯)の様子 陶芸のまちは手仕事の文化が根付いたまちでもあります

陶芸工房(大誠窯)の様子 陶芸のまちは手仕事の文化が根付いたまちでもあります

景観整備から地域を継承する

そんな益子町の中でも近年注目を集めているのが、今回の舞台「小宅古墳群」です。小宅古墳は益子町の北部小宅地区にある前方後円墳6基、円墳29基からなる古墳群です。またその傍らには源義家が戦勝祈願をしたと言われる「亀岡八幡宮」があります。

現在では「桜と菜の花の名所」として知られるようになり、春のお花見の季節には3万人を超える人々が訪れる場所として賑わいをみせていますが、もともとは荒れ果てた場所でした。

16年前の2007年、亀岡八幡宮の氏子でもある床井秀夫さんを中心に数名で神社周辺の整備をはじめたことをきっかけに「亀岡八幡宮里山の会」(以下、里山の会)が発足しました。最初はいわゆる里山の景観整備からのスタートでしたが、あるとき草刈りの負担軽減のために菜の花と桜の苗木を植えはじめたことから、里山保全にプラスして“風景をつくる”という意識が芽生え、地域の人たちがやすらげる場所をつくろうという考えに自然と変わっていきました。

竹藪の開墾作業をする里山の会の人たち

竹藪の開墾作業をする里山の会の人たち

里山の会代表 床井秀夫さん:
「自分たちが住んでいる場所を子供たちにも好きになってもらいたいという想いから、途中何度もくじけそうになったけど、あきらめずやり遂げることができました。地道な作業を積み重ねるごとに視界が開けていき、やがて芳賀富士が見え、筑波山が見え、西には日光の男体山が見え・・・山が見えてくるたびに達成感を味わうことができました」

地域づくりの課題として後継者問題が必ずと言っていいほどついて回ると思いますが、床井さんは「できる人ができることをやればいい、そうすることで無理をせず自然と“風景を次の世代へ渡す”ことができるんじゃないか」と口にします。

高校生を巻き込んで、いまここでできることを

2022年、益子町はこの小宅古墳群を舞台に関係人口を増やす取り組みを行うことにしました。2021年に包括連携協定を結んだ良品計画と保全活動を行う里山の会のメンバーでアイデアを出し合い、地域を次世代へつなげていくこと、“関係人口の創出=小宅古墳群を面白がる人を増やす!”をテーマとし、町内唯一の高校である益子芳星高校1年の有志・地域のプレイヤーが集うことからスタートしました。

里山の会×高校生、世代を越えて新しい発想が生まれました

里山の会×高校生、世代を越えて新しい発想が生まれました

代表の床井さんを中心とした里山の会のメンバーはほとんどがいわゆるシニア層です。地元の高校生を巻き込んで、一緒に盛りあげ、次世代へとつなげていくきっかけとするために、2022年9月益子芳星高校で実施したプレゼンテーションを受けて、参加を名乗り出てくれた15名の生徒とともに、まずは現場を知り、自分事として考え、自ら手を動かし、発信し、形にしてみる、これら5つのステップを踏みながらワークショップを実施していきました。

これらのプロセスで出たいくつかの意見を具現化していく作業がはじまりました。発信力を高めるためにロゴやタイトルを考え、高校生の「入口が分かりづらい」という意見から竹を活用したゲートをつくり、「訪れた人が迷うかもしれない」という声から案内図を制作しました。また地域資源を活かして実際に竹灯籠をつくったり、飲み物を置いたり荷物も収納できる通称 “箱ベンチ”などもつくられました。
自らの意思で参加した高校生たちはこの経験を通して何を感じ取ったのでしょうか。

益子芳星高校2年生 上野玲奈さん:
「みんなで話し合って、イメージを膨らませて設計図を書き、制作作業を手伝って、協力しながらつくり上げることができとてもよい経験になりました。また実際にお客様が“箱ベンチ”を使っているところを見て本当に嬉しかったです」

〝箱ベンチ〟に座りながら桜を眺める来場者

〝箱ベンチ〟に座りながら桜を眺める来場者

桜と菜の花の季節にイベントを開催

半年間のワークショップを経て、桜と菜の花が咲き誇る2023年4月1日に、社会実験イベント「オヤケコフンズフェス」を開催しました。当日は、西洋野菜・いちご・プリンなどの地産品やクラフト作品の販売、様々な食を楽しめる地元出店者によるフードコーナー、無印良品の出張販売などが出店。また、竹遊びコーナーやゴスペル・ジャンベのライブなど、来場者が楽しめる企画考案と当日の運営に高校生が様々な形で携わりました。

小宅古墳群そのものと関わる人々を表現した「オヤケコフンズ」というネーミングも高校生たちからあがったアイデアです。昔からある豊かな原風景と幅広い世代が集い出し合ったアイデアが共存し、つくり上げた「オヤケコフンズフェス」にはおよそ7,000人ものお客様が来場し、笑顔の絶えない1日となりました。

