廃材で人や地域がつながる。IDEA R LAB・大月ヒロ子さん
岡山県和気郡佐伯町(現・和気町)出身、倉敷市在住のフリーライター。自動車メディアでも執筆、モノを長く大切に使うという観点で「旧車」を中心とした記事を発信している。
吹奏楽、文房具、人に愛されているクルマが好き。
江戸時代に干拓が進み、物資の集散拠点として繁栄した港町、岡山県倉敷市玉島地区。江戸時代前期から問屋や蔵が建ち並んだ、古き良き時代の町並みを今に残します。
この玉島で大月ヒロ子さんが古い実家を改装し、クリエイティブリユースの拠点「IDEA R LAB(イデア アール ラボ)」を2013年に構えてからちょうど10年が経ちました。こちらではさまざまなワークショップやイベントが行われ、地域住民はもちろん他県からも人が集います。
これまで東京で学芸員として活動し、そののちミュージアム・エデュケーション・プランナーとして国公立の博物館の開館準備や企画運営などの仕事をしていた大月さん。まずはIDEA R LABの設立までを伺いました。
大月さん:
「大阪にいた頃、廃材でものづくりをする教育関連のプロジェクトに3年間携わったことで、大人にも廃材に親しんでもらいたい、もっと踏み込んだことをしたいという気持ちが強くなったんです。そこへ東日本大震災が起き、これからの生き方を考えるきっかけになりましたね。暮らす場所や働き方、人との関わり方を見つめ直した結果『生まれ育った場所で、やりたかったことをやろう』ということになり、IDEA R LABをオープンしました。住まいを街に開く“実験室”とし、クリエイティブリユースを通じていろんな人とさまざまな試みができればと思いました」
「廃材」が生まれ変わる、クリエイティブリユースの魅力
大月さんが取り組む「クリエイティブリユース」とは、家庭や工場などで生まれ、多くがゴミとして捨てられてしまう「廃材」を、新しく魅力的な作品に生まれ変わらせること。使われる廃材は布や木材、機械の部品と多種多様です。
クリエイティブリユースにおいて大切なのは、廃材の“分解と整理、そして観察”です。分解して色や種類で分別すると本来の姿がリセットされ、異なるモノになります。例えば、スケートボードを分解すると板と車輪の両方の使い方を想像できます。また、ガスメーターを分解すれば、細かい部品や数字盤が魅力的でかっこいいモノに見え、想像力を掻き立てます。 さらに、アート作品や質の高いプロダクトとして高い評価を受けるモノに生まれ変わる可能性もあるのです。
玉島地区は、昔から魅力的な廃材の宝庫だったと大月さんは話します。
大月さん:
「玉島はものづくり人口の多い街です。私が幼い頃は、近所に何人も縫製職人が住んでいましたし、端切れを売っている店もあってワクワクしたものです。工房から出るかんな屑や、麦わら帽子の素材となるわらの切れ端も綺麗なんですよ。このような廃材を組み合わせて遊んでいるうちに、ものづくりからこぼれ落ちてくる魅力に気づきました」
廃材の受け渡しがきっかけで、地域住民や工場・店舗とつながりができ、作品づくりで人が集まればコミュニティができます。そんな人のつながりから、新しいことが生まれる可能性も秘めています。
クリエイティブリユースは、資源を再利用して循環させるリサイクルとは別の、“人とモノとコトの循環を生む”取り組みでもあるのです。
次々と生まれる地域とのつながり
大月さんはIDEA R LABの近隣で、クリエイティブリユースを軸とした関連施設も運営しています。廃材を整理してストックする場であり、ワークショップの会場やカフェにもなる「マテリアルライブラリー&カフェ」をはじめ、“あげたりもらったり”のドネーション制物々交換スペース「アゲモラ」。地元やワークショップなどが縁で集まった方との共用農園「ラボ ファーム」など、6つの施設(プロジェクト)を運営。地元住民やものづくりをする人、アーティストなどが集い、ゆるやかなコミュニティが生まれています。
設立当時からすると、ずいぶん地域とのつながりも増えたと言う大月さん。
大月さん:
「県内はもちろん、県外からも来てくださる方が増えましたね。廃材がきっかけで、玉島で行われている多様な活動を知ることもできています。学校や大学でクリエイティブリユースの授業をすることも増えました。ある学校では、子どもたちに廃材を並べたり透かしたりして写真を撮ってもらい、皆で発表し合いました。それぞれの写真が素敵ですよね。正解がないものなので、個人の視点で自信をもって発表できるのも素敵です。地元の高校では、美術室にマテリアルライブラリーができたんですよ。課外授業で生徒の皆さんが訪問してくださったことがきっかけで実現しました」
ワークショップやイベントを催すなかで、こんなうれしい出来事もあったそうです。
大月さん:
「『クリーニングデイ』と呼ばれる、リサイクルと地域交流を目的としたフィンランド発祥のイベントがあるんですが、日本でも根付かせようと私の友人が発起人となって開催し始めて8年ほどが経ちます。IDEA R LABも初回から参加していて、毎年5月と8月にラボの中からキッズマーケットや、服のボタン付けコーナー、廃材アレンジコーナーなどのブースが出たりするんですが、参加者が増えて定着しつつあります。子どもたちが廃材を自由にアレンジして楽しむ姿を見るのがとてもうれしいですね」
