「南房総で起業せよ」半農半起業家が語る 地方での起業とは? / 桐谷晃司さん
「地元に仕事がなくて息子が上京してしまった」「帰ってきたいんだけど、仕事がなくて…」。地方に住むとこうした声を多く耳にします。ここ南房総、仕事は「ないわけでは、ない」のです。介護施設や観光関係の仕事であれば、求人はある程度あります。ただ、仕事のバラエティが少ないのですね。都市部に比べ、仕事に選択の幅がないことが若年層流出の一因となっていることは確かなようです。
では、仕事を作りだす、のはどうでしょうか?今注目の地方での起業。南房総と東京を2拠点居住する半農半起業家、桐谷晃司さんにお話を伺いました。
半農半起業家
昨年12月に自身の半生を出版(『検索せよ。そして、動き出せ』)した桐谷晃司さんは、26歳で初の起業をしてからこれまで3度の起業、2度の事業売却、1度の倒産という起業の表と裏について身を持って経験してきた専門家。現在は、2010年南房総へ住民票を移し、東京と2拠点の住まいを行き来しながらWeb制作会社「デジパ」、食を通じたコミュニティ「あわ地球村」、起業家育成会社「ココロザス」の3社の代表として次世代の育成に取り組んでいます。
半農半起業家というのは、塩見直紀氏が1990年代半ば頃から提唱してきたライフスタイル「半農半X」からの造語で、米や味噌、そして醤油などを自給しつつ起業家の育成にあたる桐谷さんならではの「生き方」を独自に表しています。この生き方に辿りつくまでの経緯は後段に譲るとして、まずは南房総での起業について聞いてみましょう。
今年2月から南房総で起業塾開催
・今年2月から全3回の起業塾を南房総で開催されたようですが、どうでしたか?
“面白かったですよ。起業塾は都内で開催することが多く、IT関係だったり、先端産業のニーズが圧倒的に高いのですが、南房総では農業やエコツーリズム、また農水畜産加工品作り、というように豊かな自然を活かした事業案がたくさん出てきました。”
・地元の人は起業に関して消極的な見方もありますが、南房総での起業に可能性はありますか?
“今や通信インフラが整備されて、スタートアップ時もその後の事業を進めていく段階を考えても、東京で起業しなければならない必要性は減ってきました。また南房総は首都圏から100キロの距離にあって、海山豊かで一次産品や自然資源を利用した商材が多いので、これを活かした起業には大いにチャンスがあります。時代の兆しや、外に目を向けることが大事ですね。”
「ココロザス」の起業塾
桐谷さんが行う起業塾は、一方的な講義形式ではなく、参加者もアウトプットする双方向のワークショップを数多く取り入れています。この内容から3つご紹介します。
①アイディアのブレストワーク
3人以上で、テーマに沿ってできるだけ多くのアイディアを出し合います。ここで大事なのは、どんなに馬鹿げたアイディアでも否定しないこと。実現不可能だと決めつけることは「アイディアの通せんぼ」を引き起こし、いつまでもありきたりなアイディアに留まります。思いついたアイディアを肯定的に捉える場の雰囲気から、革新的なアイディアがブレイクスルーするのです。
②SWOT分析
事業案を「S:Strength(強み)」「W:Weakness(弱み)」「O:Opportunities(機会)」「T:Threats(脅威)」の4つの側面から分析します。事業の「強み」は、見方を変えると「弱み」にもなり、「弱み」のない事業案を立てていくこととは異なります。大事なことは他の事業との違い、また背後にある時代の流れを複数人で意見して深めていくこと。
③メンター制度
起業塾開催中、塾生は毎週「実践する内容」と「実践した結果」などを記載したシートを提出します。このシートを使って事業計画やメンタル面でのサポートを先輩起業家が行うのが「メンター制度」。よく「経営者は孤独」と言いますが、先輩起業家と連絡を取り合うことで経営者が陥りやすい心理状態をなるべく回避する制度を独自に採用しています。
地域活性化それ自体が産業となる
地域に必要とされている仕事を作りだすことが地域の活性化につながることは言うまでもありませんが、桐谷さんはより広い視点から地域活性化それ自体が今後の産業になると語ります。
“最近の調査では、世界で100年以上続いている企業3000社の内8割が日本にあることがわかり、ハーバードビジネススクールなどでもこれを研究するようになりました。その結果導き出された日本企業の特徴は「近江商人」の「三方よし」なんです。つまり「売り手よし」「買い手よし」「地域よし」ですね。戦前の日本ビジネスの美徳でもあり、長期的な経営を可能にしているモデルこそ、地域活性化「地域よし」なのです。”
利益を追求する資本主義の仕組みは、様々な格差や地域の疲弊を生んでいるとして企業の社会的責任が問われるようになった現代、企業側が慈善活動や寄付などの社会貢献活動に取り組むようになりました。しかし、桐谷さんによると、社会への奉仕として利益を還元する消極的な方法ではなく、積極的に地域に利益をもたらす「近江商人」のようなビジネスモデルこそ今後の経営者のテーマではないかということ。この広い展望のもと、次世代に明るい未来を残すためにも、地域での起業を支援しているのです。
2008年のリーマンショックから「自己再生の旅」へ
倒産や事業売却を経験する起業家としての半生もさることながら、3度目の起業で立ち上げたWeb制作会社「デジパ株式会社」に降りかかったリーマンショックは、桐谷さんのその後に大きな影響を与えました。
“リーマンショック後、海外の2事業を売却することでなんとか経営難を脱出したものの、事態の収拾や社内に漂う未来への不安は高まり、経営者として今後の方針を打ち出す必要を感じていました。そこで自己再生の旅に出たのです。本当に必要なものは何か、まず私にとってこれを明確にすることが目標でした。”
桐谷さんは、リーマンショック以降全国を旅し、数々の相互扶助溢れるコミュニティに参加し、九州で無農薬の田んぼ作りを学びます。こうして様々な経験のもと2010年、南房総にて13年間耕作放棄地であった田んぼを開墾して米の自給を始め、「半農半起業家」の道を歩み始めるのです。
“この旅での出会いや教訓をもとに、会社の経営方針も「持続可能な会社」に転換し、古いシステムを壊しました。一つは出社義務のないスーパーフレックス制度の導入です。これによって多くの社員が東京を出て、一度にニュージーランドと南房総と恵比寿と葉山の4拠点同時にスカイプで会議を行うこともあるんですよ(笑)。”
スーパーフレックス制度に代表される社内での新しい試みは、当初業績の低下も辞さない覚悟で始めたとのこと。しかし、結果的に仕事のしやすい環境を選択した社員の能率はあがり、業績が向上するようになりました。
昨今企業内でうつ病などの精神病をかかえる社員が増加する中、社外での売上のみならず、社内の労働環境も経営者にとって大切な視点となりつつあります。桐谷さんの、大胆でスマートな生き方、また社内の満足度をあげる経営方法については著書に余すところなく記されていますので、興味ある方はご覧になってみてはいかがでしょうか。今後地域の未来を想う、熟練した世代と新しく未来を創る若いエネルギーが共に手をとりあって、より一層地域を盛り上げるムーヴメントが生まれるといいですね。
文:東 洋平
デジパ株式会社
NPO法人あわ地球村
株式会社ココロザス
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桐谷晃司
参考書籍:
『検索せよ。そして、動き出せ』(桐谷晃司著/ビジネス社2014年)