ローカルニッポン

農家の課題に取り組み、地域コミュニティを支える

書き手:吉田真緒
東京都出身、青森県在住の編集者・ライター。編集制作会社勤務を経て2012年に独立。まちづくりやコミュニティ、ライフスタイルをメインテーマに、多数の媒体で取材、執筆をしている。共著に『東川スタイル』(産学社)がある。

青森県の南東部にあり岩手県に隣接している南部町は、ゆるやかな名久井岳を臨み、馬淵川が流れる自然豊かなまち。農業が盛んで、とくにさくらんぼやりんご、桃、なし、ぶどうなどの果物の生産地として知られています。

果樹園が続く美しい風景のまちですが、近年は住民の高齢化や地域コミュニティの衰退といった課題に直面しています。これらの課題解決に向けて、次々と事業を展開している合同会社「南部どき」の根市大樹さんにお話をうかがいました。

祖父と過ごした故郷に恩返しを

南部町で生まれ育った根市さんは、大阪の大学に進学したのち、青森の新聞社に就職してUターン。当時、東京の会社からも内定が出ていましたが、祖父の訃報が根市さんを故郷へと向かわせたと言います。

根市さん:
「僕はじいちゃん子でした。畑に行ったり川で釣りをしたり、いつも一緒。じいちゃんは、どこへ行ってもまちの人から声をかけられていました。商店街に行けば『今日はこれが安いよ』とか。農家だったので、自分のところで採れた野菜をみんなに配って、お返しに僕がジュースをもらったり。そういう故郷の記憶が、僕のなかに思いを寄せるものとして、ずっとありました」

根市さんの原体験には、かわいがってくれた祖父と、地域の人々のあたたかいコミュニケーションがありました。その祖父の訃報が届いた日に、面接を受けていた青森の新聞社からも内定通知が届いたそう。

根市さん:
「じいちゃんに恩返しできなかったという後悔がありましたが、内定通知を見て、『俺には恩返ししなくていいから、故郷に恩返ししろ』とじいちゃんに言われている気がしました」

こうして根市さんはUターンすることを決意。地方紙の新聞記者として6年間働きました。

地域全体で6次産業化に取り組むためのNPO

やがて、根市さんは祖父が残した農地を継ぐことになり、新聞社を退社。南部町の先輩農家さんたちに教わりながら、果物や野菜づくりを始めます。しかし、早くも挫折を味わうことに……。

根市さん:
「自分に農業のセンスがないことに気づかされました。農業って、『このりんごを赤くさせるために、この枝を切ろう』とか、的確に判断できるセンスがないといけないんです。これは自分には無理だと。だから、うまく生産することよりも、加工や販売のほうに力を入れることにしました」

根市さんの畑のぶどうでつくったワインと、ラベルのロゴをプリントしたTシャツ

根市さんの畑のぶどうでつくったワインと、ラベルのロゴをプリントしたTシャツ

この根市さんの方針が、時代に合っていました。ときは2011年。農業の世界では、国の政策として「6次産業化」が推進されていました。
※6次産業化:農業や漁業などの1次産業者が、食品加工(2次産業)や流通・販売(3次産業)まで行うことで生産物の価値を高め、収益を得ること。

南部町の農家も、県や国から6次産業化を進めるよう求められていましたが、具体的に何をするかはそれぞれの農家に委ねられていました。

根市さん:
「農家のみなさんは生産はプロだけど、加工や販売については知識も経験も、アイディアもない状態で…。これはまずいなと思いました」

そこで根市さんは、南部町の農家が協力し合って6次産業化を進められるよう、仲間とともにNPO法人「青森なんぶの達者村」を立ち上げます。農家民泊の展開や生産物の販路を開拓するなど奔走した結果、同じ仕組みを取り入れる地域が現れるほど注目されたそう。まちづくりに興味のある20代の若者たちも入職したので、根市さんは彼らが育ったタイミングで運営を譲り独立。2016年に合同会社「南部どき」をひとりで立ち上げます。

