一口に「移住」と言っても、南房総へは様々な入口があります。サーフィンや釣りなどの趣味から海辺へ住む人や、田舎暮らしをしながら都心へ通勤する人、またはゆっくり生活したい人。そんな中、「農」を軸に移住促進を行っているのが「NPO法人えふぶんのいち計画」です。御年75歳というパワフルなご夫婦が主宰するこの団体が2014年、新しいプロジェクトを開始しました。その活動をご紹介しましょう。
古民家と菜園を利用した南房総への移住促進
南房総市の丸山地区大井、どこか日本の昔話が聞こえてくるような自然豊かなこの地で、かれこれ8年に渡り移住促進を行っているのは堀内英哉さん、千鶴子さん夫妻。団体の名称「1/f(えふぶんのいち)」は、「揺らぎ」や「癒し」を与える自然のリズムを表す言葉で、豊かな自然の中で「人」が集う場を作り、地区の活性化に繋げたいという思いのもと2011年にNPOを立ち上げ、現在までで34組の方が移住を実現しました。
主なプロジェクトは、地域の空き家や遊休農地を聞き取りし、移住希望者に紹介して大家や地主とマッチングしていくことです。近くにロッジ付きの年間契約農園があることから、農をテーマとした移住を体験できるイベントを各種開催するほか、古民家を自分で改修していくワークショップなども行って移住後の楽しみ方も紹介してきました。古民家と家庭菜園がセットになった移住は、「スローライフ」や「農的生活」を希望する方には人気で、移住希望者はここ最近特に増えているとのこと。
就農を希望する若者を応援する背景には
一方で、堀内さんのもとには、農業を仕事にしたいという若者も現れています。こちらは家庭菜園を楽しむことと異なり起業リスクを伴うため、自身も農園を持つ堀内さんが移住前に念入りな相談に乗ることに加え、移住後は生産から販売まで出来る限りのサポートをします。これは移住促進外の支援ともいえるかもしれませんが、ここまで堀内さんが就農希望者を応援することには理由があります。
「南房総でも特に中山間部は若年層の流出に歯止めがかかりません。これは土地の集約化が難しい中山間部では、「農業は食べていけない」という認識が広がったためで、この解決が地域活性化にとって最優先課題と考えます。そのため、まずは改めてこの時代に生計を立てられる農業を実証しなければなりません。」
NPOの拠点周辺地区は著しく過疎化が進んでおり、このまま農業の担い手が見つからないと近い将来里山もコミュニティもなくなり荒れ地になってしまうことが危惧されています。せっかくの「1/f」を感じることができる豊かな自然の中、このコミュニティと共に生きる堀内さんは、これからの農業と地域社会を考える上でこの課題に真正面から立ち向かおうと決意し、昨年から本格的に始めたプロジェクトが「南房総エコトピア」です。
南房総エコトピア
「エコトピア」とは、アーネスト・カレンバックが1975年に出版した本のタイトルで「エコロジー」と「ユートピア」を掛け合わせ、一般に「環境に配慮した考えに基づく理想郷」を意味しています。「エコ」は、過疎地の維持再生という点では、経済的な循環「エコノミー」も含まれるかもしれません。これに対して「ユートピア」には、南房総の土地柄から堀内さんが提案している大切なコンセプトがあります。
「「自分サイズのユートピア(理想郷)が作れること」これが南房総の良さだと思うんです。海や山も素晴らしい。けれど1つ1つが小さいのですね。小さいからこそ良い。誰でも無理なく自分のユートピアが作れるんです。」
確かに中山間部の小さな農地にみられるように、南房総は大規模な農業には不向きな土地と言われています。しかし、狭いことを逆手にとれば、手の届く範囲で真心込めた産品を生産するにはぴったりのサイズなのかもしれません。
「大事なことは、個々のユートピアが協力し合うことだと思うのです。農業に限らず加工業や飲食業、様々な産業がお互いを補い合うことで、南房総を都心部へPRすることに繋げていきたい。こうした協力体制の中でコストやロスを減らしていくこと、これが南房総エコトピアです。」
個々のユートピア実現にむけて
南房総は都心から車で90分の距離。やり方次第では都心部の消費者に直接、産品を届けることも可能です。またひと昔前とは異なり消費者のニーズも多様化しているため、多少価格が高くとも良質な品を求める人も増えています。ここで重要なことは、いかにして消費者と生産者を直接結ぶのかということ。この点、「自分サイズのユートピア」は規模が小さいのでアピール力に欠けるのです。
そこで堀内さんがその実現のため活動に励んでいるのが「南房総エコトピア」。個々の生産者や多様な業者が協力することによって、バラエティ溢れる南房総を消費者にアピールするとともに、関連産業同士の連携(6次産業化)やネット販売などを加速させていこうというものです。このことは同時に小規模生産を行う農家にとってはコストやロスの削減になり、農作業や農業の研究に集中して時間が割けるようになります。
まだ始まって間もない「南房総エコトピア」ですが、少しずつ賛同者が集まりつつあります。この点と点を結ぶ取り組みの中で、小規模ながら食べていける農業が実証され、新しく農家を志す人が増えていくことを堀内さんは期待しています。
南房総で第二の人生
そんな活動に邁進する堀内夫妻。実は南房総へ移住したきっかけは英哉さんの病だったといいます。64歳までグラフィックデザイナーを務めた英哉さんでしたが、心筋梗塞を患い、手術をすることに。術後は暖かい所で療養したい、その思いから南房総へ移住しました。今ではすっかり健康を取り戻された英哉さんですが、南房総の温暖で住み心地よい環境と若い人らとの接触によるところが多いと語ります。
南房総の「癒し」を自身の身体をもって体感した堀内夫妻は、第2の人生を次世代の応援に捧げています。こうしたお二人の姿をみて、一人、また一人と若者が手を挙げつつあるのです。
文:東 洋平