ローカルニッポン

その源流にある確かなもの/染めもの屋ふく

書き手:前田亜礼
福岡市在住フリーランスライター、ときどき書籍出版社でDTPデザイン。取材を通して、本質を見つめ、心揺さぶられるものを伝え届けることを大事にしています。

福岡県の中西部に位置する那珂川(なかがわ)市。四方を美しい山々に囲まれ、カワセミが生息する清流・那珂川が流れるまちに「染めもの屋ふく」の工房はあります。主宰である染色家の今井みどりさんは、植物で染める靴下をはじめとしたアイテムを製作し、体を温めることの大切さを提唱しています。

茜(あかね)で染めた赤、藍(あい)で染めた青、楊梅(やまもも)で染めた黄色など、植物染めならではの色合いは、自然界から授かった贈りもののよう。

2014年から冷えとり靴下を染め始め、那珂川市に移り住んだのは2016年のこと。今井さんがなぜ冷えとりの重要性を伝えるようになったのか。そこには、根を張って自分らしく生きることへの決意がありました。

一生ものの仕事を

元郵便局の平屋を工房に。ここからつながる人に福がくるようにと「ふく」の名を付けた

元郵便局の平屋を工房に。ここからつながる人に福がくるようにと「ふく」の名を付けた

今井さんは大阪出身。カバン屋を営む一家に生まれ、ものづくりの仕事を見て育ちました。短大へ進みますが、卒業後の自分の将来像が思い描けないと中退し、ニュージーランドへ短期留学。その後移り住んだ山陰地方で興味を持ったのが織物でした。

「一生続けられるものと出会えた」感覚を大事に、1996年から織りについて学び始め、その後、当時のパートナーの故郷・福岡県へ移住。3年ほど織物の先生に付いて学んだ後、公募展での入選を機に、作家として独立の一歩を踏み出します。

今井さん:
「全国から50人が公募で選ばれ出展できるというクラフトイベントに応募してみたら選ばれたんです。それをきっかけに仕事として活動を始めました。その頃は羊毛が好きだったので、ナチュラルカラーの羊毛で椅子敷きやストールを、糸から紡いで織っていました」

仕事に恵まれた半面、制作に費やす時間はかなりのもの。当時は30代半ばで少々無理をしても好きなことができている充足感があったといいます。

今井さん:
「だけど、つくったものをいろんな人に知ってほしい気持ちから、ついつい頑張りすぎて、体を壊してしまったんです」

20代後半からの持病・緑内障に加えて、30代から40代にかけて一気に体の不調が押し寄せます。そのときに出した答えは「薬で抑えるだけじゃ根本的な解決にならない。自分の体は自分でなんとかしなくちゃ」という決心でした。

今井さん:
「まずは食から見直しました。それで少しは改善するんですけど、根本的なところまでは良くならなくて。当時すごく冷えを感じていたんですね。それで、血の巡りを良くしようと陶板で外から体を温めてみていたら、少しずつ体調が良くなってきて…。温めることの大切さを実感しました。だけど、続けるには時間もお金もかかる。もっと自分で何かできることはないかと探していた時に、『冷えとり健康法』という本に出合いました。そこに書かれていたのが、ぬるま湯につかるという入浴法だったんですけど、試してみたらその夜ぐっすり寝られたんです。それから冷えとりを意識し出して、2年ほどたつと目の調子も良くなってきたんです。体の治癒力に感動して『私もう大丈夫だ』って、ストンと腑(ふ)に落ちた感じでした」

冷えとりと茜

赤色の靴下は季節を選ばず履ける茜染め

赤色の靴下は季節を選ばず履ける茜染め

冷えとりの体験を通して、「自分のように元気になれる人がもっと増えたら」と痛感した今井さん。冷えとりを実践する医師の勉強会を主催するなど行動を起こします。その中で、自分ができることをと行き着いたのが、「冷えとり靴下を植物で染める」ことでした。

今井さん:
「冷えとりは東洋医学の考えにある『頭寒足熱』に通じていて、足元や下半身を温めることが大事とされています。それまで私は染料を色としてしか捉えていなかったんですが、ある時「服薬」の意味を知り、だったら植物の力を借りて白い靴下を染めてみようと思いついたんです。織りで使う糸を染める技術は持っていましたから」

