ローカルニッポン

セイルに新しい命を吹き込むアップサイクルチーム、リセイルファクトリー

書き手:高田幸人
1981年、兵庫県生まれ、2004年、文化服装学院卒業。神奈川県葉山町在住のライター。2019年、一糸社を設立。
街全体をフィールドとして捉え、日々の暮らしに佇む、デザインの目線を備えた、ヒト、モノ、コトに着目し、独自の視点を交えて編集を行い、リトルプレスの発行など様々なプロジェクト開催に向けて日々活動しています。一本の糸を辿るように旅していきたい。

神奈川県藤沢市にある陸繋島(りくけいとう)、江の島。対岸の鵠沼(くげぬま)海岸はマリンスポーツの拠点として、年間300万人を超える人が訪れる日本屈指の海水浴場として知られています。島の東側を占めているヨットハーバーでは、1000隻以上のヨットを収容出来、日本トップクラスのハーバーとして湘南地域の人々に親しまれてきました。

リセイルファクトリー(Re Sail Factory)との出会いは、今から2年前、世界的パンデミックの影響で開催が延期されていたスポーツの祭典が幕を開けようとしていた頃でした。ヨット競技の会場となる江の島の沖合いで、各国の国旗を掲げたヨット達が来たるべき本番に向けて練習に励み、疾走する勇ましさ、一定の距離を保ちながら進む隊列の光景は、思わず息を呑むほどの美しさでした。背後には富士山も姿を現し、素敵な夏の到来を予感させていました。海での興奮冷めやらぬ中、ヨットの疾走感そのままに、MUJIcomホテルメトロポリタン鎌倉で開催されていたのが、リセイルファクトリーによるポップアップストア「セイルがつなぐ未来」でした。

田上亜美子さんとセイルとの出合い

リセイルファクトリーは使われなくなった、ヨットの帆(セイル)を活用し、バッグや小物など、プロダクト制作を行っているアップサイクルチームです。ヨット競技の世界で様々な経験を積んだ代表の田上亜美子さんが、世界中の海を駆け巡り、役目を終えたセイルを譲り受け、新しい命を吹き込んでいます。

廃棄寸前だったセイルは、優れた耐久性を持った日常生活に最適なバッグや小物として生まれ変わります。田上さんにお話を伺い、リセイルファクトリーの活動についてご紹介したいと思います。

実物大のヨットの帆を背景に、リセイルファクトリー代表の田上亜美子さん。

実物大のヨットの帆を背景に、リセイルファクトリー代表の田上亜美子さん。

田上さんとヨットとの出合いは、今から25年ほど前、知人に誘われた事がきっかけでした。大きなセイルで風をいっぱいに受けながら、広い海を疾走する躍動感に魅了されたのに加えて、船酔いをしない体質と誰とでも打ち解けられる性格もあって、すぐにヨットの世界へとのめり込んでいきました。

転機となったのは、ハワイで行われる世界大会に出場するため、仕事を辞めるかどうかの大きな決断を迫られた時でした。田上さんは参加する事が今後の人生において大きな価値があると一大決心して、勤めていた会社を退職、世界大会に参加し、現在の活動へと繋がる大きな経験を積むこととなりました。

世界各地の海で様々な物を目にする中、苦楽を共にしてきたヨットのセイル達が役目を終え、産業廃棄物として捨てられてしまう悲しい現実を目の当たりにします。セイルに用いられる素材は、普段の生活では触れる事の少ない特殊な素材で溢れていて面白い。何か救う手立てはないかと、セイルをそのまま生かしたバッグを作り始めた事がリセイルファクトリー誕生のきっかけとなりました。

完成したバッグを配り歩いてみると好評で購入してくれる人が次第に増えていきました。ヨット業界でも話題となり、セイルを譲り受ける量も増え、多くの人にセイルの魅力を知ってもらうためリセイルファクトリーという屋号を掲げ、本格的に活動していく事となりました。田上さんがバッグを作る上で特に意識している事はどんなことでしょうか。

