下関の「点と線」Vol.4|「ミツバチファースト」にこだわり作る、生はちみつ 廣田養蜂場
東京から下関に移住して4年。元アパレル店員、趣味で銭湯ライターをしていた事を生かして、江戸と昭和レトロをこよなく愛する独自の視点で下関の魅力を地元WEBマガジンで執筆中。
山口県下関市のユニークなヒト・モノ・コトを6つの「点」としてストーリーを紹介しています。あなたも今まで知らなかった「下関の点」を繋いで、自然や食との関わり方に目を向けてみませんか。
本州最西端の自然養蜂場「廣田養蜂場」は、極力人の手が入らないそのままの自然環境が残る立地を活かして、1965年(昭和40年)からこの地で自然養蜂をはじめ、半世紀を超えました。全国の養蜂家の数が年々減るなか、無添加・非加熱のこだわりが詰まった生はちみつのおいしさを全国へ届けています。
大自然からの恵みと共に生きる
下関市のある山口県西部一帯は、広大な平野と中国山地のなだらかな丘陵の景観が続き、海産資源だけでなく山の恵みも豊富です。その中でも、廣田養蜂場を構える豊浦町(とようらちょう)は、日本海のパノラマを一望できる自然公園や川棚温泉郷を有し、人を癒すだけではなく、人の手が入らない本来の自然が残っています。電気も通らない養蜂場周辺エリア一帯は、自生する蜜源植物の宝庫。採蜜のメインシーズンである春は山桜、山藤、ハゼ、みかん、夏は烏山椒(カラスザンショウ)など、季節折々の花蜜の魅力を楽しめます。今回の取材時は、初秋だったため、紫色の花をつけるクズやキバナコスモスが最盛期を迎えていました。
廣田養蜂場の代表 廣田道久(ひろたみちひさ)さんはミツバチ担当、奥様の亮子(りょうこ)さんは、はちみつ担当をされています。しっかり分業することが長く続けられるコツかも、と笑いながら気さくに養蜂場の魅力を紹介してくれました。
廣田亮子さん(以下、亮子さん):
「私たちが実践している養蜂の方法を“定置養蜂”といいます。市内にいくつかある養蜂場の拠点を、季節や適切な気温・環境ごとに使い分けて、それぞれの花のはちみつを1種類ずつ採取しています。こうやってできるはちみつを“単花蜜”と呼びます。私たちの頭の中で、タイミングや場所を決めていて、春の花なので暖かい海側の養蜂場で、夏の花は山間の養蜂場で、といった具合で採蜜しています」
一方で、“移動養蜂”のメリットは、色々な種類の蜜源植物の開花時期に合わせて全国を移動しながら蜜を採れること。廣田養蜂場があえて定置養蜂を選ぶのは、目の前にある豊かな自然が生んだ蜜源植物と、自分たちの手で種から育てた花のはちみつを採ることで、より安全性と味にこだわった本当の意味での自然養蜂ができるからです。
先代である父、寿(ひさし)さんが「家族においしいはちみつを食べさせたい」と創業。継ぐ前のお二人は、道久さんは市内の有名メーカーに、亮子さんは看護師として働いていましたが、父の療養を機に養蜂に専念し、2008年(平成20年)に事業継承しました。
はちみつなのに、スパイシー!?大人気の烏山椒
廣田養蜂場では、単花蜜の特徴を活かし、多彩なフレーバーが楽しめます。単花蜜の商品ラインアップがここまで多いのは全国でも珍しいといいます。中でも全国的にファンが多いのが夏に採れる蜜・烏山椒*です。
*烏山椒:口に含んだ瞬間、鮮烈な風味が何層にも広がります。ミカン科の木なのですが、昔から漢方植物としての価値が高く“さんしょう”と名がつくだけあって、独特のピリっとした刺激があります。烏山椒の「甘苦み」は一度食べると忘れられないでしょう。
スイーツの域を超え、サラダのドレッシングに使ったり、チーズにかけておつまみにしたりとアレンジも楽しめるのでリピートする方も多く、都内での販売時は断トツの人気NO.1。苦味が風味豊かなこともあり、気が落ち着くと咳止めとしてもファンの方に親しまれています。
廣田養蜂場の生はちみつの魅力
廣田養蜂場のはちみつは非加熱処理された生はちみつ、「ローハニー(RAW HONEY)」と呼ばれています。35℃以上の加熱処理をしないことで、一般的なはちみつに比べ本来の栄養素が失われず酵素も豊富に含まれています。健康や美容に良い影響を与えると非常に注目されています。
メインのラインアップは、単花蜜が7種類。1年に1度、見極めた採蜜のタイミングでのみ味わえる「極(きわみ)」シリーズは‟フレッシュハニー”のはじけるような花の香りとやさしい味わいが特徴です。5年熟成させてまろやかさと旨味をさらに深く引き出す“セラーエイジドハニー”も販売。
採蜜後、30~31度の専用保管庫で管理することによりはちみつの熟成が進み、味や風味が変化を続けます。廣田養蜂場では、人気シリーズとして烏山椒・椎・櫨(はぜ)・月桂樹を展開しており、フレッシュ/エイジドの中からあなた好みのはちみつを見つける楽しみがあります。
烏山椒以外にも、いくつかピックアップしてご紹介しましょう。
