2015年11月から「けもの道トレッキング」「解体ワークショップ」「ジビエ料理ワークショップ」の3プログラムを軸とした【狩猟エコツアー】が千葉県南部の安房郡鋸南町にて始まりました。近年、主に森林の多い地域で特にイノシシを中心とした鳥獣による農産物の被害は急速に拡大し、農業と自然環境に甚大な影響を及ぼしています。こうした状況にあって、獣害について知ってもらうこと、そしてこの対策に当たる猟師を募集することを目的として開催するのが「狩猟エコツアー」。ツアーの様子と獣害対策の未来についてレポートします。
過去15年間でのイノシシ捕獲数は4600頭を超え、今年度中に5000頭を突破する見込みの鋸南町
安房郡鋸南町は、南房総3市1町の中で最も小さな総人口8000人程の自治体。狩猟エコツアーは、「地域住民生活等緊急支援のための交付金・地方創生先行型事業」の一環として開催されるイベントですが、交付金は獣害対策の周知と猟師募集に投入するとの決断は町長の一声にあったとのこと。まずは鋸南町長である白石治和さんにお話を伺ってみましょう。
“鋸南町は海岸線や大通り以外はほぼ里山地域の町です。農作物や水仙で生計を立てている人も多く、これまでこの町から多摩を結ぶ距離ほどの侵入防止柵ワイヤーを設置してきました。それでも被害は留まらず、離農する人が年々増えています。もはや獣害は全国的なもので、まずは我々の町の里山がどうなっているのか理解して頂き、その上で1人でも多くの人が有害獣駆除の担い手としてなって下さることを願っています。”
これまでイノシシの被害は、関西地方に限られた課題とされてきましたが、関東でも2000年頃から生息数・生息域が増加し、鋸南町では過去15年間の捕獲頭数は4600頭を越え、今年度には5000頭を越える見込みです。年間被害総額はおよそ2000万円。千葉県全体では4年前に2億円を超えました。こうした状況で行政が先頭に立って取り組む本ツアー、全国的にも異例なケースとのことです。
鋸南町狩猟エコツアー「けもの道トレッキング」
ここで、開催されたツアーの概要をご紹介します。
1.けもの講座
講師:千葉県農林総合研究センター暖地園芸研究所 主任上席研究員 植松清次さん
10:00に集まった参加者たちは、植松さんによる座学を聞きました。田畑を荒らす動物にはイノシシの他、シカ、サル、キョン、またそれぞれ姿が似ているアライグマやハクビシン、タヌキ、アナグマなどがおり、それぞれの生態や特徴、被害内容を一通り学んだ上で、研究所が設置したセンサーカメラにて撮影された動物の様子を動画で確認しました。
2.狩猟道具の解説
講師:横根ワナ組合
その後、鋸南町横根地区にて活動する「横根ワナ組合」によって実際にワナ猟で使っている道具について、ワナ猟風景を動画に映しながら解説がありました。罠にかかった獲物は、最終的には命を奪わなければなりません。それを「止め刺し」といいます。横根ワナ組合は、長年の経験をもとに試験を重ね「止め刺し」をする最先端の装置を開発したことでも全国に知られつつあります。参加者との質疑応答もありました。
3.けもの道トレッキング
講師:横根ワナ組合
昼食を食べていよいよ「けもの道」に入って歩きます。横根地区コミュニティセンター裏手は、春に水仙の咲き乱れる里山で、水仙は住民の収入源でもあるため、この水仙を守るために何キロもの電柵が張り巡らされています。所々にサルやイノシシ、シカ用の箱ワナが設置されており、各所でワナの講習があり、いかに動物が歩く「けもの道」を突き止めるのか、数々の技や知恵が披露されました。
参加者の声
参加者は、千葉県内外から訪れた32名。20名の募集を超える89名の応募があり、抽選によって決定したことも害獣駆除への関心の高さを伺わせます。その中で、東京で不動産業を営み、勝浦の別荘とで2拠点居住をする親子の方に参加した目的を聞いてみました。
“勝浦の家の裏山にキョンが住みついていることもあって猟師に関心を抱きまして、来年にはワナ猟や猟銃の免許を取ろうと思っているんです。もちろん獣害問題に何か力になれたらという思いもありますが、食育も目的ですね。動物の命を戴くことで、食べ物について息子が理解を深めてもらえたらと思います。”
獣害対策となる狩猟は、食育にも良い機会なのではないかと語ります。その他、県北で農業を営む若者や、女性同士で参加する姿も見られた第一弾「けもの道トレッキングツアー」。12月、1月と企画が続きますので、ご興味ある方は末尾ツアー募集要項をご覧ください。
なぜイノシシは増えてしまったの?
さて最後に、ここまで規模が拡大したイノシシの被害はなぜ起こったのか、そして今後どのような対策が実施されるべきなのかを知るため、千葉県農林総合研究センター暖地園芸研究所生産環境研究室を訪れ、所長赤山喜一郎さんにお話を伺いました。
“イノシシ自体は縄文時代からいて、昔から人々は寝ずの番や落とし穴を作るなどイノシシと対峙してきました。その後明治から昭和初期にかけて一度イノシシが激減するのですが、一説には千葉県では戦後の食糧難や豚コレラという病気で姿を消したと言われています。南房総では2000年前後、鴨川北部にて有害獣捕獲の報告があり、急激に増えました。様々な要因がありますが、一つは人工的に植林したマテバシイが放置されていることですね。この木は栄養価の高いドングリを山に落とすので、山の中が食料の宝庫となったわけです。”
イノシシが増えてしまった最大の原因は、人が里山から離れてしまったこと。特に南房総は、かって薪炭用にマテバシイの木を広大な面積に植林しましたが、電気やガス、石油などの登場で薪や炭が使われなくなり、マテバシイの森はイノシシの「エサ場」と変わりました。
さらにイノシシはタケノコを食べ尽くし,土を掘り返し、シカは草木を食べ尽くします。すると、山の土砂流出防止や保水機能が低減し、周辺の自然環境が失われるだけでなく土砂災害や洪水のリスクも高まります。
イノシシ対策の未来
“まず一つは、人の手が入らず荒れた里山を整える環境と仕組みを作っていくこと、次に防護柵や猟具の技術改良とメンテナンスを続けること、そして実際に有害獣を捕獲するという三本柱が肝要です。また、ヨーロッパのジビエ料理のように食肉として資源循環を行えば、地域産業となる可能性もあるのではないでしょうか。この総合的な視点から今回の鋸南町のエコツアーは画期的な試みです。企画が他地域へも広がり、より多くの人に知ってもらうことで狩猟者が増加すれば、対策の未来がみえてくると思います。”
里山の資源を活用することがなくなった現代、放置された里山の整備は容易なことではありませんが、地域住民が消防団のような住民組織を作ることなど様々な案が検討されています。何より、高齢化が進む猟師集団に若い担い手が増えなければ、獣害はより一層歯止めのきかない深刻な問題となることでしょう。自治体によって異なりますが、有害獣の捕獲駆除には1頭当たりの報償金も用意されています。地域の農業や自然を守る猟師の道に挑戦してみませんか?
文:東 洋平