ローカルニッポン

無印良品の鴨川での取り組み

書き手:東洋平
千葉県館山市在住のライター。2011年都内の大学卒業後に未就職で移住する。イベントの企画や無農薬の米作りなど地域活動を実践しつつ、ライターとして独立。Think Global, Act Localがモットー。

千葉県鴨川市の里山に囲まれた米どころ、長狭平野にある「みんなみの里」。1999年から直売所や農村体験、地域情報発信の場を担ってきた施設ですが、2018年4月に「里のMUJI みんなみの里」として生まれ変わりました。全国初の無印良品が手がける直売所やレストランを含む複合施設となりましたが、どのような経緯や目的で鴨川での取り組みが進んできたのでしょうか。鴨川に移住して事業を担当するソーシャルグッド事業部の高橋哲さんに伺いました。

株式会社良品計画ソーシャルグッド事業部高橋哲さん

株式会社良品計画ソーシャルグッド事業部高橋哲さん

「商い」で地域に「役に立つ」こと

鴨川での活動を始めたのは2014年のこと。鴨川のNPO法人うずと共催で都市住民と協力して棚田を保全する「鴨川棚田トラスト」が事始めになりました。しかし商品を販売する無印良品が、なぜ地方に参画することになったのでしょうか。

“わたしたちの方針の一つに「役に立つ」というコンセプトがあります。これまでも商品を通じてお客様に「役に立つ」ことを目標としてきました。無印良品としてグローバルに展開し、現在では海外店舗の数が国内店舗を上回ることに。こうした時にあって改めてわたしたちの国内における次のステップは何かと問うことになったのです。”

“そこでテーマに上がったのが、地域活性化でした。ご存知の通り日本は少子高齢化や産業構造の変化でこれまでにない課題を抱えています。この状況に対して無印良品はどのように「役に立つ」ことができるのか。こう考えた時に、CSR活動や資金的な援助ではなく、培ってきた商品に対する手法やノウハウを活かして真っ向から「商い」で地域に貢献しようということになりました。”

都心に程近い日本の原風景を未来に残したい

地域活性化といっても、具体的にはどこかの地域に重点を置く必要があります。その時、事業開発担当(現ソーシャルグッド事業部)が描いたのが、都心から100キロ圏内を円で囲った地図でした。

“地方というと都市から遠い地域や離島が注目されがちですが、「灯台下暗し」で、実は首都圏にも自然豊かな地域がたくさんあります。地図で注目したのは房総半島100キロ圏内にある千葉県鴨川市。里海や里山など日本の原風景がたくさん残る素晴らしい地域です。しかし、同距離にある熱海や秩父など有名観光地ほどの知名度もなく、都市部に情報もあまり届いていません。私たちにも何かできることがあるのではないか、という思いから鴨川での取り組みがスタートしました。”

天皇献上米にも選ばれた長狭米の飯用米で醸造する「日本酒」

天皇献上米にも選ばれた長狭米の飯用米で醸造する「日本酒」

棚田トラストの活動から「日本酒」が誕生

“鴨川棚田トラストは、2016年から棚田のみならず、畑、果樹園、雑木林、炭焼き小屋、古民家など里山全体の「時間と空間」を、価値ある社会の共有財産として保全するため「鴨川里山トラスト」と名称を変更することになりました。”

「鴨川棚田トラスト」では、「有機米の会」として、田植えや草とり、稲刈り、脱穀といった農作業に毎回多くの都市住民が参加。その後、大豆の種まきから始める「手づくり味噌・醤油の会」など活動が広がりました。

“この活動から、私たちも農村地域の課題を直接肌で感じることができ、同時に何かできることはないか具体的な行動につながっていきます。例えば、お米。現在お米は農家の労働に対して適切な価格となっておらず、特に棚田の場合は耕作の負担から「作るほど赤字」という状況が続いています。そこで第一弾の商品開発に踏み切ったのが「日本酒」です。”

「日本酒」と名付けられたお酒は、長狭米を使って地元亀田酒造と協働で開発されたもの。酒造米ではなく、あえて食卓に並ぶ飯用米を使って醸造されているところが特徴です。一般価格よりも高い金額で農家から直接買い取ることで、持続可能な営農の一助となることも目的としています。

自ら移住し地域の暮らしに飛び込む

2015年には千葉県南房総市白浜では廃校を利活用した複合施設「シラハマ校舎」の校庭で「無印良品の小屋」を販売する計画が進み、当サイト「ローカルニッポン」も開設。南房総の活動が活発化する中、高橋さんが移住して2016年鴨川サテライトオフィスも誕生します。