山藤:蜜の量が毎年安定しない種なので大変貴重なもの。花自体の香りが蜜にもあらわれ酸味が強く、リコッタチーズやバニラアイスにかけるのもおすすめ。
ミカン:なじみのある柑橘の風味をしっかり感じることができます。1度単位の温度管理をすることで、高い花蜜の香りをぎゅっと凝縮したおいしさを味わえます。
熟成5年セラーエイジドハニー櫨(はぜ):香草のような深みのある香りが鼻に通り、カラメルのような強いコクが特徴。パンナコッタやヨーグルトにもおすすめ。
月桂樹:森林を感じるアロマティックな1品。味だけでなく、広がる風味を感じてもらえます。すっと消える香りのキレの良さは、紅茶やワインによく合い、玄人が好みます。
亮子さん:
「口にいれたら3秒、飲み込まずに待ってみてください。少し待つことで、蜜のもつ酵素と、唾液の持つアミラーゼが混ざりあって、鼻に抜ける香りとのどに伝わるおいしさがさらに格段にアップします。最初の一口目は大事に味わってみていただきたいです」
廣田養蜂場のローハニーは、世界基準に合わせ、“ミツバチたちの体温”ともいわれる 35度以下を保つことに徹底しています。はちみつがもつ酵素を壊さないまま、商品化できる国内でも珍しい展開のため、根強いファンが多いのも納得です。
受難を“ミツバチファースト”で守り続ける
お二人の頭の中は、なるべく自然なかたちで体にいいものを提供したいという想いと、ミツバチのことでいっぱい。お二人が大切に飼っているのは西洋ミツバチです。日本ミツバチと違い、一度覚えると同じ花を繰り返し採取してくれる性質をもつからこそ、単花蜜を採れるのだそうです。にこやかにもご苦労も教えてくれました。
亮子さん:
「巣箱をおいておけば、簡単にはちみつが採れるように思われますが、そんなことはないんです。蜜源植物を育てるための草刈りや種まきもそうですし、天敵たちの駆除などミツバチをいかに守るかに時間を取られていて、日々大変です」
ミツバチの最大の敵はスズメバチ。それ以外の昆虫類や爬虫類など、天敵との格闘を続ける日々です。他にも気温変化や台風による巣箱の影響も常に心配の種。
ミツバチは大切な従業員でもあり家族のような存在。雨が続くと、ミツバチたちの機嫌が悪いのも分かるのだそうです。なんてかわいいのでしょう。
今回お話を伺った短時間にも、巣箱を見つめるお二人の真剣な眼差しからは大切な子供を守る親としての目線、守り抜きたいという熱視線がひしひしと伝わりました。
道久さん:
「はちみつの採取とは別で、少なくとも週に一回は“内検”という、巣箱内の見守り作業をします。自然界のエサが足りているか、貯蜜できているか、病気をしていないか、チェックポイントがたくさんあります」
巣箱一つ一つはそれぞれ同じ女王蜂から生まれた働き蜂のファミリーです。見守り、危険があれば排除する手厚い安全対策が養蜂の基本になります。
道久さんは、数十年の養蜂で培った自身の経験と、自然界の変化に合わせた最新研究や国内外の大学教授・研究者の方々の論文を参考にして、新しいテクニックを取り入れることもあり、研究者さながらの取り組みを続けています。
薬草が防虫に効くという文献や症例があれば、薬を使わずハーブを植える。廣田養蜂場では草刈りも手作業。私たちには容易に想像できないご苦労が続きます。
“100人に1人伝わればいい”廣田養蜂場の視点
量販される一般的なはちみつとは理念や価格帯が異なるため、食に対して重要視するポイントが合うお客様へ届けたいという想いが強くあります。共感いただける方に、少人数でもいい、しっかり・末永く届け続けたいと語ります。
亮子さん:
「ミツバチは約30日のいのちだということをご存知ですか。一生で1匹のミツバチが集めるはちみつの量はティースプーン1杯分。ティースプーンひとさじの幸せをぜひみなさんに感じていただきたいと思って続けています」
年に1度、東京ではちみつフェスタにだけは出店をし、会いに来て下さるお客様との接点を大切にしています。その他、オンラインショップやInstagramでのやりとりで、廣田養蜂場の理念に共感いただけるファンの方を中心に、大切に全国発送しています。
亮子さん:
「はちみつをご紹介するお客様には、その方の味覚やその日の体調もお聞きしながら、最適なものをご提案するようにしています。今までどんなはちみつをどの様に食べてきたかなど、使い方はひとそれぞれ。
はちみつと料理のペアリングも積極的にお伝えするようにしています。単花蜜それぞれのもつ個性や良さを、みなさんの食卓に取り入れていただきたいです」
日常、口にするもの、使うものをなるべく自然由来のものに近づけることで、みなさんが本来もつ免疫力を高める一助になるかもしれません。ミツバチファーストの運営を続け、自然と共に生きる廣田養蜂場の理念を体現するはちみつをぜひ味わってみてください。
文:えさきあさみ
写真:えさきあさみ、廣田養蜂場