ミネラルやビタミンなど、身体に必要な栄養素の供給源となる野菜や果物。味や形、色彩といった特徴は実にバラエティに富んだ食材でもあります。この魅力を伝える「野菜ソムリエ」という資格をもったエキスパートが全国に現在5万人以上いることをご存知ですか?千葉県館山市にて「野菜ソムリエプロ」として活動するのが安西理栄さん。野菜ソムリエになろうと思ったいきさつや、活動内容、今後の展望についてお聞きしました。
館山から届く新鮮な食材に魅せられて
東京で通訳コーディネーターの仕事をしていた安西さんは、ご主人が故郷へ戻ることを決心したことから千葉県館山市に移り住むことになりました。
“田舎の古い家の長男に生まれた夫は、結婚前からいつか実家へ戻ることになると話していまして、私も田んぼや畑に囲まれ、海にも近い館山の実家が大好きだったので全く抵抗はありませんでした。ただそのタイミングが結婚して2年経ってすぐと予想より早く、大急ぎで準備することになったんですね(笑)。その時に悩んだのが、館山へ越した後どのような仕事をするかという点でした。そんなある日出会ったのが「野菜ソムリエ」の資格です。”
“夫の実家は兼業農家で、ご両親が送ってくださる新鮮なお米や野菜が本当に美味しくていつも楽しみにしていました。この体験から野菜のことをもっと知りたいなぁと関心が高まっていた頃でした。そして野菜ソムリエであれば、地方での暮らしという自分が置かれた環境を活かしながら、地域社会に貢献することができるかもしれないと思ったんです。夫と話し合い引っ越しまで1年間の猶予をもうけて、早速「野菜ソムリエプロ」の資格を取るために東京で講座を受講しました。”
5感をフル活用して野菜を楽しむ野菜教室
野菜ソムリエには「野菜ソムリエ」「野菜ソムリエプロ」「野菜ソムリエ上級プロ」の3つの資格があり、「野菜ソムリエ」が家族や本人が楽しむための内容であるのに対し、「野菜ソムリエプロ」と「野菜ソムリエ上級プロ」は資格を活かして仕事ができる比較的高度な内容となっています。
“「野菜ソムリエプロ」としての仕事の幅はとても広くて、フードライターになる方もいれば、飲食店や青果店の販売、農業や家庭菜園に活かす人もいます。私の場合は館山に移住してすぐに子どもが生まれ、子育てをしながら野菜ソムリエをしていたため、WEBや情報誌でコラムを執筆することや、野菜教室を開催することが多かったですね。6月からはベビーマッサージの先生と一緒に毎月離乳食セミナー「もぐもぐ教室」を行うことになりました。”
“隔月で開催している野菜教室は、あくまで「健康」よりも「楽しさ」という視点を大切にしています。野菜が健康に良いことは誰しもよく知っていて、それでも食生活に取り入れたり、子どもに食べさせたりするのがなかなか難しいところ。「食べなければ」ではなく「楽しむ」ことで野菜との距離が縮まり、結果的に野菜嫌いや野菜離れを解消できると思うんです。季節を感じる旬の野菜をじっくり見つめたり、異なる品種を食べ比べしたり、野菜の面白い特徴を見つけながら賑やかに過ごし、自宅で簡単に実践できるレシピを紹介しています。”
生産者と生活者の懸け橋となること
野菜教室の他にも館山市のホームページで旬野菜を使った地産地消レシピを提供し、地域内の産品を使った商品開発にも力をいれている安西さん。野菜ソムリエと生産者が手を取り合うことで、地域農業の活性化に今後より一層取り組みたいと語ります。
“日本野菜ソムリエ協会は、野菜ソムリエが生産者と生活者の架け橋になり、日本全体の農業を元気にすることを目標の一つに掲げていまして、私もイベントや商品開発を行う際にはまず生産者の話を直接お聞きしています。館山南房総一帯は土地や気候に恵まれて、旬の野菜や果物を楽しむにはポテンシャルの高い地域です。生産者の商品PRの手助けをし、その他の産品とのコラボレーションによる商品開発を提案することで、ますますその魅力が引き出されるのではと考えています。”
“野菜ソムリエには地域ごとにコミュニティがあり、私も「野菜ソムリエコミュニティちば」に所属して、千葉県が任命する「ちばの野菜伝道師」協力隊としても活動をしています。このコミュニティでは年に3回ほど産地交流会があり、各地域の圃場を見学して、生産者の声を聞いて意見を交換し合うんです。自分一人ではなく、千葉県という広い範囲で助け合い、学び合う仲間がいることは心強いですね。野菜ソムリエが広がって、野菜が地域住民の暮らしの中に自然に溶け込むようになったらいいなぁと願っています。”
イギリスでの経験が今につながる
そんな安西さんですが、今年に入って新たに「フードツーリズムマイスター」という資格を取得しました。地域独特の食材や食文化を楽しむ旅(フードツーリズム)を企画する技術を学ぶ講座ですが、このことには安西さんのイギリスでの経験が関わっています。
“英語が大好きだったこともあり大学は国際学部に入ったのですが、大学2年のときに1か月ほどイギリスに留学したんです。その時の記憶が忘れられず、いつかイギリスに住みたいという夢をもつようになりました。卒業後就職した会社では商品の販売促進を行うセミナーを担当して全国を回り、やり甲斐もあったのですが、やはりイギリスが頭から離れず6年経って退職をして1年間留学・留職をすることにしたんですね。前職で観光商品を扱ったことが楽しくて、留学中はツーリズムの学科を専攻しながら観光地でのインターンシップ(職業体験)をしました。”
館山南房総ならではのフードツーリズムを実現したい
安西さんがホームステイをする先となったのは、イギリス中西部の町、レミントンスパ。平日は学校へ通い、週末は隣町で観光地としても有名なストラトフォード・アポン・エイボンにあるシェイクスピアの生家でインターンとして働いたそうです。
“旅費が安かったため、学期休みを利用してヨーロッパのあちこちを旅しました。その時に最も楽しかったのが、各国各地の「食」です。フランス、イタリアなど有名な地だけでなく、どこへ行ってもその地域ならではの食材を使った独特の料理があり、食を楽しむことが旅をする動機に変わっていきました。あれから10年以上も経って、夫との縁で住み始めた館山で、地域の食に関する仕事に関われてとても嬉しいです。あの時の私のように、訪れる日本人や外国人旅行客の方に、館山南房総らしさを伝えることのできる商品や体験を企画していきたいと思います。”
南房総の農業振興や食育に尽力する安西さん。仕事づくりもテーマとなる地方の移住促進ですが、すでにある仕事を探すのではなく、地域が必要としている仕事を創り出すという姿勢も参考になるお話でした。外国人旅行客の誘致や着地型観光といった地域活性化策に注目も集まる中、海外経験も豊富な安西さんが提案する館山南房総でのフードツーリズムからも目が離せません。
文:東 洋平