三大都市圏への人口集中は増加傾向にあり、少子高齢化が進む日本では三大都市圏の人口が地方全体の人口と逆転した2005年から2050年までの間に、地方全体の人口減少率は60%を超えると予想されています。こうした状況で地方をどのように支えていくか焦点となっていますが、都会に出た地方出身者にとってもこの課題に関心がある人は多いのではないでしょうか。今回は南房総市富浦地区にて20年以上前から、地域の誇りを発見し、次世代へとつなげる活動を行うNPO法人富浦エコミューゼ研究会のお話から「郷土愛」について考えてみたいと思います。
エコミューゼ発祥の地フランスから帰国して
富浦エコミューゼ研究会は1992年に始まり、2003年NPO法人となった地域団体。その活動は設立から一貫して地域の自然や伝統文化、史跡や民俗を学ぶ体験を通して、郷土の魅力を伝えています。まずは、会の事務局を務める酒井和夫さんに「エコミューゼ」とは何かお聞きしました。
富浦エコミューゼ研究会事務局 酒井和夫さん:
“日本で地方の活力が下がり「地域おこし」や「地域活性化」の必要性が訴えられ始めた頃でした。合併前の旧富浦町でも地域を見直そうという機運が高まり、有志数名で「エコミューゼ」を学びに発祥地フランスへ行くことになりました。エコミューゼとは生態学「エコロジー」と博物館「ミューゼ」の造語で、地域資源を活かして、地域の文化、経済を発展させる取り組みです。フランスでの見聞を持ち帰り、地域資源の発掘とその教育を担うために始まったのが「富浦エコミューゼ研究会」でした。”
“エコミューゼには「コア」と「サテライト」という考え方があり、地域全体を博物館とすると、個々の地域資源が「サテライト」でこれを取りまとめる中心的な場が「コア」となります。富浦であれば、大房岬の自然、枇杷やイチゴの生産地、または里見氏にまつわる史跡などが「サテライト」にあたります。富浦エコミューゼ研究会は急ピッチで地域資源の調査を進め、数々の「サテライト」を発見しました。こうした地域資源をまとめる「コア」の役割を果たしているのが1993年に設立となった「道の駅とみうら・枇杷倶楽部」です。”
1970年代にフランスで提唱されたエコミューゼという思想をいち早くまちづくりに応用し、地域資源の発掘や保存、これを伝える人々の育成や発信を始めた富浦エコミューゼ研究会は「道の駅グランプリ2000」で最優秀賞を獲得する「道の駅とみうら・枇杷倶楽部」の誕生の背景ともなる壮大な構想から発足しました。
参加者1万人を突破する「ウォッチング南房総」と小中学生対象の「土曜学校」
地域資源の調査で重要な役割を担う富浦エコミューゼ研究会が、設立当初から25年を経た今も変わらず続けているのが「ウォッチング富浦」(現ウォッチング南房総)という活動です。
富浦エコミューゼ研究会理事長 鈴木勇太郎さん:
“年間でスケジュールを決めて、アドバイザーが案内する地域資源の散策や体験を毎月第二土曜日に開催しています。自然の中を歩いたり、史跡を学んだり、郷土料理を食べたりと、幅広いメニューが喜ばれているようで、特に広報活動をせずとも関心のあるテーマで地域の方が参加しています。第二土曜日と決めていることやNPO会員それぞれの能力を活かして各回を創り上げているところが長く続いてきた要因ではないでしょうか。2016年12月にはのべ参加者の人数が1万人を超え、今年300回目の開催を迎えます。”
“この活動は当初、地域資源を発掘する狙いとともに、地域の子ども達に郷土愛を育んでほしいという願いからスタートしました。すると予想以上に大人の参加が増えまして(笑)、子ども達が参加しにくくなってしまったのですね。そこで始めたのが毎月第四土曜日の「土曜学校」です。「ウォッチング南房総」とは趣の異なる小中学生対象のメニューを行っています。雨の日は紙芝居を読むんですが、これも会員に得意な方がいましてね。この地域の民話に基づく20編もの紙芝居を自前でストックしているんですよ。”
