みなさんの街には、遠方にいる大切なひとに贈りたいと思えるお土産はありますか?
大切なひとに自分が暮らす街のことを知ってもらえるような、特別なお土産を贈りたい。しかし、なかなか見当たらない。それならば、つくってしまおう!と、自分たちの手でお土産を開発した住民たちがいます。地域のひとを巻き込み、土地の魅力をたくさんの人に知ってもらうことを目指して取り組んだお土産づくり。さて、どんなお土産ができたでしょうか。
「自分の暮らす街のお土産が思いつかない」その一言がきっかけに
横浜市青葉区は、横浜市の北西部に位置する区。高度経済成長期に宅地開発が進み、東急田園都市線の開通をきっかけに、急激に人口が増加した郊外のベットタウンです。
横浜18区のうち最大の水稲作付面積を誇り、農家戸数も横浜18区のうち第2位、多品種小規模栽培を行う農家が多く、市民農園も点在しています。「港町 横浜」という言葉から連想されるイメージとはすこし違う、田畑の風景が広がっています。
横浜市の中でも東京に近い青葉区には、時に「横浜都民」とも揶揄されるように、東京都内に通勤通学し、横浜には寝に帰るだけという人もたくさん暮らしています。住民たちは都内で過ごすことが多く、自分の家がある地域に生じている課題について考える機会や、周囲に暮らす人々と知り合う時間を持つことが難しいという状況があります。
そういった状況を自身の経験からも感じていたNPO法人 「協同労働協会OICHI」坂佐井雅一さんは、住む人が地域で起こることや課題に触れる機会をつくりたいと、2014年3月、田園都市線たまプラーザ駅近くの商店街の中にビジネス拠点起業支援センター「まちなかbizあおば」をオープンしました。
「まちなかbizあおば」では、地域に目を向ける機会をつくり、地域の課題やニーズを発見し、各々が培ってきた知識やビジネスの力で解決していく人をサポートするために、交流会や勉強会が行われています。地域活動に関心をもつビジネスマンや起業家に加え、商店街のひとや地域の住民が集まる拠点となっています。
ある時、集まりに参加していたひとりが「街の贈り物が思いつかない」とつぶやきました。横浜のお土産というと、港町横浜をイメージするものが多く、自分の暮らす青葉区のことを親戚や知人に知ってもらうことができないという思いから出た言葉でした。その一言をきっかけに、「それならば自分たちで青葉区のお土産を開発しよう」と関心をもった人たちがチームを組み、「青葉区発横浜おみやげプロジェクト」がスタートしました。
特色が見当たらない?青葉らしさって何?
「青葉区発横浜おみやげプロジェクト」に集まったのは、ファイナンシャルプランナーや弁護士、商店会の会長など職種も専門性もばらばらな11人。チームの中心となったのは櫻井友子さんでした。櫻井さんは、元々、共働きの子育て世代や健康に関心が高い層に向けて、安全でおいしい食を提供する「さくら工房」を経営、顔の見える農家の野菜や肉を使ったそぼろや、米粉を使ったシフォンケーキなどの惣菜やお菓子を製造・販売していました。
「何を特色として打ち出そうか」。青葉区の魅力をつたえるお土産をつくろうと始まったプロジェクトでしたが、お土産としてアピールできそうな特色はすぐには見当たりませんでした。話し合いを重ねたメンバーが注目したのは、青葉の稲作、少量多品種の農作物、そして、櫻井さんが長年つくってきた米粉をつかったシフォンケーキでした。
青葉区でつくられた米を米粉にかえ主原料にし、青葉区やその周辺の横浜北部で栽培された野菜や果物をギュッと詰め込んだお菓子。少量多品種という特徴を生かして、季節ごと様々な果物や野菜を混ぜこみ、四季折々の味を楽しめるお菓子。横浜の農家の誇りや、ストーリーを伝えるお土産をつくることになりました。
足りないもの、困っていることをさらけだし、得られた地域の協力
「米粉をつかったお菓子」と方向性は決まったけれど、資金がない。また、肝心の材料がない。次にチームのメンバーが行ったのは、お土産を開発するための初期費用集めと、企画に賛同し農作物を提供してくれる農家探しでした。
多くの地域のひとを巻き込んで、お土産をつくりたいと考えたチームのメンバーは、プロジェクトの構想が出てから4ヶ月後の、2015年1月からクラウドファンディングでの資金集めを始めました。インターネットでの資金提供の呼びかけに加え、商店街での声かけ、マルシェでのアピールなど地道な資金集めを行う過程で、地元新聞紙にも取り上げられ、じわじわと認知が広がっていきました。80日間に渡る資金集めで、およそ100人の支援者から100万円を超える資金を獲得しました。
