ローカルニッポン

下関の「点と線」Vol.3|「ごまかさない」伝統ソースの味を守るお客様との接点

書き手:えさきあさみ
東京から下関に移住して4年。元アパレル店員、趣味で銭湯ライターをしていた事を生かして、江戸と昭和レトロをこよなく愛する独自の視点で下関の魅力を地元WEBマガジンで執筆中。

山口県下関市のユニークなヒト・モノ・コトを6つの「点」としてストーリーを紹介しています。あなたも今まで知らなかった「下関の点」を繋いで、自然や食との関わり方に目を向けてみませんか。

下関市といえばフグなどの海産物が有名ですが、その豊かな自然環境に育まれた野菜や果実から生まれる伝統のソースがあることはあまり知られていないのではないでしょうか。「下関の味」を100年以上守り続ける老舗メーカー「カギ印ソース本舗」をご紹介します。

どこか懐かしい、心に沁みるソースを目指す

私たちが普段の食事で何気なく使っているソース。とんかつ、アジフライにかけるほか、焼きそば、お好み焼きなどソース料理でのみ使われるイメージがありませんか。
大正10年(1921)創業の「カギ印ソース本舗」は、そんな用途が限られるソースのイメージを払拭し、もっと魅力を広めようと職人の手づくりにこだわる生産を続け、2024年で創業103年を迎えます。
一般的な家庭用のソースは、全国展開され有名メーカーの商品がすでに手頃な値段で販売される中、なぜ、決して大きくはない工場をここまで守り続けてこられたのか。

それは山口県の豊かな自然で育った、旬の生野菜と果物から手づくりする実直なまでに「ごまかさない」こだわりの製法による、香り立ちが良く、素朴な旨味がファンから長く愛されてきたからではないでしょうか。一度味わえば忘れられないカギ印ソースの魅力について、3代目の勝俣貴仁(かつまたたかひと)さんに伺いました。

3代目の勝俣さん。一度県外で会社員を経験し、丁寧なものづくりの貴重さに気付く。

3代目の勝俣さん。一度県外で会社員を経験し、丁寧なものづくりの貴重さに気付く。

野菜による、野菜のためのソース!?

勝俣さん:
「ウスターソースって何でできているかご存知ですか。カギ印ソースは特にこだわっているポイントでして、主原料は野菜と果物なんですよ。パッケージの原材料を見た時に、一番多く使われるものが先頭で、順に記載されているので、改めてぜひ見てみてください。県内産のトマトやタマネギを基本にして、本来の旨味成分と糖質がたっぷりの数種類の野菜や果物をスパイスと組み合わせてつくります」

“ソースは野菜と果物でできている”。
普段から馴染みのある調味料ですが、ソースの主原料を意識することはないかもしれません。増粘剤や糖類などの食品添加物の使用をなるべく控えるだけでなく、香りを守るため野菜のペーストやパウダーを加えた製造は行いません。カギ印ソースは原料である、採れたての新鮮野菜と果実の割合が一般的なソースよりも高いため、素材が持つアミノ酸により旨味が強いことが特徴です。

どれを選ぼう?からはじまるカギ印の魅力

カギ印ブランドは、商品ラインアップの豊富さも魅力の一つです。 “ソース”と名がつくものだけでも11種類、その他つゆ・ドレッシング・ポン酢も含めると15種類のすべてが主力商品として市内を中心に展開中。オンラインショップで販売しているギフトボックス入りは贈答用としてもおすすめです。

勝俣さん:
「中でも無添加シリーズはウメ・トマト・フルーツソースを中心に展開していて、若い方からも人気があります。野菜や果実をふんだんに使うソースだからこそ、お子様から原材料に敏感な方までのみなさんに食べていただける商品を届けたい、そういうソースをつくり続ける店でありたいと思っています。都内の自然食品専門店やセレクトショップでも取り扱っていただいています。販売開始以来、リピートしてくれる若い方もいるそうで、大変ご好評をいただいている実感があります」

