都市を離れて、自然の中で作品を生み出し続ける芸術家たち。彼らが自然を求めることには、雑念を捨てた静かな制作環境というよりは、自然の中に人間の内面にある姿を見出すからなのでしょうか。ここ南房総にも他の土地から移住して創作活動をするアーティストが多く暮らしていますが、今回は鴨川市金束(こづか)の山奥にて人間や自然、動物、地球などをテーマに絵を描き続ける宮下昌也さんに、アートがコミュニティに果たす役割についてお話を伺いました。
旅の途中だった鴨川
鴨川市の西端、南房総全体のちょうど北限中央の地区となる金束は、千葉県最高峰の愛宕山や伊予ヶ岳を望み、清澄山系につながる丘陵地帯。金束交差点の近くから抜ける山道を1キロほど登ると、ちらほらと自然に溶け込む造形アートが現れ、毎年夏には1週間通して開催されるアートの祭典「コヅカアートフェスティバル」の拠点「アートガーデン・コヅカ」に辿り着きます。
“学生時代から、背景美術の仕事をしつつ旅に出てばかりいたんですよ。ちょうど円が安くなって「地球の歩き方」なんて本も刊行され始め、貧乏旅行が可能となった時代背景もありました。そこで出会った旅人たち、そして特にインド・ネパールの人々の暮らしに衝撃を受けましてね。日本の常識とはおよそ異なった世界が広がっていました。一応大学は卒業したんですが、その後も旅を続ける中、妻の実家である鴨川に来たんです。これが移住のきっかけですね。”
東京芸術大学のデザイン科に入学した宮下さんは、映画撮影の背景やテーマパークの壁画や装飾を描く背景美術の仕事を短期でこなしつつ、友人らと旅に出る生活を送っていました。当時日本はバブル直前で繁栄の只中にあり、多くの人が人生設計に対するある種の常識を共有していた時代。宮下さんは旅を通して、この常識を覆すような価値観や生き方をもった人々と生活を共にした経験から、日本に帰国して暮らしを一から作り上げる自給自足の中から作品を生み出すことに。そこで訪れた奥さんの実家が鴨川との出会いとなりました。
アートによる里山整備
“最近鴨川にパーマカルチャースクールができましてね。昔から知ってはいたんですが、改めてこれを学ぶうちに、里山の暮らしやフィールドをクリエートしてきたこれまでの目的と共通点を感じています。単に自給自足をしているのではなくて、生命の仕組みを暮らしに取り入れて、永続的な環境を整備していく。例えば、作物も野菜を育てるだけでなく、果樹があって鳥が休んで糞をして、それが肥やしになって土が豊かになる、循環と多様性ですよね。”
パーマカルチャーとは、1970年代にデビッド・ホルムグレンとビル・モリソンがつくった造語で、「パーマネント」(永続的な)と「アグリカルチャー」(農業)が掛け合わされた環境や社会に対する体系的な考え方。「アートによる里山整備」として、人の手を離れて荒れてしまった約7000坪もの里山をアーティスト達との創作活動の中で毎年少しずつ切り開いてきた宮下さんにとって、自給自足とは食の観点を超えた、人と自然との共生であり、先人の行ってきた暮らしをアートの視点で再構築することでありました。
”この家は築200年経つ建造物ですが、木材は山のより高いところから切り倒し、斜面を滑らせて集め作られたそうです。賢いなぁと感心します。電気もガソリンもガスもない、必要なものはすべて大地から得ていた、そんな山奥での暮らしが平然と成り立った時代がつい最近まであったということ。中山間地の過疎化は全国的なものですが、これが人間の退化であってはなりませんよね。”
ライフスタイルコミュニティ
“そんな自然との共生の中に暮らしを求める動きが同時多発的に全国に広がっていることを、最近ツアーで地方を回っていて感じています。コミュニティはもともと地縁血縁を土台に成立しましたが、経済成長とともに現代、特に都市部では企業を軸としたコミュニティが現れました。それが今やネットの登場で全国至る所で情報が共有できるようになり、暮らしを第一とするライフスタイルコミュニティが生まれつつあるといえるのではないでしょうか。”
宮下さんが鴨川に移住した当時は、昔から連綿と続く地縁血縁によって結ばれたコミュニティが自然と地域ごとに形成されていました。しかし全国的に地方での過疎化がさけび始められたころ、コミュニティを「作る」動きが始まり、地縁血縁や仕事を軸とした結びつきでもなく、草の根的情報交換さらにはSNSによって共感できる暮らしを求める共同体へと変容していったといいます。宮下さんは地方で起きているこうした新しい人の繋がりを、ライフスタイルコミュニティと呼びます。
鴨川のコミュニティを可視化するアートMAP
“言葉や思考の前にある世界を可視化していくことがアートだと思っているので、ライフスタイルコミュニティが生まれつつある現代、より一層人と人や人と自然をつなぐような役割を果たせると思っています。その1つとして行っているのが毎年のアートフェスティバルでMAPを描くこと。MAPって身近なアートになるなぁ、って思ったんです。この土地にあるお店や工房、山や川など、つまりライフスタイルコミュニティを可視化することができますから。”
宮下さんが主宰するコヅカアートフェスティバルでは、毎年イベントのフライヤーに必ず大きなMAPが描かれています。MAPはコヅカ周辺にあるカフェやアーティストのアトリエが描かれ、子ども達が楽しむスタンプラリーの他、イベント会場への案内図の役割も果たしていますが、宮下さんの最大の目的は地域内にある同じ思いをもったコミュニティを描き出すこと。すでに6年目を迎えたアートフェスティバルのフライヤーは毎年鴨川市内全域の小学校に配られ、これを見て夏休みに遊びにくる子ども達がいずれ大きくなった時に、アートを育む地域に生まれたことを思い出してほしいという願いが込められています。
人と人、人と自然をつないでいくこと
“またそういう意味では、アーティストができることってそもそも「地域おこし」以前のことだと思うんです。地域おこしというと、とかく産業とか経済って話になりがちなんですが、まずはこの里山の未来の姿がどうあってほしいか、共有するイメージを創る事にアートの役割があると思います。先日のツアーでは、展覧会が1つ峠を越えて交流のなかった地域の住民同士の文化交流が始まるきっかけになるという嬉しい出来事もありました。これからも展覧会やツアーを通して多くの人と出会い、永続した暮らしを育むことのできる未来のヴィジョンを心で感じて、作品に表現していきたいですね。”
20年以上も前に旅の道すがら鴨川へ移住し、3人の息子さんを育てながら自治体ではPTAや神社の役員も務め「その時はさすがに顎ヒゲは剃ってたけどね」などと時折和やかに笑いを交えて語る宮下さん。アートというと、どこか実生活と切り離された抽象的な世界と考えがちですが、宮下さんの話は何気ない暮らしやコミュニティそのものがアートと密接な関係にあるとの示唆に溢れていました。これからも人と自然とが共生する豊かな生命をテーマに、暮らしの中にある創造性を映し出す作品を生み続けてほしいと思います。
文:東 洋平
Top Photo by Satomi Shimogou