ゲート・案内図・ロゴ・・・ワークショップから形になったもの

ゲート・案内図・ロゴ・・・ワークショップから形になったもの

益子芳星高校2年生 磯田有沙さん:
「当日は商品の販売や声掛けなどを行いましたが、お客様への呼びかけや商品の説明、笑顔で接客することなど、学生としてではなく社会人としての経験を積めたような気がしてとても勉強になりました」

益子芳星高校2年生 近藤美晴さん:
「竹をつかった昔ながらの遊びを年配の方と一緒に小さいお子さんに教えました。またカメラマンの撮影助手を経験させてもらったときはお子さんをどうやって笑顔にするかなど大変でしたが、幅広い世代の方と接することができてとてもよい経験になりました」

「オヤケコフンズフェス」 高校生のアイデアから生まれたイベント

「オヤケコフンズフェス」 高校生のアイデアから生まれたイベント

もう一人このプロジェクトに関わっていたのが、宇都宮でフォトスタジオを運営するフォトグラファーの久野木智弘さんです。久野木さんは主宰する写真教室の撮影で小宅古墳群を訪れたことがきっかけで、里山の会の床井さんの活動を深く知るようになり、景色とそこでの人との交流に惹かれ小宅古墳群に関わるようになったそうです。好きになった場所につながりを持ちたいという気持ちが芽生え、少しでも多くの人に小宅古墳群を訪れてもらいたいという考えから“結婚式を挙げる”ことを思いつきます。 

フォトグラファー 久野木智弘さん:
「結婚式って当人はもちろん、参列者も、人前式の場合ならたまたま通りかかった人も幸せな気持ちになれるじゃないですか。そういった場所ってまた行きたくなりませんか?この場所に『また行こう』って思ってもらえる人が増える、そんなお手伝いができればいいなって思っています」

久野木さんは「オヤケコフンズフェス」当日だけではなく、この季節は週末ごとに予約制の撮影会をはじめ、訪れた来場者の記念撮影を行っています。たまたま小宅古墳群を訪れた人の思い出として残り、再び足を運んでもらえることを思い描きながら、活動の収益をすべて里山の会に寄付することで持続可能な仕組みづくりを目指しています。

フォトグラファーの久野木さん、高校生もお手伝いしながら記念の1枚を

フォトグラファーの久野木さん、高校生もお手伝いしながら記念の1枚を

風景をつくり、地域をつくり、次世代へつなぐ

このプロジェクトでは、テーマの一つ「小宅古墳群の景観をこれからも残していくには」を様々な世代と立場のメンバーが集い考えてきました。ワークショップや社会実験イベント「オヤケコフンズフェス」はそれらのきっかけの一つです。主催者である益子町企画課のみなさんは言います。

益子町企画課 佐藤巧さん:
「あの場所が長く続く仕組みをつくること、景観を維持するために関わってくれる人を増やしたいです」

益子町企画課 髙橋正幸さん:
「今回、地元の高校にお声がけをしたのは、若者の発想・視点からの取り組みが活性化につながるのではと思ったからです。一連の活動で興味を持ってもらって何かを感じ取ってくれれば、次につながる一歩になるんじゃないかと思っています」

また高校生たちからは、「今回参加してみて、自然の景観を残していくことの大切さを知った」「自然を活かしてモノをつくることにとても魅力を感じた」「もっと若い世代にこの場所を知ってもらって活用できるようになったらいいな」といった声が集まりました。

里山の会代表 床井秀夫さん:
「ここには古墳と神社という、歴史と物語があったので、とくに先人を想い敬う気持ちを持って取り組むことができています。こういう想いを少しでも多くの人や、次世代に伝えていきたいです」

10代~80代まで世代を越えて集まった「オヤケコフンズ」たち

10代~80代まで世代を越えて集まった「オヤケコフンズ」たち

“地域づくりはまずは自分たちが楽しむことそれが波及して関わりたいと思う仲間が自然と増え、関わる人たちみんなが楽しむこと”が大事なのではないでしょうか。そしてそれぞれが今度は誰かを楽しませる側に回り、気がつけばいつの間にかそれらが輪となり、地域づくりへとつながり、やがて次世代への継承へとつながっていくのかもしれません。

現在、小宅古墳群から少し下ったところに、「ホタルの里」として新たに里山の会のみなさんの手によって生まれ変わりつつある場所があります。

ホタルが乱舞する光景に圧倒されながらも、整備が進む場所を眺めていると、まさに「まずは自分たちの手でやれることからはじめよう」の精神が、やがて風景をつくり、そして風土として未来へとつながっていくのだと感じずにはいられませんでした。

今回のプロジェクトが、この素晴らしい風景を残すこと、そして地域づくりへとつながっていくこと、その確かな一歩になったのではないかということをあらためて実感しました。

文:神田智規(益子町観光協会専務理事)
写真:益子町・益子町観光協会・久野木智弘・良品計画

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益子町
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