ギフトボックス入りも。一部商品は都内でも販売されている。

ギフトボックス入りも。一部商品は都内でも販売されている。

カギ印のソースには、野菜や果実以外にも10~15種類のスパイスやハーブがブレンドされているため、東洋薬膳の観点からも身体を健康に保つのにおすすめ。ブラックペッパー、唐辛子、クローブ、シナモン、ナツメグなど、名前を聞いただけでも独特の香り高さが伝わってきそうです。特徴的な香り高いソースは食欲をそそるだけでなく、醤油などに比べて塩分濃度が低く、バランスの良い食生活を後押ししてくれるかもしれません。

ここでこだわりの素材選びがわかるカギ印ソースのラインアップの一部をご紹介しましょう。

元祖「特製ウスターソース」
創業からの看板商品であり、時代に合わせて素材や味を変化させてきた一品です。発売当時のルーツである西洋料理の懐かしさを感じられるよう、野菜や肉の煮汁でとる洋食だし“フォンドボー”の旨味がベース。そこに県内で人気の阿武町(あぶちょう)産のトマト、タマネギなど旬の野菜がたっぷりと溶け込みます。

無添加にこだわる「完熟トマトソース」
ブランド野菜として市民に愛される垢田(あかだ)産トマトを、ふんだんにソースの材料に使う贅沢な一品。身がしまり糖度が非常に高いトマトと、たくさんの野菜を一緒に長時間煮込むことで、特に素材を感じる野菜の主張が強いソースです。化学調味料、着色料などの食品添加物を一切使用していないため、お子様の口に入るものとしても安心です。

カギ印のソースは、揚げ物に“かける”のはもちろんですが、“かけるだけではもったいない”、料理のアレンジにも使えるソースです。「特製ウスターソース」を使った野菜の浅漬けや「完熟トマトソース」をめんつゆで割ってさっぱりそうめんをいただく…なんてアレンジも癖になります。きっとあなた好みのソースやアレンジが見つかるはずです、ぜひ試してみてください。

左から『BBQなし・キウイ・熟成青梅・完熟トマト・ゆず醤油』300ml

左から『BBQなし・キウイ・熟成青梅・完熟トマト・ゆず醤油』300ml

なぜ屋号が“カギ”印?

屋号はカギ印(KEY BRAND)。その名の由来は、勝俣さんの祖父・創業者の勝俣庫吉(くらきち)さんにあります。明治22年(1889)生まれにして、倉庫の庫の字を“くら”と読む、とってもお洒落な名前をお持ちの庫吉さん。ここから、倉(蔵)の管理に必要かつ大切な ‟鍵”を、ソースというものづくりに置き換えて、大切に扱われ人々に愛されるようにと名付けたといいます。

昭和に使用していたもの(左)と創業当時に使っていたと思われる看板(右)。

昭和に使用していたもの(左)と創業当時に使っていたと思われる看板(右)。

庫吉さんは戦後、東京・上野の西洋レストラン「上野精養軒」の支配人を務めていました。当時、西洋料理を提供することは大変珍しく、上流階級や有名な文豪たちが通う、いわゆる最先端のお店。国鉄(現在のJR)の寝台特急列車の食堂車の管理も同時に任され、本州最西端の列車の終点地・下関を訪れるように。退職後に、当時人気のあった西洋料理のエッセンスを加えてソース製造を縁あって下関ではじめました。庫吉さんが34歳のころでした。

勝俣さん:
「先々代がソースを手掛けるようになったころ、醤油や味噌のように製造販売に規制がなく、製造業者も増えていたそうです。独特の旨味ととろみを出すために、昔は黒糖を使っていたそうです。工場に、大きな黒糖の塊を割るための木槌がおいてあったんですよ。ほかにも、以前に使っていたスパイス粉砕用の石臼も残っています。工場には今もカギ印のこだわりの歴史がたくさん詰まっています」

