JNTO(日本政府観光局)の調査によると訪日外国人の観光客はここ数年急増しており、2014年から2017年にかけてはなんと2倍に(2017年観光客数:2,869万人)。特に台湾は国・地域別の観光客数で三位、消費額では二位を占めています。その台湾とこの2年間で親交を深めつつあるのが千葉県館山市です。訪日外国人の誘客に十分な予算をかけられない館山市がどのようにして台湾の教育旅行誘致や経済交流を実現させたのでしょうか。この交流の立役者でもある林佩樺(リン・ペイホワ)さんを中心にお話を伺いました。
台湾に絞ったインバウンド事業の推進に林さんを抜擢
館山市が台湾へ向けた観光誘致活動を本格的にスタートしたのは2016年のこと。まずは、このいきさつについて当時商工観光課長であった嶋津彰一さん(現雇用商工課長)からお話を聞いてみましょう。
“館山には「館山インバウンド協議会」という組織があり、韓国からの誘客活動を行なっておりましたが東日本大震災で一旦途絶えていました。そんな中千葉県から助言を受け新たに対象となったのが台湾でした。台湾は昔から親日的で、また使用する字が簡体字と異なり、繁(はん)体字といって日本で使う漢字と似ているため漢字でコミュニケーションがとれるなど、これまで外国人旅行客が少ない館山でも比較的受け入れやすいと。そこで館山インバウンド協議会との連携で始まったのが台湾からの誘客活動です。”
しかし嶋津さんによると、こうしたインバウンド事業は相手国側の「ランドオペレーター」と呼ばれる専門業者に委託することが多く相当の費用がかかり、財政的に厳しい館山市にとって現実的ではありません。そんな時に嶋津さんと一緒に商工観光課に配属となったのが林佩樺(リン・ペイホワ)さんでした。
“台湾出身の林さんは2002年から館山市内で台湾の半導体会社の立ち上げに関わり部長を務められた方です。その後、会社が館山から撤退することになってからもお子さんの進学もあって、この地に留まり非常勤で市役所建設課にて働いていたのです。とても優秀な方で建設課でも重宝されていたのですが、この事業の推進員として活動していただくことになりました。これまでの台湾との成果は林さんなくして語ることはできません。”
館山・南房総は羽田や成田から好立地ではありますが、半島の南端ということもあって著名な観光地を巡るルート上になく外国人旅行客が多い地域ではありませんでした。それでは林さんはどのようにして台湾へのPR活動を進めてきたのでしょうか。
中国語繁体字でブログ、Facebookページ「館山滯在記」スタート
商工観光課に異動となった嶋津さんと林さんは、当時何から進めようかと悩みながら相談しあう日々を送っていました。そこで出たアイディアがブログとFacebookページです。
林佩樺(リン・ペイホワ)さん:
“地味に見えるかもしれませんが(笑)、お金をかけずにやれる発信は何かを考えてブログをスタートしました。実は嶋津課長は長年ご自身でブログを書いている人だったので、書き方を教えてもらえたのです。ブログのプラットフォームは台湾で一番有名なサイトを使いました。Facebookページ「館山滯在記」も開設し、旅行好きの台湾人が集まっているグループにも積極的に発信しています。その結果、繁体字圏の香港からも読者が増え、このページを見て館山に訪れる方が現れるようになったことはとても嬉しいです。”
「館山滯在記」は日本語訳が載せられているため、日本人が読んでもわかりやすい観光情報が掲載されています。
丁寧な取材対応が導いた出会いと「台湾ランタンフェスティバル」
同時に林さんは台湾の雑誌などメディアの取材対応を引き受けることで館山のPR活動に貢献していきますが、そこに訪れた大きなチャンスが台湾最大のイベント「台湾ランタンフェスティバル」。千葉県からの声かけによって館山市がこのイベントに参加することに。
“台湾ランタンフェスティバルに参加できるなんてドヒャーって感じでした!毎年1週間かけて1000万人以上が集まる台湾一のイベントです。南総里見八犬伝をモチーフにしたランタンや館山市内に道場がある魂刀流志伎会の演舞など着々と準備に臨みました。そんな時に連絡をいただいたのが、取材対応で出会った黄さんでした。”