本来なら廃棄される剪定枝を、ビジネスチャンスに

根市さん:
「僕の活動はいつも、起点を“人”に置いています。モノやコトではなく、目の前にいる人たちと一緒に幸せになるにはどうしたらいいだろうと考えるんです」

そう話す根市さんが次に着手したのが、果樹の剪定作業の問題でした。南部町の果樹園では、冬、梯子に登って果樹の枝先を切り落とします。落ちた枝は拾い集めて保管し、雪が溶けた頃に工場で処分するか野焼きをするので、春にまちの至るところで煙がのぼる風景は、南部町の風物詩となっています。しかし、この剪定作業が重労働で、ほとんどが60歳以上という南部町の農家にとって、大きな負担となっていました。

根市さん:
「剪定作業さえなければ、あと5年10年は農業を続けられるという農家が多かったんです。高齢で体力は落ちていても、60年くらい農業を続けてきた知識や経験が豊富な人たちです。彼らの持っている技術を、廃れさせたくなかった」

根市さんは「南部どき」で、無料で剪定作業を引き受ける事業を始めます。ひとりでは手が足りないのでアルバイトを雇いましたが、支払いにお金が出ていくだけで、ビジネスとして成り立ちません。剪定した枝が自分の畑にたまっていくのを眺めては、頭を抱えていたと言います。

寒い季節に行う果樹の剪定作業

寒い季節に行う果樹の剪定作業

突破口となったのは、農家の人たちの宴会でした。

根市さん:
「収穫の後などによく宴会をするんですが、あるとき農家さんたちが、自分の果樹園の剪定枝で燻製をつくって振る舞ってくれたんです。鶏のささみとか、卵とか、これがめちゃくちゃおいしくて。しかも、りんごやぶどうなど、いろんな果物の剪定枝で燻製したものを食べ比べて、味の違いを楽しんでいる。そういう農家さんたちの食文化がもともとあって、面白いなと思いました。しかも『これ売れますよ』と言っても信じてくれなくて、当たり前すぎて魅力に気づいていないんです」

果樹の剪定枝なら、事業で集めてきたものがたくさんある。根市さんはさっそくナッツを仕入れ、りんご、さくらんぼ、ぶどう、梅の4種類の剪定枝でスモークナッツの製品をつくってみました。NPO時代のノウハウや人脈を活かし、大手デパートなどに置いてもらったところ、健康ブームも相まってまずまずの売上げ。これなら、人を雇っても回る仕組みをつくれると、本格的にスモーク商品を売り出すことにしました。

果樹の剪定枝からつくったスモークチップと、商品化したスモークナッツ

果樹の剪定枝からつくったスモークチップと、商品化したスモークナッツ

ビジネスは軌道に乗り、スモークオリーブオイルやスモークコーヒーなどラインナップも増え、町外を中心にいまも取引を続けています。
根市さんに剪定作業を依頼する農家は当初2ヶ所でしたが、現在は6ヶ所にまで増えました。かつて「農業はもう辞める」と言っていた農家の人も、剪定作業の負担がなくなったことで、いまも元気に続けられているとか。

“出入り自由なカフェ”という地域拠点

根市さんは、地域の人たちとたびたび集まっては、南部町のまちづくりについて話し合いをしてきました。そこでみんなが共通して気にしていたのは、駅前から商店街にかけての寂しさでした。東京や岩手から来る列車が青森に最初に入る駅で、かつては周辺に旅館が立ち並び、結婚式場や映画館まであるほど栄えていたそう。当時を知っている人に言わせれば、現在は「何もない」。ひと気もなくなり、いわゆる地域コミュニティの衰退が進んでいました。

根市さん:
「どうにかしなきゃいけない。けれど、どうしたらいいのか誰もわかりませんでした。だから、僕が実験的に駅前にカフェをつくることにしました。そこを地域の人が集まる場所にして、人の動きを生み出してみよう。ひとまず“点”を打ってみようと。ちょうど長男が2歳になる頃で、妻が仕事に復帰する場としても、子育てしながら店に立てていいと思いました」