“実は鴨川に移住して初めて市役所で提案したことが、現在の「里のMUJI みんなみの里」の青写真でした。その時はまだ時期尚早であったかもしれませんが、代わりに市から依頼を受けたのが鴨川市内でも人口減が著しい四方木(よもぎ)という集落の古民家改修プロジェクト。”

“人口は50人を切り、どうにかして人を呼び込まないと近い将来集落が消えてしまうかもしれない秘境「四方木」。住民と協議を続け、これからどうしていくべきかを語り合い、できることとできないことを整理しました。さすがは広大な里山を少ない住民で管理してきた人々です。設計は専門家に入ってもらいましたが、改修は自分たちの力で進め、田舎暮らしを体験できるコミュニティ施設「四方木ベイス したなおい」が誕生しました。こうした経験から多くのことを学びましたね。”

無印良品有楽町店で開催した「しめ縄づくり」 鴨川から講師を招いた

無印良品有楽町店で開催した「しめ縄づくり」 鴨川から講師を招いた

「里のMUJI」店舗建設への思いと広がり

2017年には鴨川に隣接して千葉県内でも高齢化や人口減少が進む大多喜町で廃校になった旧老川小学校を運営することになりました。そんな矢先に決まったのが「みんなみの里」の指定管理です。敷地の一角にコンパクトな無印良品店舗が入ることになり、このことは大きな出来事だったと高橋さんは語ります。

“無印良品の店舗は、通常社内の基準に則って建てられますが、人口が少ない地方ではニーズも少なく店舗そのものを設立するのは難しいとされてきました。しかし、地域活性化といっても私たちの専門はあくまで「商い」。そんな中で、「みんなみの里」で小さいながらも無印良品の店舗ができることは社員の意識にも大きく影響したことと思います。現在はお店の店長も含めて4人が鴨川市に移住し、鴨川の活動を多くの社員に知ってもらうことができるようになりました。”

“そんな中で嬉しかったのが、店舗社員が鴨川の取り組みをモデルにしてくれたことです。その一つが「しめ縄づくり」。正月のしめ縄を地域の素材を利用して昔ながらの方法でつくる企画ですが、地元鴨川の方々のご協力のもと都心の大型店舗でも毎年イベントを開催してきました。これが今、全国15店舗に広がり、地域の人とともにしめ縄づくりイベントが開催されています。”

「みんなみの里」の中にできたCafe & Meal MUJI  広大な田園と里山に囲まれている

「みんなみの里」の中にできたCafe & Meal MUJI 広大な田園と里山に囲まれている

「みんなみの里」、リニューアル

こうして2018年4月に誕生した「里のMUJI みんなみの里」。無印良品のデザインで設えた直売所やCafé & Meal MUJIだけでなく、推薦の図書が置かれ電源やWifiが完備された多目的スペースが一体の施設に。別棟では無印良品店舗に加え、地域住民が商品を開発するための「開発工房」も新設しました。

“直売所では南房総エリアの商品を紹介し、Café & Meal MUJIでは地場産品や伝統料理、ジビエを利用したメニューを提供することで都市部の方が鴨川に訪れるきっかけとなること。そして地元の方々にとって生活インフラとして日常に「役に立つ」場所となること。この双方を同時に実現することで、都市部と地元の交流を生み出し、地域活性化につなげていくことが「里のMUJI みんなみの里」の目標です”

中でも「開発工房」の創設は、「商い」で地域に貢献するという良品計画の構想が具現化したもの。この施設の活用に今後期待が高まっています。

“移住して感じたことは未利用の資源が想像以上に多いことでした。地域の特産はもちろんのことですが、今後新しい角度から地域の素材を見つめ直し、土地に根ざした商品開発を進めていきたいと考えています。また商品開発に意欲的な地元民もたくさんいらっしゃるので、気軽に試作できるようにバックアップしていきたいですね。「開発工房」から生まれる商品が楽しみです。”

耕作放棄地の拡大、農家の限られた収入源、歪んだ人口分布、空き家の急増など、高橋さんが調査してきた地域課題の幅広さ、数の多さ、そしてそれぞれが密接に関連していることに驚きを隠せませんでした。多くの課題は独立して存在しているのではなく、お互いに影響し合って同時に生じています。これを一つの施設に集約して解決を目指すことも「みんなみの里」が総合交流ターミナルである役割。地域内外の人々が分け隔てなくこの場に集い、互いに知恵を出し合って地域活性化を実現していくことが求められています。次回の記事は「開発工房」について。どうぞお楽しみに。

文:東 洋平

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