庫吉さんは、東京の西洋料理店で培った技術を活かし、ソース発祥の地といわれているイギリスの酸味がとても強いソースにアレンジする工夫を続けました。さらに、日本人の味覚に合うよう研究し、徐々に好評を得て、家庭向け手売り販売だけでなく業務用販売にまで大きく規模を拡大していきました。

2代目の父の代でタンク設備を改めて整えた。4000リットル貯蔵できる。

2代目の父の代でタンク設備を改めて整えた。4000リットル貯蔵できる。

その後、勝俣さんの父・昌三(しょうぞう)さんが2代目を継ぎ、大手メーカーの台頭による価格競争での苦労も経験しました。同時に、原材料調達や製造の効率化も行いました。海外から野菜を仕入れるなど、均一化した安定したものづくりができるようになった一方、古くからのお客様からは野菜の風味が変わったとお言葉をいただくことがあったそうです。本来カギ印が目指すべき、地元野菜・果物からの製造にこだわる現在のものづくりに原点回帰できたのは、そういった地域の声がきっかけでした。

変わらないために、変えるチャレンジ

3代目の勝俣貴仁さんは、一度異業種に就職しますが、祖父・父が守った伝統の味と製法を絶やさないようにと工場を手伝うことになり、約20年。当初、カギ印ソースは長年業務用の卸売が主体だったため、普段口にしていても、カギ印ソースの名が市内で知られていない状況に危機感がありました。下関で唯一無二の味わいを出すために、生野菜の鮮度やスパイスなど原材料との向き合い方に着目、地元農家さんからの直接仕入れ交渉をはじめました。
経営を継いで約4年後。勝俣さんはパッケージやブランドイメージも一新し、ソースの魅力と可能性を全国へ発信すべく、地元の学生とのコラボ商品開発やキッチンカーでの「たこ焼き移動販売」も行っています。

県内ファンをターゲットに、週末はイベント会場やスーパーでも販売。

県内ファンをターゲットに、週末はイベント会場やスーパーでも販売。

勝俣さん:
「サラリーマンを辞めて帰郷した約20前当時はほぼ100%くらい業務用の卸売がメインで。そしてこれがお客様の反応や声を目の前で知ることができる絶好のチャンスなんです。SNSの時代になって、直接伝える・届けることがより大事だと感じています。今後はなるべく全国のみなさんのところに出向きたいですね。祖父の代以前から大切にしてきた“伝統を守り変化を受け入れ、恐れず発展する”という姿を私自身も示し、次の代に繋げたいと思います」

創業以来築いてきたお客様との距離感を守るべく、細かな味の変化や要望など新しい発見を与えてくれるお客様との接点が勝俣さんの原動力になっています。キッチンカー以外にも、市内のコンビニ数店舗のレジ横でコロッケにソースをかけてもらっての売り込みや、野菜ソムリエ・西川満希子(にしかわまきこ)さんとコラボしたレシピ本も製作。ソースの多様さはもちろんメニューの意外性がおもしろく、普段の食生活に発見を与えてくれるのでおすすめです。

また、息子さんがいらっしゃる勝俣さんは、こういった一つ一つの取り組みによってカギ印ソースのものづくりに対するこだわりと人気がもっと全国に広まって、息子さんに“継ぎたいと思ってもらえる付加価値”をもっと高めていきたいと教えてくれました。

地域の野菜や果物を積極的に使うことで、農家さんや販売店も巻き込み、つくり手自身にもお客様にも“下関の地物の魅力”に気付いてもらいたい。そこからものづくりの好循環が生まれ下関ブランドの価値が高まると、勝俣さんは考えています。地元で採れた野菜や果物はその地域で育った人々の身体に馴染んだもの。新鮮野菜や果物を原材料にしたソースが“下関のソウルフード”と言われるようになる日まで勝俣さんの取り組みは続きます。下関の味を試して、あなたにぴったりな魅惑の一本を見つけてみませんか。

文:えさきあさみ
写真:えさきあさみ、勝俣貴仁

リンク:
カギ印ソース本舗 ホームページ
カギ印ソース本舗 オンラインショップ