そうして2018年、コーヒーと燻製のカフェ「南部どき」がオープンします。以前はりんご倉庫だった建物に最小限のリノベーションを施し、1階をカフェにしたまちの拠点の誕生です。

老若男女が集まるカフェ「南部どき」

老若男女が集まるカフェ「南部どき」

それから4〜5年が過ぎ、「なんとなく人が集まる場所になった」と根市さん。営業中は2階をフリースペースとしても開放しており、地域の人がふらりと来て一服するだけでなく、お祭の準備や電車待ちに利用されることもあります。コーヒーを買わなくても自由に出入りできるため、近所の子供たちが2階で宿題をする光景が日常となりました。
また、「南部どき」からすぐの商店街では、蕎麦屋やカフェなどの飲食店が新たに店をかまえ、さらなる“点”が増えつつあると言います。

郷土愛を育む学びの場

現在、1歳、4歳、7歳の子供を育てている根市さん。南部町で子育てをするなかで、子供たちに郷土愛を持ってもらいたいと願うようになったと言います。

根市さん:
「郷土愛は、ゆるく効く薬のようなものです。すぐには気づかなくても、大人になったときに心を寄せられるものになる。僕も、自分のなかに郷土愛の種があって、いま花開いている実感があります」

根市さんは子供の頃、祖父とともに過ごす日々のなかで、郷土愛の種を手にしたそう。今度は根市さんが次の世代に渡す番なのでしょう。

しかし、地域コミュニティが希薄になったいま、それは簡単なことではないとも根市さんは言います。というのも、以前南部町出身で東京での就職を希望している学生に、なぜまちに戻って来ないのか聞いたところ、こんな答えが返ってきたそう。

根市さん:
「その子は、南部町で育ったけれど、いつも家と学校の往復で、まちにどんな人がいるか知らないし、地域での思い出がほとんどないと言っていました。だから南部町に戻る意味を感じないと。そういう子が、今後も増えるだろうなと予想しました」

危機感を覚えた根市さんは2021年、体験型学び舎「学びどき」をスタートさせます。これは、地域をフィールドに学校では教わらない生きる力や郷土愛を育む場。参加する子供たちは週に5日、放課後や休日に「南部どき」の2階に集まり、独自のプログラムに沿ってさまざまな活動をします。そのなかの、地域の人に会いにいくワークショップでは、薬局で薬剤師に薬の調合方法を教わったり、習字の達人と書き初めをしたり、郷土料理づくりや農業体験をすることもあります。

「学びどき」の活動で、将来の夢を見つけた子も

「学びどき」の活動で、将来の夢を見つけた子も

「学びどき」での活動を通して、子供たちは地域の人たちとコミュニケーションをとり、まちや社会を知ることができます。学校や家で「知らない人と話してはいけない」と教わっていた子も、「学びどき」で地域の人と知り合ったことで、通学途中などに会話をするようになったとか。

「学びどき」の子供たちの活動日誌を、うれしそうに読む根市さん

「学びどき」の子供たちの活動日誌を、うれしそうに読む根市さん

根市さん:
「僕がじいちゃんと一緒にいたときは、まちの人とふれ合う機会がたくさんあって、郷土愛が自然と醸造されました。けれど、いまは意図的につくらないといけない時代です。地域でのコミュニケーションは、ともすると面倒だとか、わずらわしいと捉えられてしまう風潮もありますが、僕はいいものだと思っています」

採れたての農作物をお裾分けし合うような、与え合い、助け合う“田舎のコミュニケーション”が、南部町には残っていると根市さんは言います。
あたたかい人間関係と地域コミュニティを守り、そのなかで子供たちを育てていく。根市さんの、祖父への、そしてまちへの恩返しは、これからも続いていきます。

文:吉田真緒
写真:吉田真緒、南部どき

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