ローカルニッポン

「地元か、東京か」を抜け出すヒントを探して―地元に帰る帰らない会議


「就職で地元に帰るか、帰らないか」。それは、上京したことのある地方出身者なら誰もが一度は立ち止まる分かれ道。2015年4月25日、そんな地方出身者に向けたイベント『地元に帰る帰らない会議』が法政大学藤代ゼミと、ふるさと島根定住財団の共催で行われました。

学生の頃に悩んだ人、自分の幅を広げたいという人、そして「今」帰るか帰らないか迷っている人…。イベントが始まる午後2時、会場の移住・交流情報ガーデンには、職業、年齢、出身もばらばらの28人が集まりました。

地方で働くことは、そこにあいた「穴」をカラフルに彩ること

「これは何でしょう?」。講師の三浦大紀さんの問いかけに、参加者たちが首を傾げます。スライド上に現れた黒い点。「これは?」と二枚目のスライド。今度は「島根県!」とすぐに声が上がりました。でも、よく見るといくつか穴があいていて、完全な島根県では無いと分かります。「もう少し拡大してみましょう。」と三枚目。今度はあちこちにあいた穴がはっきりとわかります。

地方で働くことは、そこにあいた「穴」をカラフルに彩ること。

三浦さんは、国会議員秘書、国際NGO職員などを経て、東京からUターン。地元の浜田市で企画会社「シマネプロモーション」を経営しています。新しい仕事を地元でつくる方法を、三浦さんは四枚のスライドで例えました。

「実は知らないこと、今はないけど必要とされていることが、そこにはたくさんある。その穴が、“色がついて”埋まるといい。だってそっちの方がたのしいから」

四枚目のスライドでは、三枚目まで黒一色だった島根県を、あいていた穴がカラフルに彩りました。「穴の場所がわからなければ色の塗り方もわからない。まずは身の周りに関心をもち、地元をもっと近くで見ること。すると、役割や働き方が見えてくる」と三浦さん。

この話の後、「おまけ」と称して紹介した三浦さん自身の働き方。それは確かに、島根県の穴をこれまでの「地方の仕事」とは違った色であざやかに塗りつぶしていました。

はたらくということは、やくわりを担い果たすこと。

あのUターンは「都落ち」だった

次の講師はローカルジャーナリスト田中輝美さん。地元の情報を全国へ発信しています。

「ローカルジャーナリストと言うと、地元が好きでUターンしたと思われる。でも当時は都落ちと思ってた」と田中さん。

「地元に無いもの」に憧れた田中さんは大阪の大学へ。「何だと思う?仏像なんです」。大好きな仏像まみれの幸せな3年間。しかし4年目「あーつまんない」と、思ってしまった。「今、つまんないって思ったよね私!? って、もうすごいショックだった!」。近くに座っていた男性が、こらえきれず「ハ!」と笑いをこぼしました。眼鏡をかけた別の男性は慌ててメモを取り始めました。会場はもうすっかり田中さんの空気です。

自分はモノとは生きられない、モノではなく人間と生きたいと感じた田中さんは記者を目指します。しかし都会での就活は全滅。ここでやむなく島根にUターンしたのです。地元で記者として働くこと3年、全国紙への転職を模索した田中さんですが、結局島根を離れることはありませんでした。

「自分はここじゃない場所で、今と同じテンションで働けるか」。そう自問して感じたのは、「自分はこの地域に少しでもよくなって欲しい」という思いと、その人たちのために書けることの「幸せ」でした。

今までの自分が都会にこだわっていたのは、他人の物差しに左右されていたから。そう気づいた田中さんは「ローカルジャーナリスト」として島根ではたらく道を選んだのです。

それぞれの「地元の魅力」を見つけよう

ゲストトークが終わり、マイクが司会の藤代ゼミ生に移ります。

「お二人の話をふまえて、今度は自分たちの地元の魅力を見つけるグループワークに移りたいと思います!」

地元に帰る帰らない会議 法政大学藤代ゼミ×島根県ふるさと定住財団

班は全部で6つ。それぞれの机に5人程の参加者がランダムに座っています。卓上にポストイットと模造紙が用意されました。

「今から3分間、まずは自分の地元の魅力はコレというものを書きだして下さい!」

ラーメン、米、魚など、地元自慢の名物が、模造紙の上に並んでいきます。

「時間です!次のワークでは一つ、ノルマを作ります」と司会者。

「今度は班であと50個、増やしてもらいます。なので有名なものだけでは、ダメです。足りません」。「みんなで話し合って、ささやかだけどコレ良いよね!というものや大したものじゃないけどオススメ、というものも出して下さい。そうすれば50個、行けると思います!それでは始めて下さい!」

ちょっと強引な注文に、あちこちから「まじかよ」といった小さな悲鳴があがります。

「川」や「米」など、単語だけ書かれたポストイットに田中さんは「どんな川?」「なぜそれが好きなの?」とどんどん突っ込んでいきます。さすがにそこは魅力を見つける達人。その返答には班員から「すげー」という声が上がりました。

さっきより「すごくないこと」を話しているはずなのに、あちこちで「すげー」という声が聞こえます。地元の「キライ」を話しているのになぜか楽しそうに盛り上がっている班もあります。「すごいってわけでもないんだけど」、「大したことじゃないんだけど」を枕詞に、口々に地元を語る参加者たちは、聞く方も話す方も、さっきよりずっと楽しそうに見えました。

くさいだって魅力かもしれない

グループワークの締めくくりに一番盛り上がったものを、班で一つ発表します。

くさいだって魅力かもしれない。

地域独特の祭りから「食べ物が美味しい」といった身近な魅力まで様々。その中で「におい」を魅力にあげた班もありました。

「地元の島根は牛糞がスゴいくさい。東京では異臭騒ぎで通報されるんじゃ無いかってくらい、もう物凄くくさい。でも、いいにおいじゃないけど、安心する。魚くさいんだけど、大漁でよかったなと思う。東京ではにおいを感じる事が少ない。島根はにおいが豊か」

司会は、「そのままだったら気づかなかったものも地元の魅力とわかったとしたら、それはすごいことじゃないでしょうか」と言葉をつなぎます。全員で記念撮影をし、予定の時間を少しオーバーして『地元に帰る帰らない会議』は終了しました。会場には多くの参加者が残り、熱っぽく、あるいは楽しそうに話を続けていました。

進路はきっと二択じゃない

「地元は好きだけど、東京の方が面白そう…」。就職活動を行う藤代ゼミの三年生も、同じ悩みを抱えていました。そんな中、このジレンマにひびを入れてくれたのは、島根で出会った「風の人」たちでした。

藤代ゼミでは田中輝美さんと共に、島根の面白い人を本にする「風の人プロジェクト」に取り組んでいます。場所にとらわれず、自由にはたらく「風の人」への取材を通して「こんなおもしろい働き方があるんだ!」とゼミ生は衝撃を受けました。

「自分たちの進路はきっと、帰る帰らないの二択じゃない!」。島根で得たこの「気づき」が、『地元に帰る帰らない会議』の出発点でした。

「地元に帰るか帰らないか」。その答えが出るのはきっとまだまだ先のこと。しかし、ゼミ生たちのささやかな思いはどうやら、参加者たちに届いたようです。

進路はきっと二択じゃない!

文:法政大学社会学部藤代ゼミ 須藤永里子