田上さん:
「セイル本来の姿を生かしながら、よりデザイン性を高めること。持ち手のバランスやマチの厚み、配色や置いた時のバランスに至るまで、美しく仕上がるように意識しています。そのため、多くの人に意見や感想を求め、物事を客観的に捉え、デザインに反映出来るように心がけています」

無造作に並ぶリセイルバッグは、まるで海の上に浮かぶ小型ヨットのよう。

無造作に並ぶリセイルバッグは、まるで海の上に浮かぶ小型ヨットのよう。

セイルを譲ってもらうタイミングについて伺うと、少し複雑な事情が見えてきました。

田上さん:
「セイルを張り替える時期がチームによって異なり、プロチームやナショナルチームのような頻繁にレースに勤しむようなチームは、消耗も激しくて頻繁に張り替えますが、週末にレースを楽しむようなチームだと頻繁に張り替えることはありません。また、ダクロン素材は長く使用出来るので、使い方次第では30年程度使用出来たり、ラミネート素材だと剥離してセーリングに適さなくなってしまったりと、セイル自体、高額な器具なので、定期的に張り替える事はなく、常に手に入る物ではありません」

そのような事情がありながらも、いくつもの荒波を乗り越え役目を終えた、大切な思い出が詰まったセイルに新しい命を吹き込むという、リセイルファクトリーの活動理念が広まっていくと、縁が縁を呼び、様々な海の関係者が声を掛けてくれるようになりました。

また、リセイルファクトリーの理念だけではなく、田上さんの真っ直ぐな人柄に共感し、オーナー達の粋なはからいによりセイルを譲って下さる方が現れました。今では全国各地に広がり、遠征で来られる際に一緒に船に積んで持ってきてくれるそうです。

ランダムにカットされた数字や文字達は、美しく配置され一点物のバッグへと生まれ変わる。

ランダムにカットされた数字や文字達は、美しく配置され一点物のバッグへと生まれ変わる。

リセイルファクトリーを支える仲間たち

順調に成長を続けてきたリセイルファクトリーですが、生産過程において大きな変化を迎えていました。多くの方の支援もあり、セイルを沢山頂けるようになると、裁断や縫製の頻度が上がり外部に作業を依頼出来ないかと模索するようになりました。

そんな矢先に出会ったのが、就労継続支援B型施設の方々と、藤沢市生きがい就労センターシルバー人材の縫い子さん達でした。以前から障害者の方々の作品を見て、手先の器用さに感心していた田上さんが、セイルの裁断をお願い出来ないかと依頼すると快く引き受けてもらえる事に。セイルは大きなものだとテニスコート1面分もあり、普通なら飽きてしまうような作業も、高い集中力で懸命に取り組み徐々に正確に裁断出来るようになりました。今では欠かす事の出来ない大事なパートナーとなっています。

縫製を依頼した高齢者の方々も、長年縫製業に携わり、服飾に関する豊富な知識と高い技術力を備えていました。リセイルファクトリーの製品は、セイルに入っている柄や縫い目を生かしたデザインが特徴で、縫い合わせる布を予め選び、2枚セットにして渡しています。あるとき間違えて不揃いの状態で渡してしまった所、柄の配置と組み合わせ、ステッチの色選びに至るまで、縫い子さん自ら考え工夫を凝らし製品として仕上げてくれました。一点物のバッグ作りが自らの作品作りのようで楽しいと、生き生きと作業に向き合う姿に田上さんも大きな感銘を受けたそうです。彼らとの仕事の向き合い方について伺うと、失敗に対して寛容なことに驚きます。

一般には期限を守り且つ失敗しない事が、仕事を行う上での約束事だと思います。しかし、田上さんが大事にしている事は、仕事以前に相手のことを何よりも尊重する事でした。型紙が柔らかくてシワを伸ばす事が難しければ、硬く透明なアクリル板に変え、正しい線を引きやすいようにする。セイルのカットに失敗しても、詰め物に転用する等、別の生かし方を考える。体を動かしづらい場合でも、セイルに触れる事で安心するのであれば、遊びの一環として触れるだけでいいと相手の気持ちに寄り添う。