このように地域ぐるみで多彩な活動を展開してきた結果、地域とのつながりやコミュニティも新たな広がりを見せているようです。
ピンホールカメラ作りのワークショップに参加
筆者も実際にIDEA R LABのワークショップへ参加しました。参加したのは2023年8月5日に催された「ピンホールカメラ〜ライトハンター〜」。レンズを使わない針穴(ピンホール)を利用したカメラ、ピンホールカメラを作って実際に撮影・現像するというワークショップです。
講師はウクライナ出身のアロナ・チジェンコさん。ウクライナのキーウにある現代美術センターでプロジェクトマネージャーを務め、現代美術フェスティバルのコーディネーターなどを経て今年の8月いっぱいまで総社市役所の文化コーディネーターとして活動してきました。これまでユニークな素材を用いてピンホールカメラを製作してきたアロナさんに作り方を教えていただきながら、各々が持ち寄った空き缶や空き箱などの廃材で“自分だけの1台”を作りました。
この日の参加者は10名。IT関連、教職、アーティストなど職業や年代もさまざまです。最初に全員で昼食をとりながら自己紹介をしました。
ひと息ついたところで作業がスタート。ピンホールカメラの中に印画紙を入れるため、空き缶をカットして内側を黒く塗り、隙間から光が入らないように加工していきます。一度カットした缶の中に印画紙を入れ、再び蓋をしなければならないのですが、切り離した蓋をぴったり合わせるのはなかなか難しい・・・。
ボディのどの場所に穴を開けるかは自由。印画紙の形も自由です。
カメラの本体が完成したら撮影に移ります。IDEA R LAB周辺の、思い思いの場所でピンホールカメラの“目隠し”を開放。どんな写真が撮れているのかワクワクします。撮影が終わったら暗室へ入り、現像を体験しました。この時代に現像を体験できることも貴重です。
そしていよいよ写真のお披露目。現像された写真がテーブルに広げられました。
花や愛車、セルフポートレートを撮影している方も。写真加工アプリでネガポジを反転させると、また違った雰囲気になることも発見。お気に入りの写真をスマートフォンに取り込む姿も見られました。
参加した皆さんからは「実際に作ってモノの仕組みが分かるのがおもしろい」「ほかの人の試みとその結果が見えるのも楽しい」「アートに縁がなかった人も楽しめる」などの感想が寄せられました。世代や職業の異なる人が集まり、一つのことに取り組みながら交流するという非日常、そしてピンホールカメラとアートの世界に触れる体験は刺激的でした。
大月さん:
「次回はもっと多くの廃材を使ってピンホールカメラを作ってみたいですね。そのためにはいくつかのステップを踏まなくてはならないので、連続して開催できたらいいなと思っています」
コミュニティのあたたかさも体感
ワークショップ終了後、今日を振り返りながらバーベキューで打ち上げをしました。筆者を含めて初対面の方が多かったようですが、手分けして食材や食器を運んだり洗ったりしていると、なんだか家族のような感覚になってきました。
IDEA R LABには近所の方が「桃をもらったからお裾分けだよ」「庭でハッカを収穫したから飲み物に入れてみて」と、ふらりと差し入れを持って訪ねてきます。大月さんもバーベキューを皿に盛り付けて近所へお裾分けに出かけました。
大月さん:
「幼い頃から母が料理を多めに作ってお裾分けする姿を見てきました。そうしたご近所さん同士の“持ちつ持たれつ”の文化が玉島にはまだ残っています。皆でおいしいものを食べると幸せだし、そのうえ調理をするところから一緒だとすぐに仲良くなれますよね」
コミュニティや地域のあたたかさを肌で感じたひとときでもありました。
IDEA R LABのこれから
「やりたいことやアイデアは尽きない」と大月さん。今後の予定や構想を伺ってみました。
大月さん:
「運営しているプロジェクト一つひとつを進化させていきたいと思います。特に 『水辺のキッチン』の中のツールライブラリーを本格的に稼働させたいです。ここは水辺に面した古い小屋を、オルタナティブスペースやシェアキッチンとして利用する施設にリノベーションしたものです。ここに、頻繁には使わない便利な道具を皆で共有する仕組みを整備したいですね」
ここ玉島では、ものづくりから人のつながりが生まれ、地域のあたたかい関係が広がっているようです。東日本大震災、そしてコロナ禍を経験した今、“コミュニティ”のちからが試されているような気がします。
地域コミュニティの中でいかに幸せに暮らすか。IDEA R LABは、地域の持続的発展のモデルケースとなるのかもしれません。
文:野鶴美和
写真:IDEA R LAB・野鶴美和
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