最初は試しに、冷えとりを実践している知り合いが履き古した靴下を染め直しました。

今井さん:
「長持ちするし、履き心地が気持ちいいねって、みんなが喜んでくれて。だんだん『プレゼントしたいから新しい靴下はないですか』って聞かれるようになったんです。そこから冷えとり靴下の製作が始まりました」

体にいい染めものをと、靴下の素材から仕入れ先を吟味し、自分で履いていいと感じたシルクコットンとシルクウールの五本指靴下を選びます。

今井さん:
「食べものと一緒で、染色の世界も今は添加剤が多用されています。でも昔はそういう化学的な薬剤がなくても染めることができていたし、千年以上色が残っている宝物(ほうもつ)もあるんですよね。体のことを考えていくと、源に近づいていくというか、使う材料もどんどん削ぎ落とされていきました」

今では、季節ごと、身の回りにある植物などを使って染色を行っている今井さんですが、とくに伝えたいのが、冷えとりに適していると感じる茜染めです。

染料をとるため、煮出した茜

染料をとるため、煮出した茜

今井さん:
「染めを続けているうちに、赤という色自体が命の色、血の色と結びついていることを感じるんです。茜は、血をきれいにする、体を温めるといった効能があると昔から伝えられていて、その色を見ているだけで元気になるというか、世界中で赤色って生命力やエネルギーの源として捉えられている。茜に限らず、植物自体には薬効とその色が持つエネルギーがあって、私たちは無意識にそれを選んでいるのかもと感じるようになりました」

仕事場は自然の宝庫

初めのうちは、家の台所で染めの作業を行っていたそうですが、注文が増え始め、仕事場を探すことに。

今井さん:
「自然に近い場所がいいとあちこち探してみたんですが、いいなと思った場所はとても手が出なくて。那珂川に住んでいた陶芸家の友人宅へ遊びに行ったときに仕事場を探している話をしたら、地域おこし協力隊の方を紹介してくれたんです。その方が区長さんたちを通じてあれこれ見つけてきてくれては『ここ、どうですか』って半年ぐらい通って物件を見せてもらっていました。ある日、何度も通っている道だったんですけど、本道から一本入った小道の奥に、元郵便局だった建物があって。そこに立った時に、なんだかふわっとして『ここだ』と直感しました」

工房に通じる緑に囲まれた一本道。その脇には桜の老木の木立と小川が流れる

工房に通じる緑に囲まれた一本道。その脇には桜の老木の木立と小川が流れる

「南畑美術散歩」(*)と名づけられたアートイベントなども盛んで、ものづくりする人たちが増えている那珂川地域。移住・定住推進などの活性化に積極的に取り組むまちの人たちが背中を押してくれたことも功を奏し、今井さんは運命ともいうべき場所に巡り合えました。
*参照記事:
那珂川市 南畑(みなみはた)、みらいへつづく町づくり | ローカルニッポン | 無印良品 (muji.com)

今井さん:
「何よりうれしかったのは、この自然の豊かさです。井戸水と川の水が使えるんですね。いままですべて買わざるを得ないものだった染料も、一部は植物を自分で採取して染められるようになって。もともと野草も好きで勉強していたんですけど、草木同様、それぞれに薬効があって人の役に立ってくれる草がいっぱいあるんですよ。自然と、野草も染色の素材として使っています」

ここから、伝え続けること

ワークショップやイベントを通して交流の場にもなる工房

ワークショップやイベントを通して交流の場にもなる工房

福岡市内から車で40分ほどの近郊にありながら、那珂川地域に入ると、緑が深まりすがすがしい空気に包まれます。この自然環境に惹(ひ)かれ、まちには陶芸、木工、絵画といった創作を行う作り手だけでなく、農的な暮らしやセカンドライフを求めて移住する人も少なくありません。

