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下関の「点と線」Vol.1|国内明太子の起点「明太子専門店 イリイチ食品」
東京から下関に移住して4年。元アパレル店員、趣味で銭湯ライターをしていた事を生かして、江戸と昭和レトロをこよなく愛する独自の視点で下関の魅力を地元WEBマガジンで執筆中。
山口県下関市のユニークなヒト・モノ・コトを6つの「点」としてストーリーを紹介しています。あなたも今まで知らなかった「下関の点」を繋いで、自然や食との関わり方に目を向けてみませんか。
山口県下関市は本州の最西端で、隣接する広島・島根県側を除く三方を海に囲まれた、豊かな海産資源が揃う町です。全国で有名な「ふぐ」だけでなく、下関では国内外からの流通ルートの利便性を活かし、漁港・魚市場・加工店が今なおしのぎを削っています。そんな下関の日常風景に溶け込む下関駅から車で10分程度の市街地に、明太子製造の老舗「イリイチ食品」があります。
博多ではなく、下関の老舗店として
![屋号は創業時から「入―」。髙井商店として旧国鉄物資部等へ辛子明太子の販売を開始。](https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/localnippon-img/wp-content/uploads/2024/10/mentaiiriichi_002.jpg)
屋号は創業時から「入―」。髙井商店として旧国鉄物資部等へ辛子明太子の販売を開始。
「イリイチ食品」は今年で創業77年を迎えます。戦後すぐの昭和22年(1947)、市内で辛子明太子の販売を開始し、昔ながらの製法で工程のほとんどを未だに手作業での製造を続けています。
明太子と聞くと誰しもが「福岡・博多」の人気珍味のイメージが強いでしょう。福岡県内のメーカーが “出汁”による味付けを開発し、取扱店が増えていき、ごはんのお供として爆発的な知名度を全国で獲得しました。そんな博多以上に下関では明太子の歴史は長く、愛されてきたというのです。
イリイチ食品の3代目、代表取締役の髙井顕(たかいあきら)さんが、近代の明太子のめくるめく歴史を分かりやすく紐解いてくれました。
髙井さん:
「日本では辛子明太子って普通に呼びますけど、“めんたい”とはもともと大陸の言葉で『明“みん”太“たい”』。魚の“スケトウダラ”そのものを指します。1900年頃には朝鮮半島の漁村などで、辛子明太子の原型といえる魚卵のキムチのようなものは作られていたそうです。日本国内の製造はその後しばらく経ってからになります。今となっては博多の明太子が圧倒的に有名ですけど、実は下関でも比較的早くから製造していたことはあまり知られていないんですよね」
少し想像してみましょう。近代以前の日本では、列車や車などの交通網が発達するまで長らく、日本海側の大陸(現在の中国・韓国)からの文化交流が非常に盛んでした。日本史好きの方なら分かっていただけると思いますが、福岡の太宰府に並び、下関も人や情報が行き交う都市・物資流通ルートの要所でした。
明治40年(1907)に、日本から朝鮮に渡った会津藩士が唐辛子を刻んでたらこを塩漬けし、釜山(ぷさん)で明太子専門店を開業、下関に輸入されるようになります。
実は下関と釜山の距離は、陸路で下関から京都・大阪に行くよりも直線距離で近い。下関と釜山を結ぶ「関釜(かんぷ)連絡船」は古くから流通ルートとして親しまれ、辛子明太子もこのルートで入ってきました。下関で初めての辛子明太子が製造されたのは、明太子が輸入されていた立地であった背景と、髙井さんの祖父・英一郎さんが国内で海産物を取り扱う仕事に就いていたことに始まります。
![創業当時の輸送の様子。「髙井商店」のトラックいっぱいに積み込まれる商品。](https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/localnippon-img/wp-content/uploads/2024/10/mentaiiriichi_003.jpg)
創業当時の輸送の様子。「髙井商店」のトラックいっぱいに積み込まれる商品。
「魚卵の味」を守り続けるこだわり
髙井さん:
