四方を海に囲まれ世界有数の魚介類生産量と消費量を占める日本。1980年代に漁獲量のピークを迎え、その後漁場の国際的な制約規定や食文化の変化、輸入の増加によって長らく低迷が続いていることが課題となっている漁業ですが、一方で漁業振興のために新しい施策も生まれています。今回は、東安房漁業協同組合の取り組みから、地域漁業の活性化について考えてみたいと思います。
漁協直送のネット販売と朝市
取材に伺ったのは、2011年に千葉県南房総市と鴨川市にまたがる4つの漁業組合が合併し、正組合員と准組合員合わせると5000人を超える東安房漁業協同組合(以下東安房漁協)。千葉県でも最大規模の漁業組織が、ここ数年積極的に新しい事業を展開しています。
東安房漁協 長谷川繁男事業部長:
“95年頃にネット上にホームページを作ってからほとんどメンテナンスしていなかったのですが、今年ようやくリニューアルするタイミングに合わせてネット販売事業を立ち上げました。ネット販売の国内総売上高は現在約12兆円で、ここ数年で5倍ほどに増えるという試算もあり、当漁協としても新鮮な魚介類を比較的安価に提供できる強みを生かして、お客様のニーズに合わせた販売窓口を広げていこうという試みです。”
“また、昨年の4月から毎月第一日曜日に地域づくり協議会「きずな」と共に千倉漁港での朝市を開催しています。朝市そのものは5年ほど前からやっていたのですが、漁のない日曜日は漁港も空いていますので、荷さばき場を開放して漁協が海産物や加工品の販売を行い、千倉町の観光振興にも繋げていこうということで取り組みを始めました。地元の特産物や新鮮野菜も立ち並び、その場でBBQした海産物提供を行なうなど賑やかな朝市です。”
ネット販売、朝市と、直売所に加えて新たに始まった個人消費者向け直販事業。漁協が率先してこうした事業に取り組むことでどのように漁業振興に繋がっていくのか、東安房漁協が行ってきた伝統的な漁業者支援策から紐解いていきましょう。
伝統的に引き継がれてきた蓄養漁業
東安房漁協 福原優一統括参事:
“まだ私が入所する前の昭和40年代、100人ぐらいの組合員で構成されていた千倉町川口漁協にて「蓄養」が始まったといいます。畜養とは、海女や漁師がとってきた海産物を大きないけすに生かしておく方法です。特に千倉はアワビ、サザエ、イセエビといった磯根漁業が盛んなので、蓄養と親和性が高かったといえるでしょう。鮮度が保たれ、また安定的な供給が可能になるので、この方法によって小売店だけでなくホテルや旅館へ漁協が直接卸すことができるようになりました。”
アワビ類生産量が全国2位という千葉県の中でも南房総千倉地域は最もアワビの水揚げが多く、特産「房州黒アワビ」として親しまれています。この生産量と出荷体制を支えてきた蓄養場は、漁業者の生活を守る機能も果たしてきました。
漁協がセリに参加して漁業者の収入を安定させる
“多くの漁協はセリの場を運営することを役割としていますが、東安房漁協では業者と一緒にセリに参加し、海女や漁師の漁獲物を買い取っています。消費者と接する小売業者からすれば安価にモノを仕入れ、安く売りたいことは当然なので、時にはセリの価格が著しく低下することもあるんです。こうしたことが続くと漁業者の生活は安定しませんので、漁協が最低価格を保証して買い取り、その魚介類を蓄養してきました。この仕組みが昔からあったので、ネット販売や朝市など間口を広げることができたといえます。”
旧川口漁協で作られた蓄養場は、合併を重ねるごとにより大きな漁協に引き継がれ、伝統的に漁協がセリに参加して魚介類を直接買い取り、魚価の安定を図ってきました。しかし、東安房漁協の漁業振興策はこれだけではありません。
「とる漁業」から「つくり育てる漁業」へ
“千倉では昭和50年代から旧千葉県水産試験場(現千葉県水産総合研究センター)にてアワビ種苗の研究が行われてきました。簡単にいうとアワビを卵から育て、稚貝を海に放流して3年ほど経ってから漁獲する方法です。単に放流するだけではアワビは育ちませんので、海底へ平板のコンクリート漁礁を作りますが、そもそもどこに設置するべきか、また専業の海女(海士)がグループで管理するアワビ漁礁ということで漁業者同士の理解を形成することは大変な苦労でした。”
“しかし千倉のアワビ漁を守ろうという関係者の努力によって、現在では50箇所ほどの漁礁が設置され、今でも漁協が研究センターから種苗を購入して稚貝を育て放流し、漁業者の収入を下支えしています。東安房漁協ではアワビの生産を例として「とる漁業」から「つくり育てる漁業」を掲げ、一定の成果を上げることができました。今後この環境を十分に生かしていくために、新しい漁業者、特にこの地域では専業の海女(海士)を目指す若者が増えることを願っています。”
昨今漁業不振に対して乱獲の問題が長らく指摘されていますが、東安房漁業は海から魚介類を獲るだけでなく、研究センターと連携してアワビなど磯の海産物を自ら育て、海産資源の循環と漁獲量の安定に取り組んできました。魚介類の確保が実現しつつある段階で、現在新しい担い手の教育に力をいれています。
加工事業を拡大して6次産業化
それでは最後に漁協による直販事業の窓口が広がった今、次なる目標について聞いてみましょう。
東安房漁協 長谷川繁男事業部長:
“漁協自営の大型定置網があるため、ネットでは朝獲れの鮮魚も発送しているものの、何が獲れるかその日になってみないとわかりません。そのため、現在人気のシメサバ以外にも、ゆくゆくは加工商品を増やしていこうと考えています。1次産業である生産と3次産業の販売事業は確立しつつあるので、残るは2次産業ですね。漁協が主導して6次産業化を成し遂げ、より一層の漁業振興に繋げていくことが目標です。”
漁業者だけでなく、魚介類自体の減少も課題となっている地域漁業において、セリ価格の安定や水産資源の循環という対策を進め、6次産業化に向かう東安房漁協にお話を伺いました。新たに自営で漁業をするには組合員資格が必要となり、取得には一定の期間や条件が必要になりますが、漁協の自営事業で働く等、漁業を目指すには他の選択肢もあります。漁業振興策と相まって新規就漁者が増えていくことを期待したいと思います。
文:東 洋平
リンク:
東安房漁業協同組合