今井さん:
「イタリアンやカレー屋さんといったお店を営む方もだんだん増えているんですよ。普段は、地元で取れた農作物が並ぶ自然食品店で買い物をして、友人が遊びに来れば飲食店や工房に案内したりするので、地域の人たちとの交流やコミュニティも自然と深まります。リフレッシュしたくなったら、磨崖仏を拝める小さな神社や近所の山など、お気に入りの場所へ出かけたり…。求めるすべてがここにあるんです」

暮らすうちに、冷えとりの大切さとともに那珂川の魅力を届けたいと、工房は仕事場だけでなく、「伝える場」として人が集う場所になっていきます。染めもの体験やものづくりのワークショップ、ときには専門家を招いての食を見直す講座なども行われ、いつしか那珂川の内と外をつなぐ存在になっていきました。

今井さん:
「織物は一人だけの孤独な作業で、それはそれで好きだったんですけど、『染めもの屋ふく』は、自分の意思と違うところで導かれるというか、人のつながりがどんどん広がっていく感覚なんです。ここに住まわせてもらうようになってから、地域のためにできることがあったらという思いが自分の中に芽生えてきたんですね。それは、有機栽培や無農薬栽培を行う農家さんとそれを支える自然食品店があったり、食の安全について頑張って活動されている市議会議員さんがいたり…。私は染めでアプローチしているけれど、それぞれのスタンスで地に足をつけて暮らしている人たちとこの地でつながることができたからだと思います。私たちは今、時代の変わり目にいて、だからこそ同じ感覚の仲間と横のつながりを広げていくことが安心できる生活の基盤をしっかり築いていく早道だとも思うんです」

衣食住は、すべてつながっている。その根っこにあるのは「人間は自然の一部」だから、自然を極力壊さず、共に生きることが大切という共通の意識。自然の美しさ、たくましさを体現する那珂川の地から、感覚を共有できる仲間をつくって増やしていきたいと、今井さんは話します。

今井さん:
「ものづくりすることも、食の安全を伝えたり草の根的な活動を行うことも、私にとって源流は同じ。そのことで命が明るく輝くかどうかです。意識が大きく変わったのは、東日本大震災の原発事故からです。エネルギー問題について無知だったことを深く反省させられ、ものすごくショックを受けた出来事でした。人間はあまりにも自然とかけ離れた暮らしになりすぎたと痛切に感じたんですね。本来、人間って自分で食べ物を採集する時代から生きてきたから、現代人がすっかり忘れている“自分の手で何かを生み出す”ことを暮らしに取り戻していき、大量生産・大量消費をやめて、“小さく豊かに暮らすこと”こそが健康にもつながり、安心して命が明るく輝く世の中になっていくと思っています」

工房の裏手に生えた野草について説明する今井さん

工房の裏手に生えた野草について説明する今井さん

この日、苧麻(チョマ)と呼ばれる植物を一緒に取って、茎から繊維を取りひもを撚(よ)る方法を教わりました。野草を使ったものづくりやワークショップも、那珂川に来て始めた活動です。筆者も子どもの頃の感覚に戻ったような懐かしい気持ちで、いつしか夢中になって不器用な手を動かしていると、すてきなブレスレットが出来上がったのです。

チョマやレモングラスの茎を撚ってつくったブレスレット

チョマやレモングラスの茎を撚ってつくったブレスレット

今井さん:
「野草を1つ覚えれば、その野草を摘んでひもをつくったりお茶にしたりいろいろできるんですよね。そういうことに気づいた人たちはいろんな方向で動いていて。こうしたことは、世の中から見たらマイノリティかもしれないけれど、その細い細い一筋の流れはたえることはないと、生きている確かさみたいなものはすごく感じます」

那珂川という自然との距離が近い場所に身を置き、自分のテンポで自然とともに生きる営みをひたひたと紡いでいる今井さん。手足を動かし何かを生み出す喜びは、生きるヒントや自信につながっていくことを教えてくれました。

その日、茜の冷えとり靴下をさっそく履いてみると、じんわりと温かな履き心地のよさに、心までホッとやすらぐ感覚に。自分をいたわること、自然界の恵みに対する感謝の思いを重ねたからでしょうか。そして、「あなたの源流は?」そんな生きる指針への問いかけもまた、今井さんから受け取ったギフトでした。

文・写真:前田亜礼

リンク:
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