この町に左鐙(さぶみ)という、小さな集落があります。
今、集落のシンボルである左鐙小学校が、廃校の危機にあります。
この危機を乗り越えるために立ち上がったのは、中学一年生の男の子でした。
(左鐙の風景。左に見えるのが、左鐙小学校)
教育熱心な集落の、教育危機
左鐙は、人口300人ほどの小さな集落です。島根の名峰・安蔵寺山の麓にあり、集落を沿うように清流日本一の高津川が流れています。
左鐙のシンボルとなっているのが、集落の中心部にある左鐙小学校です。三角屋根の木造校舎で、天然芝の校庭は地域住民が手入れをしており、地域行事やイベントなども頻繁に行われています。
左鐙は、津和野町の中でも教育に熱心な地域です。左鐙小学校では生徒一人ひとりが理解するまでしっかりと考えさせます。また、授業は地域住民も手伝います。例えば川の生態系を学ぶ授業では地域の「川名人」がやってきて、実際に川に入って学ばせたりもします。頭で考える機会と体で学ぶ機会の両方を与え、生徒一人ひとりの個性と自主性を育んでいます。
(下流の石と上流の石の形を比べている写真)
この左鐙小学校が今、廃校の危機に直面しています。
2014年度の生徒数は6人。2014年9月、教育委員会は「2015年4月までに全校生徒数が16名に満たない場合、小学校の統廃合案を議会に提出する」と発表しました。
生徒数を増やすために、左鐙はこれまでに様々な試みを行ってきました。教育委員会が初めて左鐙小学校の廃校方針を示したのは2007年。その時の試算によると、2014年の生徒数はたったの1人になるはずでした。そこから地域では子連れの移住者に向けたイベントや告知を重ね、年々移住家族は増えていきます。結果、2014年の生徒数は6人になりました。しかし、それでも基準の「16人」を大きく下回ります。
左鐙には、家族連れが「移住して来られない」大きな理由があります。家族が住める家がないのです。移住世帯を呼び込むには、家族に家を建ててもらうか、ボロボロの空き家を改修して貸し出すしかありません。しかし、何軒もの空き家を改修する資金は地域にありません。
この頃、筆者は住民から「何かアイデアはないか」と相談を受けました。家を建ててまで引っ越してくる移住世帯は多くないだろうから、住める家を地域で用意したい。そのためのお金をどう集めるか。色々と考えていた時、クラウドファンディングが目に止まりました。
クラウドファンディングは、インターネットを通じて活動に対する寄付を集める仕組みです。そこで筆者は地域に出向き、「このサービスを使って、空き家の改修資金を集めてみてはどうか」と提案をしました。筆者は、このプロジェクトのリーダーをするのは、左鐙小学校を卒業して間もない子どもたちがやるべきだと考えました。子どもの目線から小学校の魅力を伝えることが、より多くの人の共感を呼ぶと考えたからです。そこで白羽の矢を立てたのが、2014年3月に左鐙小学校を卒業し、中学一年生になっていた鈴木智也君でした。
「移住者」の子どもが取り組んだクラウドファンディング
鈴木君は、2013年3月に茨城県つくば市から移住してきました。彼が左鐙小学校に通っていたのはほんの1年ほどでしたが、「左鐙が自分を変えてくれた」と言います。都会の学校に通っていた時は内気な性格で、休み時間などは本を読んで過ごしていたそうです。しかし、左鐙に移住すると友達や先生と話す機会は格段に増え、地域の様々な年代の大人とも交流することが多くなり、次第に自分の考えや想いを話せるようになりました。彼は今の自分がすごく好きだと言います。
鈴木君は小学生でありながら大人に混じって教育委員会との会議に出席し、左鐙小学校を残して欲しいと訴え続けてきました。しかしどんなに主張しても意見を聞き入れられないため、自分の無力感に苛まされている時、クラウドファンディングの案について聞かされました。彼は「これなら左鐙小学校の運命を変えられるかもしれない」と思ったそうです。
改修に必要なお金は800万円。200万円は地域で集め、残りの600万円をクラウドファンディングで集める。金額の大きさに不安はよぎるものの、これしか道はないと考えて、集落全体でこの挑戦を成功させようと決意しました。
プロジェクト開始直後から様々なメディアに取材をしていただき、情報はどんどん広がっていきました。しかし、なかなか思うように資金は集まりません。筆者も寄付集めを手伝うものの、「そんな小学校って全国にたくさんあるでしょ?」「いいことだと思うけど、ちょっと魅力が伝わらない。」という反応ばかり。中には「そもそも本当にこの中学生が活動したいと思ってやっているの?中学生を使って地域でお金集めしているだけじゃないの?」という指摘も受けました。
「やはり無謀な挑戦だったのか」。不安と焦りが募る中、ある転機が訪れます。鈴木君が2014年11月30日に開催された「TEDxKids@Chiyoda」に登壇できることになったのです。すぐに準備に取り掛かりました。
「このプレゼンテーションで何を伝えたいか。」
これまで伝えきれなかった左鐙の魅力や彼自身の想いを、言葉に落としていきました。
本番では、400人の観客を前に話をすることになります。もともと内気だった鈴木君が、彼の言葉で左鐙について話します。
結果はスタンディング・オベーション。何人もの方が「本当に素晴らしかった!」「活動を応援するよ!」と彼に声をかけてくれました。また、『デフレの正体』や『里山資本主義』の著者として知られる藻谷浩介さんからは、支援と共に力強いコメントももらいました。
そしてクラウドファンディングの期限日となる12月19日。目標金額を100万円も上回る700万円が集まり、鈴木君の資金集めの挑戦は終わりました。
しかし、喜ぶ暇はありません。すぐに空き家の改修工事が始まり、今、左鐙地区では改修した物件に移住する小学生の子供連れの移住希望者を募っています。
読者の皆様で少しでも左鐙に興味を持たれた方がおられましたら、いつでも見に来ていただければと思います。まだまだ続く鈴木君と左鐙地区の挑戦、是非注目してください!
文:株式会社FoundingBase共同代表 林 賢司
リンク:
・左鐙公民館ページ
・左鐙公式ブログ「さぶみサブリミナルプロジェクト」
・クラウドファンディング「Ready for?」左鐙挑戦ページ