資金を提供してくれた人の期待に応えなければと、同時に協力してくれる農家探しも始まりました。クラウドファンディングを通じプロジェクトを知った人や、農家さんから別の農家さんを紹介してもらうなど地域の人のネットワークにより、青葉区市が尾やあざみ野、都筑区、緑区など青葉区を含めた横浜北部の農家とのつながりが出来ていきました。
お土産の核でもあるお米は青葉区の農家さんと協力し、遊休農地でつくったもの。ケーキの大切な原料となる卵も近くの養鶏場から入手することができるようになりました。野菜や、果物も協力してくれる農家さんから持ち込まれるようになりました。
材料だけではありません。お米を米粉に加工する粉砕機も地域の協力を得て利用することができるようになりました。米粉の粒の細かさや状態はケーキの仕上がりを左右する大きな要素です。しかし、米粉の消費市場はそれほど大きくないことから、そもそも米を粉砕し米粉にする精米工場は多くありません。そういった状況のなか、櫻井さんは青葉区産の米を最大限活かせるよう、粉砕のバランスについて試行錯誤を重ねました。しかし、なかなかうまくいきません。そんな折、知り合った農家さんが米粉の研究をしている神奈川県農業技術センターの存在を教えてくれました。そのセンターで、米の粉砕機が青葉区にあるJA横浜田奈支店にあることを知り、協力を依頼。JA横浜田奈支店に眠っていた粉砕機で、青葉区産の米に合った粉砕の仕方を実現し、理想的な米粉が手に入るようになったのでした。
元々は、都内につとめ、横浜には寝に帰るだけの「横浜都民」の頃もあったメンバーたち。自分たちのやりたいこと、足りなくて困っていることをさらけ出し、地道に伝えていくことで、今まで交流がなかった地域の人、農家がひとり、またひとりと応援者になっていく、そんな経験をしたのでした。
どんな味が人気?パッケージデザインは?地域のみんなを巻き込んだ商品づくり
いよいよ、始まったお土産づくりでは、青葉区産の米粉をつかったグルテンフリーのシフォンケーキと、同じく米粉をつかった焼き菓子「ココフラン」が試作されました。カップケーキのような形の「ココフラン」は、果実や野菜が混ぜ込まれたケーキにクッキー生地でふたをしたオリジナルのお菓子です。
メンバーは地域のひとの声を反映したお土産をつくるため、数回にわたり試食会を開いたり、休日にイベントへ出向いたりして、100名を超える住民に試食を頼み、どんな味が人気か、お土産として送る際にどのくらいの数、サイズだったら便利かなどアンケートを集め、試作を繰り返しました。
お土産の顔となるパッケージデザインは、クラウドファンディングを通じプロジェクトを知り、協力を申し出てくれた数人が中心となって行いました。同封されたリーフレットには、クラウドファンディングで資金を提供した応援者の名前、地域の協力者の名前が掲載されています。丘陵が多い青葉区は「丘の横浜」とも呼ばれることから、「丘のよこはま」とネーミングされたお土産は、2015年7月、完成しました。
青葉区をもっと盛り上げたい、「丘のよこはま」の今後
2015年7月の販売開始後、メンバーは「まちなかbizあおば」前の路面や、たまプラーザテラスマルシェ、さくら祭り、商店街の夏まつりや青葉区民まつりなど地域のイベントやマルシェに出店し、お土産の販売を続けています。青葉区郵便局に販売ブースをもらうなど人々の認知とともに、少しずつ販売の経路も広がっています。かぼちゃ・桑の実などを使った秋バージョンやニンジン・柚子などを使った冬バージョン、お歳暮用など、ケーキに入れる野菜や果物を変え、今までに累計8000個が販売されています(2016年6月現在)。
現在では、さくら工房オンラインショップ、また、お土産の完成と同時期にオープンした、さくら工房の直営店「おかんダイニング」でも販売が行われています。
今後は、より多くのお店に置いてもらうなど販路を拡大し青葉区のお土産として認知され定着していくこと、グルテンフリーという米粉の魅力や商品そのものの魅力について伝えていくことで、青葉区以外のひとにも関心をもってもらい、青葉区や横浜北部の魅力を全国に広めていくこと、さらには、お土産の製造を雇用創出や農業活性化につなげていくことなど、「丘のよこはま」の目指す先はまだまだ続いています。
文:ロ—カルグッド横浜 佐橋加奈子
リンク:
さくら工房ホームページ 丘のよこはま事業部
LOCAL GOOD YOKOHAMAクラウドファンディング:
青葉区発横浜おみやげプロジェクト