「祖父は当時取り扱っていたたらこを、冷蔵庫がなくても保存がきくように、また朝鮮半島で親しまれてきた味付けを取り入れようと、唐辛子を “まぶして”販売したそうです。これが国内製造・販売のかなり初期かと思います。その後、戦中に海鮮の輸入が途絶え、一度は国内から辛子明太子が消えますが、祖父は戦後に北海道経由の物資供給の任を得て、北海道で水揚げされた海産物を、新たに鉄道ルートを使って再度、下関に持ち込んだそうです。ただ、保存のため塩漬けされた当時の明太子は今以上にかなりしょっぱかったはずです」
ご年配の方に、塩気が強い明太子をお好きな方が多い印象があります。その理由は、当時の明太子特有のガツンとした塩気で、白ごはんと合わせることに馴染みがあったからなのかもしれません。
その後、明太子は塩や唐辛子の味付けの手法が様々に工夫されるようになります。イリイチ食品では唐辛子をまぶす作業工程を採用、全国初の「辛子明太子専門店」として国内での辛子明太子の製造・販売を開始します。
程なくして博多の老舗明太子店で、塩たらこに辛味調味液を漬け込んで味付けをする手法が開発され、私たちの知るまろやかな風味の姿に至ります。液漬けにすることで、たらこの脱塩効果があるため、繊細な出汁の味付けの個性を出せるといいます。
![ひとつひとつ変わらぬ手作業だからこそ、優良な魚卵の選別技術が継承されている。](https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/localnippon-img/wp-content/uploads/2024/10/mentaiiriichi_004.jpg)
ひとつひとつ変わらぬ手作業だからこそ、優良な魚卵の選別技術が継承されている。
イリイチ食品では今でも“魚卵の味” を強みとして、熟練の職人が丁寧に手作業で作り上げています。現在では、創成期から引き継いだ魚卵の粒立ちの引き立て方や技法は守りつつ、現代親しまれる出汁入りの調味液を使う工夫を積極的に取り入れ、日本全国の食卓に愛される味を研究しています。ごはんを食べたくなるようなしっかりした塩気に、唐辛子の風味とアクセントが加わることで魚卵のおいしさが引き立つのがイリイチ食品の明太子の特徴です。
異色の経歴、髙井社長の「実は…」
![父・秀樹さんから事業承継して数年、全権を任され工場経営・新商品開発を行う。](https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/localnippon-img/wp-content/uploads/2024/10/mentaiiriichi_005.jpg)
父・秀樹さんから事業承継して数年、全権を任され工場経営・新商品開発を行う。
下関の歴史や下関の明太子のルーツを生き字引のように、楽しそうに語る髙井さんは、今年で43歳。小さいころから会社を継ぐことは意識していた髙井さんでしたが、大学を出た後一度は就職し、なんと山口県警で5年ほど警察官として働いていたという異色の経歴を持っています。
髙井さん:
「今でも当時の先輩警察官に声をかけてもらうなど、市内だけでなく県内でのやりとりが続いていて、心強いです。新商品の開発や味の維持でいうと僕、実は体質的に魚類、海鮮一般が食べられないんです。食品メーカーの開発者としては致命的と思われるかもしれないですが、一般的な開発よりもお客様からの声や、味見をしてくれるスタッフの意見を積極的に聞き、取り入れていると思います。味の追究・こだわりは魚を食べられる方に負けていないと思っています」
なんという神のいたずらでしょうか。実は髙井さん、開発する辛子明太子の味見ができません。しかし、これこそが現在のイリイチ食品の味の魅力を引き出しているといえるのかもしれません。それは味の評価をお客様から聞き、客観的な視点で旨味の裏付け・根拠を見つけることができるから。
魚卵のおいしさを感じてもらうために、塩や調味液の配分や着け時間を工夫し、魚卵の風味を残すことを意識します。口の中でほぐれたときに最上のバランスの良さを発揮することを目指して、たらこの物理的な構造までを研究・熟知して粒立ちの良し悪しを判断。家族やスタッフに繰り返し試作品を食べてもらい開発します。