年一度の大イベント「人形劇フェスティバル」
会が年間を通して企画しているもう一つの事業に「人形劇フェスティバル」があります。毎年夏休みの期間に約1週間を通して人形劇が上演され、最終日には一流の人形遣いによる「文楽」の催しが待っています。
富浦エコミューゼ研究会事務局 酒井和夫さん:
“「ウォッチング南房総」や「土曜学校」が、故郷を身体で体感することに主眼を置いているのに対して、「人形劇フェスティバル」は一流の芸術で感性を育む取り組みです。都会と異なり、地方では劇場や美術館も少なく、子ども達が芸術に触れる機会はあまりありません。しかし、一年のうちこの期間だけでも優れた芸術に親しんで、少しでも地域全体で文化的なレベルを向上させようという目的から会の設立以前から始まり、2017年で29回目の開催となりました。”
“毎年数々の素晴らしい人形劇団が出演してくださり子ども達にも大人気ですが、なんといっても千秋楽の文楽は、日本を代表する人形遣い三代目桐竹勘十郎さんに毎年ご出演いただいています。芸術といっても多くのジャンルがありますが、日本の伝統芸能を学ぶという点では、故郷を体験する活動と根っこにある部分は同じです。幼い時期には難解でも、大きくなってからこうしたイベントがあったことを思い出し、この地域への誇りに繋がってほしいと思います。”
ふるさとを心の拠り所として力強く生きてほしい
こうして設立から長期に渡って毎月の活動と年一度のイベントを企画し、地域資源を熟成した知見から住民に伝え、子ども達に「ふるさと体験」の場を提供する富浦エコミューゼ研究会。最後に理事長の鈴木さん(86)から「郷土愛」にかける思いをお聞きしましょう。
富浦エコミューゼ研究会理事長 鈴木勇太郎さん:
“昔植物の研究者として南アフリカ共和国に調査に行っていた時、差別されている黒人からある意味で憐みを受けたことがありました。故郷を愛する彼らに、私の中の日本人としてのアイデンティティが見透かされてしまったわけです。当時の日本の教育はおよそ無国籍で、成長を求めても故郷を振り返ろうとせず、海外に出た多くの日本人が外国人と対等にやりあうことに苦労をしました。故郷をもたなければ、相手の故郷を尊重することもできません。これからの世の中は、グローバル化が進む中で、より一層故郷が大事になってくると思います。”
“また故郷は、心の拠り所でもあります。子どもの頃に体験した故郷が、生きていく上での大切な基盤を形成していきます。今ここで教えている子ども達も、いずれ進学、就職で都会へ出てしまうかもしれません。しかし、故郷が心の支えになって、力強い人生を送ってくれると信じています。昔は自然と育まれてきたことですが、現代はこの故郷体験をいかに子どもに授けられるかも大人の役割だと思うんですよ。これからも素晴らしいNPOメンバーと共に、地道に活動を続けていきたいと思います。”
今回取材に伺った土曜学校のテーマは、野草を摘んで天ぷらにして食べること。イベントの冒頭で鈴木さんは「ただ野草を食べるのではありません。君達の故郷を身体に取りこむんですよ。」と挨拶をしていました。現代は地方でも都会的な暮らしを送ることが可能です。自然や伝統文化など、地域資源に恵まれた地方でも、これを伝える人々がいなければ単なる景色と化してしまいかねません。富浦エコミューゼ研究会の活動は、地域資源を最大限に楽しみながら学ぶことで郷土愛を基盤とした豊かな感性をもつ「人」を育てること。この取り組みは目先の活性化とは異なり、時間をかけて最も力強い地域への支えとして還元されるのではないでしょうか。
文:東 洋平
リンク:
NPO法人富浦エコミューゼ研究会
【ローカルニッポン過去記事】
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