仕事をスムーズに行えるように相手の立場になり、試行錯誤を繰り返しながらお互いにとって最善の道を探します。出来る事をやってみればいいし、失敗しても全く問題がないと言います。

田上さん:
「障害を抱えた方達は、誰よりも高い集中力でひた向きに作業を行い、高齢の縫い子さん達は、誰よりも正確に素早く商品を仕上げてくれます。仕事を通じて、1人1人と時間をかけて向き合う事で、彼らの得意な事、出来る事を探し、成長を見守りながら、共に歩んでいける事が何よりも楽しいです。心強いパートナーへと成長した彼らが能力を発揮出来る場所を守るためにも、1人でも多くの人にリセイルファクトリーのバッグを手に取ってもらいたい。手にしてくれた人達に、障害者と高齢者の方々と一緒になって作ったんだよと言って驚かせたい。何よりも自分自身を支えてくれる大切な仲間達の居場所を守るために、関わった全ての人が笑顔でいられるように、自分は動き続けなければならないと思っています」

田上さんの、相手の気持ちになって寄り添い、同じ目線に立って向き合う姿は、僕らが目指すべき正しい未来、平等な社会を実現するために見習わなければならない姿勢だと強く感じました。

店頭に立ち接客・販売を行うサポートメンバー(TASUC自立の学校・鎌倉大船の先生と生徒達)。

店頭に立ち接客・販売を行うサポートメンバー(TASUC自立の学校・鎌倉大船の先生と生徒達)。

リセイルファクトリーが描く未来

最後に今後の活動について伺うと、ビジネスをより意識した体制に成長していかなければならないと語ります。

田上さん:
「リセイルファクトリーは自分達の範疇を越え始め、仲間内でも凄く意識が高まっていて、会社を設立すべき状況を迎えています。ただ大きな工場を抱えて、安定した活動を行えるかと言われると不安もあり、始めた時の気持ちを第一にしていきたいと思っています。産業廃棄物であるセイルを無くすために始めた活動だから、自分達の元にセイルが集まらなくなった時が大成功、自らの手で自分達のセイルを消費し、私達の所にセイルが回ってこなくなった時がゴールです」

会期中は、連日多くの人で賑わい、皆リセイルバッグに興味津々な様子でした。

会期中は、連日多くの人で賑わい、皆リセイルバッグに興味津々な様子でした。

田上さんは、遮るもののない海のような広い心で、心地良いほどに前に向かって進んでいきます。何事も辛抱強く待っていてくれる田上さんに、周りも失敗を恐れずに楽しく学びながら、新たに生みだす側にまわることが出来ます。リセイルファクトリーのものづくりを通して、何かを形にする時、ゆとりを持つ事の大切さを感じました。

田上さんの姿をみていると、ちゅうちょしていたこと、諦めていたことの先に何があるか分からないけど、飛び込んでみようと思わせてくれます。そして、身近な人の幸せを誰よりも願い行動する姿に、人を喜ばせることの積み重ねが結果的に自分を幸せにすることに繋がっていくと感じます。幸せが人を辿ってめぐっていく事は、人が築いてきた自然の摂理なのだろうと強く感じました。

リセイルファクトリーはポップアップストアやワークショップの開催を定期的に行っています。家族や友人を誘って、ぜひリセイルファクトリーの商品を手に取って触れてみて欲しいと思います。リセイルバッグとの出合いをきっかけに、セイルが風をいっぱいに受けて海の上を進む姿を、疾走する躍動感を、その身をもって感じてもらえたら嬉しいです。 そして、海を感じることが、地域に住む人々、山、動植物達と自然環境について考えるきっかけとなり、新しい視野が広がることでしょう。リセイルファクトリーのバッグを片手に、あなた自身が新しいヨットになって、目くるめく冒険の旅へといざなって欲しいです。

文:高田幸人
写真:高田幸人

リンク:
リセイルファクトリー HP