“黄さんは旅行会社やメディア、ブロガーなどとも交友関係の広い方で、一度取材でお会いしてからも連絡をとっていたのですが、ランタンフェスティバル前日に館山市の記者会見を開こうと。40名を超える記者がお越しくださり、館山のPRやパフォーマンスをテレビニュースやインターネットで報道していただきました。”
その後も数々のブロガーを館山に紹介し、最近では台湾に本社のある自転車メーカー「ジャイアント」の幹部とともにサイクルツーリズムの視察に訪れる黄さん。林さんの丁寧な取材対応が導いた大きな出会いでした。
「日本台湾商会」の総会が館山で開催
台湾ランタンフェスティバルを終えてホッと一息ついた商工観光課でしたが、続いて訪れた偶然の出会いが「日本台湾商会」。日本台湾商会とは在日台湾人のビジネスマンで組織された全国規模の団体で国内では東京、千葉、横浜など6団体あり、各地域の活動も積極的に行っています。
“とある会合で日本千葉台湾商会の幹事長を務めていた陳さんという方とお会いしました。館山市の取り組みをお伝えすると、なんと2017年の日本台湾商会全体の総会が千葉県で開催されるとのこと。当初幕張などの中心街で開催を検討されていたようなのですが、陳さんのご尽力で会長と市長の会合に進み、総会の開催場所が館山市に決定しました。”
2017年11月館山で開催となった日本台湾商会の総会参加者は120名。これを機にプライベートで館山へ通う方が増え、さらに「日台事業者交流会inたてやま」の開催に至って経済的な交流もスタートしました。
台湾トップセールス
そして実現を迎えたのが関係団体の各首長が直接台湾へ営業する「台湾トップセールス」。2017年から日本千葉台湾商会の会長を務める鐘幸昌さんの仲介をきっかけに、台南国際教育センターや高雄市政府教育局への教育旅行誘致や大手旅行会社への営業が実現しました。
“鐘さんにおつなぎいただいたおかげで、実質的に日本大使館の役割をしている「台北駐日経済文化代表處」から直接ご紹介を受けてトップセールスが実現しました。この営業活動により6月には高校生が、7月には小学生が学習旅行で館山を訪れ市内高校や小学校と交流しました。また旅行会社による団体ツアーも始まっています。”
人と人、人と地域がつなぐ台湾と館山
さて2年に渡る観光誘客活動ですが、ブログからスタートしたとは思えないほどの展開を見せて現在進行中です。2018年10月には台湾大手テレビ局TVBSが5日間にわたって館山・南房総の特集番組を組みました。これを中心的にアテンドしたのも林さん。今こうした一連の出来事を振り返って林さんはどう感じているのでしょうか。
“ここまで来るのに数々の運命的な出会いがありました。そして次に何をしようかと理想を口に出して話していたことが実現していくことに驚きの連続でした。お金がかけられないというのは最初からわかっていたので、職員みんなでできることをやっていこうと前向きに取り組んだ結果だと思っています。むしろお金では買うことのできない「人」との出会いに恵まれました。全く畑違いの仕事で最初はどうなるかと思いましたが、今はこの仕事が天職だと思っています。これからも館山の素晴らしさを知ってもらうように頑張ります!”
観光商品に磨きをかけて、さらなる営業に向かう館山市
現在、雇用商工課が経済交流を、観光みなと課が観光や学習旅行をそれぞれ担当し交流を深めています。最後に、今後の展開について観光みなと課長の和田修さんにお聞きしたいと思います。
“台湾からの視察や観光ツアーが如実に増えてきています。林さんが切り拓いてくれたこの勢いをさらにパワーアップさせるためにも来年の2月には再度トップセールスに伺うことを予定しております。これに向けて市内民間事業者と連携して、サイクリングツアー、ゴルフツアー、学習旅行など観光商品に磨きをかけ、さらに多くの台湾の方にお越しいただけるように進めていきたいと思います。”
事業がはじまる前は「館山」という地名さえ認知されていなかったところから、今や「館山滯在記」の発信や口コミによって自然と人が訪れるようになりました。「予算がない」ことはどの地方自治体も抱える課題ではありますが、地道な情報発信からスタートし、地域を自ら学び台湾との関係性を築き上げた林さんそして市職員の努力は大切なことを示唆しているのではないでしょうか。これからも台湾と館山市は人と人の交流により数々のドラマを生み出していくことでしょう。
文:東 洋平
トップ写真:2018年7月台湾台南市崇明小学校と館山小学校による「音楽交流」