例えば、県内の季節ものの柚子が手に入れば、明太子との相性や塩分のバランスを考えて、量・配分やゆずの皮の切り口、寝かせておく時間などを調整します。そのほとんどが髙井さんのイメージ通りの味付けになっている反応を得ることができるといいます。こうして、特に女性からの人気が高い「柚子漬辛子明太子」が誕生しました。
銘柄や価格で選ぶより、もっと大切なこと
髙井さんは他にも、薬膳コーディネーターや食生活アドバイザーの資格も保有しています。ただ売るだけでなく、明太子をきっかけに食の宝庫である日本の魚や加工品をおいしく食べる可能性があることをいかに多くの人に知ってもらい、興味を深めてもらえるか。そのきっかけの一助になればと語ります。
髙井さん:
「僕自身が魚を食べられない分、とくに息子世代の若い方には海鮮をもっと身近に感じてもらい、おいしさを知っている存在になってほしいと思っています。馴染みの商品や有名な食材の特徴だけで食べるのもいいですが、食べながら食材のストーリーを知っていることで、そのおいしさは何倍にも増えるのではないかと思います」
![人気の柚子漬辛子明太子(奥)と、炙ったばかりの香り高い明太子(手前)](https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/localnippon-img/wp-content/uploads/2024/10/mentaiiriichi_006.jpg)
人気の柚子漬辛子明太子(奥)と、炙ったばかりの香り高い明太子(手前)
髙井さん:
「明太子は本当に食感まで豊かですし、様々な調理法もあるのでもっと知ってほしいです。本格派の方へのおすすめは、明太子に菜箸などをぶすっと1本貫いて直火で炙ってみてほしい。表面の皮がぱりっとして、想像以上に中はふっくらします。
家庭で手軽に調理する場合、フライパンで表裏をぎゅーっと押し当てて焼くのもおすすめです。今度は魚卵そのものが急激な温度変化でカリっとクリスピーになっておいしい。
自分で焼いて、目の前の炙った香りと、焼き目の触感が変わる瞬間を体感してほしいんです。食の大切さは、おいしさそのものだけではなく、食材や背景のストーリーを知って食べた経験がおいしかったという記憶に強く残るはずなんです」
自社商品をただ売るだけが目的ではありません。食べてくれる人が明太子を通じて、食との関わり方や食へのアンテナを拡大していく。そういったことで一層明太子を届ける意義が生まれるといいます。
「イリイチファン」との大事な接点
下関市の工場敷地内には、地元の方へ開放している直売所があります。まずは明太子の発祥の地・下関の方にこそ、流通価格より手頃な価格にすることで、日常的に召し上がって欲しいという想いからはじめました。イリイチファンの反応を知ることができる髙井さんにとって大切な場所で、家庭用400グラムから購入できます。
イリイチ食品の明太子は、オンラインショップでの全国発送はもちろん、全国のデパートや生協などでも販売しており、知らず知らずのうちに口にしたことがある方もいるかもしれず、実は身近な存在かもしれません。全国的な知名度やブランド名こそありませんが、誠実な魚卵のおいしさに惚れたと「イリイチの明太子」をメニュー名に出す飲食店が近年増えてきました。
下町的な良さが残る下関で、歴史ある中小企業の灯を消さぬようにと、食の新しい発見を伝える取り組みをされている髙井さん。「イリイチらしい味付けだな」と辛子明太子とそのうしろにあるストーリーを共に味わってみませんか。
![下関の食材をふんだんに使って開発した、鯵(あじ)の旨味を活かした「鯵だし辛子明太子」](https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/localnippon-img/wp-content/uploads/2024/10/mentaiiriichi_007.jpg)
下関の食材をふんだんに使って開発した、鯵(あじ)の旨味を活かした「鯵だし辛子明太子」
文:えさきあさみ
写真:えさきあさみ、イリイチ食品 提供
リンク:
イリイチ食品 ホームページ
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